43.縁談の話ですか?(ローズ)
今回はローズ一人称です。
夕食を終え、自室に戻ろうと席を立ったところにお父様に声をかけられた。
「ローズ、少しいいかね?」
「はい、お父様」
お父様にそう言われて、嫌と言える訳もなく、素直にお父様の執務室に付いていく。
でも、夕食も遅れたのに、まだ仕事が残っていらっしゃるのかしら? それなら、わたくしと話をするのは時間の無駄ではないかと思い、そう尋ねると問題ないと返ってきた。
「座りなさい」
「はい」
お父様からのお話はなんでしょう?
もしかして、ヴィンス様とのことを咎められるのでしょうか。それとも、勝手にエレンに勉強させたことかしら。
お父様から話があるという時は、勉強が増える時と、エレンに関する時だけだった。
「緊張しているのかな?」
「……」
「まあ、仕方ないね。今までのことを考えれば」
「それは……」
そうですね、と素直に頷けるわけもなく、言い淀んでしまう。
そんな心の裡を見透かしたように、お父様が「今日はローズの思いつかないような話だよ」と仰った。
「わたくしが思いつかない……?」
「ああ、まずはエアルドレッド侯爵家から縁談の話が届いたんだよ。はい、釣書」
お父様はソファーに置いてあった革張りの冊子を何気なく渡してきたので、頭の処理が追い付かず「え、え?」と受け取りながらもどうしたらいいのか分からない状態で。
ど、どういうことでしょう?
これは夢? わたくし、いつの間にか倒れて都合のいい夢を見ているの?
「どうしたのかね?」
「いえ、……その、釣書を見せていただいても、仕方ないかと」
ヴィンス様は侯爵家嫡男、わたくしもこの家を継ぐ予定なのだから。
「必要だから見せるんだよ」
「……え、あの……」
「ヴィンス・エアルドレッド侯爵令息からだね。先方はローズを嫁に欲しいが、場合によっては、自分が婿入りしてもいいと言っているよ」
「そんなっ、そんな都合の良い事ありませんわ」
ヴィンス様だって、わたくしが家を継ぐことを理解していたわ。それに、自分が家を継ぐことも――だから、どれだけ想っても互いに一時的なものだと諦めていたのに。
「ローズはどちらがいいのかい? 嫁ぐ? 入り婿かな?」
「お父様、からかわないでください」
どちらもあり得ないわ。
……でも、本当にエアルドレッド侯爵家からなの?
ソファーに向かい合って座るお父様の表情は真剣で、わたくしをからかっているようには感じられない。というよりも、お父様は、わたくしをからかうような方ではないわ。
手渡された釣書を見ると、エアルドレッド侯爵家の家紋が入っていた。
……本当に?
震える手で釣書に手を伸ばして、重厚な表紙をゆっくりと捲る。
たしかにエアルドレッド侯爵家からのもので、描かれているのはヴィンス様だった。
「本当に……でも、どうして……」
一時の恋だと、諦めたくなかった。諦めれらなかった。
でも、こんな形で続くなんて……。
「で、ですが、この話をお受けするのですか?」
「ああ、ローズの良いと思うほうにね。というか、ほぼ決めているのだけどね」
「決めている……?」
どういう事でしょう? お父様の意図が全く分からないわ。
ヴィンス様とは互いに跡継ぎという問題と、エアルドレッド侯爵家とペイリー伯爵家では派閥の問題もある。
どれだけ想っても、この2つのせいで、共に在ることは出来ないと思っていたのに。
それを壊すかのように、エアルドレッド侯爵家から縁談の話が来て、お父様は嫁ぐも婿でも良いと言う。
……訳がわからないわ。
「ローズは突発的なことに弱いようだね」
「……突発的というか……こんな……あり得ない事ですわ」
「それがあり得るんだよ。今回はエレンのおかげかな?」
「エレンの?」
確かにエレンはわたくしの恋を知っていて、応援してくれていたわ。
でも、家のことを考えれば、エアルドレッド侯爵家が縁談の話を持ってくるとは思えない。
「まあ……エレンは怖いものなしというか、分かっていないで言ったんだろうけどねぇ。でも、そのおかげでアルドリッド公爵家がエアルドレッド侯爵家を動かしたんだよ」
「……理解が追いつきませんわ」
お父様からの話では、アルドリッド小公爵がエレンに話を持ちかけ――ここは、うちの諜報担当が聞いていたらしいけれど、先方に見逃されてていただろうとの事――わたくしをヴィンス様に嫁ぐように、そのためにエレンに家を継ぐよう何度か話をしたらしい。
しかも、少し前の夜会では、アルドリッド小公爵は弟君をエレンの婿として紹介したという。
開いた口が塞がらないとはこの事かしら。
……頭が痛くなってきたわ。エレンが協力すると言ってくれたのは嬉しいけれど、まさかアルドリッド小侯爵まで噛んでいるなんて。
「それで、夕食前にエレンと話をしたんだがね」
「え、ええ……」
「エレンが、勉強を頑張るから、お前をエアルドレッド侯爵家に嫁がせてくれと言ったんだよ」
「エレンが?」
「ああ。ちゃんと派閥の話もしたよ? それで考えた答えが、ローズが嫁ぐことだった。まあ、うちとしてもその方が中立派を守れるね」
「で、ですが、そんな事をしたらエレンは……」
少ない中立派の人と結婚する事になる。
年が思いきり離れている可能性もある。性格が合わないことだってある。
それでも家のために中立派の中からお父様の選んだ人と結婚しなければならない。
「もちろん、その事も言ったよ。そうしたら、好きな人じゃなければ誰でも同じだとね。お前にも本当に話していいのか聞き直したよ。お前に話した時点で、エレンが跡継ぎとして話が進んでしまうからね」
「それで、エレンは良いと言ったのですか?」
「構わないとね。『お姉様には幸せになって欲しい』と私に言ったんだよ」
エレン、あなたそこまでわたくしの事を思って……?
「エレンにはまだまだ勉強が必要だが、成長の度合いがすごいね。王都に来る前は全く考えていなかったけど、今はそれが最善だと思えるようになっているよ」
「どうしてですか? どうしてエレンに……あの子に重荷を背をわせるんですか?」
幼少の頃から当主教育を受けてきたから分かる。
エレンが不勉強なのはあの子のせいじゃないけれど、今からなんて大変すぎる。
「重荷……かね?」
「そうではありませんか」
「……まあ、そうだね。特に私はお前とエレンで差をつけていたからね」
「お父様?」
「エレンがわがままを言ってお前を困らせて、お前はずっと我慢していたね?」
「ええ。ですが、お父様もお母様もエレンに譲ってあげなさいと。我慢しなさいと仰いましたわ。我慢する事を覚えさせるためでしょう?」
ずっと、ずっと……。
お父様とお母様の愛情を疑っていたわけではないけれど、そう言われるたび「どうして、わたくしだけ?」という疑問を心の中で反芻していた。
でも、後を継げは我慢することも多くなる。今は夜会やお茶会で女性だけを相手しているけれど、後を継げは、それだけでは済まないから。
「うん。何度もそう言ったね。女性が当主になる場合、男性社会に入っていく事になる。女性の当主が気に入らなくて、無理難題を言ったりするような輩もいる。だから、我慢することを覚えさせた。だがね、もう1つ、覚えて欲しいことがあったんだよ」
「もう1つ?」
「そう。どうしても譲れない時は、抗議をするという事をね」
「抗議……」
「でも、ローズはいつもエレンに譲ってしまっていた。窘めるという程度では駄目だよ。絶対に譲れない場合に、きちんと声を上げて欲しかったんだよ」
「抗議する」というお父様の言葉を頭の中で反芻していた。
どうしてか分からない。
でも、当主の座をエレンに譲ってわたくしを嫁がせようと思う何かを、エレンは持っていたということなの?
ヴィンス様との仲を認めてもらえるのに、何処か哀しい気持ちになりました。
次回もローズ一人称になります。
誤字脱字報告ありがとうございました。




