44.わたくしのわがまま(ローズ)
ローズ一人称です。
「ローズ、お前は頑張っていたよ。アドルフ君のことがなければ、そのまま私の後を継いで立派なペイリー女伯爵になっただろうね」
お父様が笑顔で仰ったけれど、先程の話のせいか素直に喜べません。
「……どうして、エレンを跡継ぎに? あの子は今は頑張っていますが、それまで全然勉強してこなかったではありませんか」
今になって、わたくしはエレンに嫉妬しました。お父様がわたくしにはなく、エレンにはあると、そう仰ったから。
今まで家庭教師からの厳しい授業も頑張って受けました。エレンがわがままを言っても、時にその内容に悲しく思っても、それでもあの子のわがままを許してきました。
それも、わたくしがこの家の跡継ぎだから。エレンではない、わたくしが跡取りだから、しっかりしなければ――と。
「ローズ?」
「わたくし、は……今まで、黙って頑張って……きましたわ。それなのに、今になって……エレンに譲れと、そう、仰るんですか……」
ヴィンス様との仲を認められたのだから、素直に受けたほうがいいと思う中、認められない自分がいます。
「ローズ、そうではないよ。お前は今まで頑張ってきた。もちろん、お前の性格なら立ち止まることなく、今度は侯爵夫人として頑張るだろう。愛しいと思う人の隣でね」
「お父様……」
「私も、最初はこの話をどうしようかと思ったよ? 相手は王族派、婿入りしても構わないと言われても、そうなるとうちは中立派としていられるかどうか……。ローズの幸せより、我が家の事を考えてしまったんだよ」
「それは……仕方ないかと思います」
「かといって、ローズを嫁がせる気もなかった。エレンがなにやら頑張っているのは聞いていたけどね。あの子がローズに並ぶのはかなり先の事だ」
お父様が説明してくださいますが、頭の中にしっかり入っていません。
きっと、聞きたくないからなのでしょう。
ですが、お父様は色々話してくださいました。
お父様の弟のオスカー叔父様のこと、お父様が当主になったこと、お父様の当主としてのお考え……今まで聞いたことがないことばかりでした。
「そんな事があって、私はお前にだけ教育を施してきた。私は弟のほうが優秀で、何処か諦めていたんだ。自分は跡継ぎになれないとね」
「お父様は立派に当主として務めているではありませんか」
「今はね。だが、跡継ぎに指名され、弟が亡くなり、父――お前たちにはお祖父様だね――が早くに亡くなり、そりゃあ苦労したものだよ。やはり自分には向いていなかったんだと、何回思ったことが……。だがね、こなしているうちにそれなりに覚えてくるものなんだよ。だから、今はこうしていられるんだけどね」
お父様はもう昔の事だよ、と苦笑交じりに言いましたが、当時はきっと大変な思いをしたことでしょう。
ですが、ならば何故、エレンにも同じような思いをさせるのでしょうか? それが納得いきません。
「お父様、それならば何故教育をしてこなかったエレンを跡継ぎにするのですか? エレンが辛い思いをしてもよろしいのですか?」
先程まで、エレンに対して多少の嫉妬がありましたが、今はエレンの未来が心配になります。
「うん、自分の過去と、今言っている事と矛盾しているね。ただ、これはエレンが望んだことであり、そして私のわがままなんだよ」
「どういう意味でしょうか?」
「エレンにもね、弟の話もしたんだよ。それを聞いて、うちが中立派でいるために、そしてローズが幸せになるために、お前をエアルドレッド侯爵家に嫁がせ、自分が私の意志を継いで跡取りになって中立派のままでいるようすると言ってね。それを聞いて、私も決めたんだ」
「エレンが……」
「今までローズにわがままばかり言って済まなかったと。幸せになって欲しいと言ってね」
そんな……だからといって、茨の道を歩こうというの? あの子は地頭は悪くないと思うわ。でも、今から勉強するのは、とても大変なことだし、中立派でいるために中立派の家から婿入り出来る令息を探さなければならない。
それなのに、わたくしばかりが幸せになっていいの?
「とても嬉しい話ですが、エレンの事を考えると頷けません」
「エレンはそれでいいと言っているんだよ」
少し前のわがままだった時と、今のあの子は全然違うといえる。でも、やっぱりあの子は妹のエレンで、聞き分けが良くなって勉強を頑張り始めた以外は変わらない。
違っているようで、違っていない、わたくしの妹。
わがままばかり言っていたけれど、それでも大事なたった1人の妹。
その妹を、わたくしの恋を叶える為に犠牲にするのは……無理だわ。
「でも、あの子に負担が……」
納得出来ないでいると、お父様が小さく溜め息をついた。
「お前がエレンの事を思っているように、エレンもお前の事を思っているんだよ。その思いを汲んでやりなさい」
「ですが――」
「では、当主命令だ。お前はエアルドレッド侯爵家に嫁ぎ、エレンを次期当主とする」
「そんなっ、横暴です!」
いつものお父様らしくない強硬な手段に、わたくしは抗議の声をあげた。
「ローズ、聞き分けてくれ。これが最善なんだよ」
「でも……!」
「アルドリッド公爵家がエレンに目をつけた」
「……え?」
アルドリッドというと、ヴィンス様のエアルドレッド家と親戚関係になる。
確かにエレンは小公爵と会っていたみたいだけれど……
「今日のことだけどね、たまたまカフェで会って、小公爵と話すことになったらしいが、個室のためどのような話をしたのかまではわからないよ。だが、最後に店員がカップの破片で怪我をしてしまったらしい」
「どうしてその事で……」
うちにも諜報活動を行う人たちがいるのは知っているけれど、まさかそこまで把握できるほど優秀だとは思わなかったわ。
でも、店員の怪我でどうして目をつけられる事になるの? それなら、少し前から小公爵と会っていたみたいだけれど。
「エレンはその店員の切り傷を魔力のみで治したらしい。薬草などを使わずにね」
「まさか、そんな事が出来るんですか!?」
「出来てしまったみたいだねぇ。おかげで小公爵のエレンの見る目が変わってしまったそうなんだよ。このまま、エレンを嫁がせる方にしておけばどうなるか分からない」
確かにエレンが魔力のみで傷を治せたのなら、十分に興味の対象になるわ。
いえ、興味どころじゃない。もっと酷い怪我を治せたら、他の人でも同じような事が出来たら――でも、エレンがいなければ、取っ掛かりもないもの。
エレンがいれば、治療方法が書き換わる可能性がある。
あの子の価値が一気に上がったわ。
「エレンがアルドリッド公爵家に嫁ぐ事になり、ローズがエアルドレッド侯爵令息を婿として迎えると、我が家ももう中立派のまま居られない」
「そう、ですわね。それにエレンもどんな無理難題を押し付けられるか……」
「ローズ、申し訳ないが、これが最善なのだと、納得してくれ」
「……それなら、納得出来ますわ」
ヴィンス様との仲を認めてもらうだけでもありがたい事なのだし。
そしてエレンを跡継ぎにする事で、アルドリッド公爵家から守ることが出来る。
それに。
「エレンがアルドリッド小公爵とそういう関係になれるのでしたら別ですが……あの子はきっと……」
わたくしが途中まで言うと、お父様も小さく頷いた。
そう、きっと、あの子は幼馴染とも言える、ニール・リントン子爵令息が好きだろうから。
誤字脱字報告ありがとうございました。
次話からエレン一人称に戻ります。




