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41.お父様の意思を継ぎます



「お父様にそんな風に言ってもらえるなら嬉しいです。わたし、少し前まで自分のことしか考えられないほど自分勝手だったので」

「うん、そのあたりは私とヴィオラのせいでもあるね。勉強させなかったのも、咎めなかったのも私たちだからね。当主の座を争わせない為に、ローズに我慢を強いて、お前には無知でいるようにしてしまったのだから」


 お父様の声は少しばかり震えているような気がした。

 自分の非を認めるのは誰だってすぐにできるものじゃない。多分、今シーズンに……いえ、アドルフ様との事があってから、お父様にも思うところがあったのだろう。


「成長したと褒めてもらったばかりですが、少し子供に戻ってもいいですか?」

「なんだい?」

「泣きたい、気分なんです」

「いいよ」

「…………わたし、好きだと思ったばかりなのに、諦めなきゃならないって辛すぎます。でも……諦められないんです……。でも、あんなに気安く話し合って笑っていたのに、今は答えられないって言った時の困った顔しか今は思い出せないの……それでも、まだ好きなの。諦められないの……!」


 傍にいすぎて、異性として好きだなんて思ってもいなかったのに、リアム様にお姉様の代わりに婿を取って当主になれって散々言われて、それでやっと自分が誰の傍にいたいのか気付いた。

 でも一度気付けば、もう止められない。

 お姉様もこんな気持ちだったのかしら? ううん、お姉様のほうがもっと辛い思いをしたわね。跡取りという立場から逃れられない。それに、好きな人も跡取りで……互いの立場を考えれば、好きになっても無駄なことだと、そう理性では判断するけど……。

 どうして心って、自分のもののはずなのに思い通りにならないのかしら?

 辛いと思っても、心を変えることも出来なくて……。


「エレン、すぐに心を変えるのは無理だよ。その気持ちはそんな軽い気持ちではないんだろう?」

「……お父様」


 わたしの気持ちを見透かしたかのような言葉に、何も言えなくなってしまう。


「それに、ニール君もエレンのことを嫌いではないかもしれないよ?」

「それこそ、思い違いです」

「そうかね。ニール君のエレンを見る目は、そのように見えるけどね。それに彼だって自分の立場がある。気持ちを素直に伝えることが出来ないのかもしれないよ」

「どういう、意味……ですか?」


 そんなことないって思うのに、お父様の言葉に期待してしまう。


「ニール君は困っていたんだよね?」

「……はい、そんな表情でした」

「それは、彼の立場を考えての事だったのかもしれないね」

「立場?」

「ニール君はリントン子爵家の次男だ。彼は自分の未来をどう語っていたかね?」

「それは……」


 お兄さんの手伝いのために貴族籍に残るけど、結婚は難しいって言っていたわね。相手の方は子爵夫人になれるわけでもないし。

 ニールはどちらかというと、結婚を諦めているような感じだった。


「ニールはお兄さんの補佐で、結婚は難しいって……」

「うん、そうだろうね。ニール君はヤンガーサンだ。そして家のために独身のままで貴族として働くだろう。もちろん、結婚は出来るよ。その場合は平民になるね。テリー君の補佐をするのなら、ジェントリと言えるかな? しかし、貴族令嬢が嫁ぐ先として考えることはないと思っているんだろうね。裕福な商人の娘だってそうだ。言ってはなんだが旨味がないからね」

「それは……」


 ニールもそんな事を言っていたわ。

 そして、家に縛られるくらいなら、騎士か官吏か、どちらにしろ自分の力で生きていきたいとも。


「ニール君の気持ちは、彼にしか分からないよ? でもね、お前が無邪気に好きだと言っても、後のことを考えたら、素直に嬉しいとは思えないのかもしれないね」

「……確かに自分の気持ちを押し付けてしまっていました」

「そうだね。でも、彼の本心は彼にしか分からないよ」


 確かにそうだ。

 お父様はわたしを気遣って、ニールの立場を考えた1つの答えをくれた。でも、それが合っているのかは、ニールに聞かなければ分からないのだ。


「わたし、もう一度ニールと話してみます。……やっぱり、諦めれられないから」

「そうだね、彼は優秀だ。エレンが家の跡を継いで、彼が支えてくれるなら嬉しいことだけどね」

「……お父様」

「とりあえず、エレンに家を継ぐ覚悟がある事は分かったよ。明日から、そのように勉強させよう」

「はい、お父様、お願いします」


 お父様に認めてもらえたのが嬉しくて、溢れていた涙がすっと止まる。なんて現金なのかしら。

 でも、お父様にニールのことを言われて、少しだけ気持ちが持ち直したのも事実。


 そうよね、ニールにはわたしが跡を継ぐなんてこと、一言も言ってなかったし。そうなると、無爵位のまま妻帯する事になって、相手――この場合はわたし――に悪いと思っていたのかも。

 でも、お父様が言ったように、ニールの気持ちはニールに聞かないと分からない。

 立場を慮ってなのか、ただ単に幼馴染という関係を壊したくないのか……どれだけ考えたって、こればかりは本人じゃないと答えが出ないわ。

 立場を考えた曖昧な答えではなく、ニールの本心が聞きたい。だから、手紙を書いて会えるか聞いてみよう。


「お父様、貴重なお時間をいただきありがとうございました」

「いやいや、大事な娘との話を断ることはないよ」

「早速で申し訳ないですが、お姉様にもお話していただけますか? お姉様はずっと苦しんでこられたので」

「そうだね。夕食の後にでも話してみよう。でも、ローズに話したら、エレンの未来は決まってしまうよ。本当にいいのかい?」

「はい。未熟者ですが、お父様にもお姉様にも、安心していただけるよう精一杯頑張りますわ」


 今まで困らせた分、お姉様には幸せになって欲しい。


「そうか。決心が硬いんだね。……本当に、いつの間にか大人になっていくんだねぇ」

「お父様」

「昔のまま、無邪気な子供でいて欲しいと思ってしまうのは、子離れ出来てないんだろうね」

「お父様……わたしは家に残ります。それよりも、お姉様ともっと話してあげてください。……できれば、お母様も。夫人としての心得とか」


 お姉様なら大丈夫だと思うけど、嫁いでしまったらお父様やお母様と簡単に話が出来なくなってしまうもの。

 今からでも、お姉様と会話をして欲しい。

 そして、わたしに話してくれたオスカー叔父様の事とか、お父様たちが気にしていたことも。


「そうだね。ローズには跡を継いだ時のことを考えて、我慢させたりしていたからね。ちゃんと向き合って、謝らなければね」

「……はい」


 大丈夫。お姉様はちゃんと分かってくれるわ。あんなに心が優しくて綺麗なんですもの。お姉様の優しさや綺麗な心って、漫画以上よ。

 前世の記憶が戻っても、ううん、戻る前でさえ、お姉様は悲しそうな笑みを浮かべるものの、わたしに対して文句を言うことは無かった。

 それは、お父様たちに対しても同じ。


「私たちは子育てを失敗したはずなのに、実は恵まれていたんだねぇ」


 お父様はしみじみと呟いたのだった。




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