40.お父様から課題は難しいです
ソファーに座るように促されて、素直に座って紅茶を一口。
すると何処からかクッキーまで出てきて、目の前に置かれた。小腹が空いた時に食べるらしい。
それにしても、うちに情報収集するための影とか隠密とか言われるような、そんな組織があるなんて知らなかったわ。あ、この場合は諜報部かしら。どちらにしろ初めて知ったわ。
お父様はそういった面を全く見せないものね。実はタヌキ親父なのかしら。
「答えは出そうかね?」
余計なことを考えていて、お父様に声をかけられて吃驚する。
「……そうですね。王族派に入るのも貴族派に入るのも一長一短だから……としか思い浮かびません」
皆が皆、同じ意見を持つわけじゃない。
けど、ある程度意見がまとまらなければ、話が進まない。国政もある意味多数決だから、自分たちの意見を通すために、同じような意見を持つ人達で派閥を作る。
でも、中立派は大多数のところに入らず、自分の意見を持っている。
「エレンの答えは間違いではないよ。私が――いや、ペイリー伯爵家が中立派でいるのは、封建貴族だからというのが強いね」
「封建貴族だから?」
「そう、領地を領民を守ることが大事だからね」
「でも、それならアルドリッド公爵家やエアルドレッド侯爵家だって領地がありますわ」
「うん、でも、その2家は王族に近いからね。それがあるから王族派になる。では、貴族派は?」
貴族派は――なんの目的で派閥を作っているのかしら?
封建貴族ではない? ううん、違う。封建貴族だっているわ。でも、宮廷貴族が多いはず。
ううーん、分からないわ。
「分かりません。貴族派は封建貴族も宮廷貴族もいて、宮廷貴族のほうが多い……としか」
「そうだね。後は貴族派は新興貴族が多いんだよ。手柄を立てて貴族になった上流階級の者や陞爵した家――などだね」
「そうだったんですね。勉強不足です」
お父様の質問にまともに答えられなくて、少し凹むわ。
気まずさに、カップに口をつけて一口飲む。毎日、自分が飲みたい時に淹れているのだろう紅茶は、謙遜していたけどメイドが淹れたかのように美味しかった。
「別に落胆しないよ。それより勉強を始めたばかりで、よく私の言うことを理解しているね」
「お父様の説明は噛み砕いてくれているので」
「うん、でも、エレンがローズの代わりに家を継ごうと考えている事がよく分かるよ。頑張っているね」
「そう言われると嬉しいですわ」
ほんの少しの事だろうけど、褒められると嬉しいものね。お父様は褒めて伸ばすタイプなのかしら?
今までのわたしは、いつもわがままを言ってお父様たちは困った顔をしていることが多かった。普通に会話をしているのはいつぶりのことだろう。
「ここで王族派と貴族派の特徴なんだけど、王族派は一言で言うなら保守的だ。新しいやり方があっても、昔ながらのやり方を良しとする風潮がある。対して貴族派は革新的だ。国の発展のためなら多少の無理でも押し通そうとするところがあるね」
「そう言われると、確かにその通りです」
「でもね、貴族派が新しい事をするのに古いものは捨てるというのも、時代が変わろうとしているのに王族派が未だに守り続けようとするのも、どちらも一長一短だ。その中に領地や領民を蔑ろにした政策もある。だから、どちらに付くというのが選べないんだよ」
古いことに囚われて新しい風を入れないのは停滞どころか衰退してしまう可能性もある。
また、オスカー叔父様のように改革に力を入れて領民に無理を強いるのも、お父様は嫌なのでしょうね。
領民から取る税金は、国に納めるものと、領に納めるものと2種類あるけど、お父様は領に納めるものをなるべく少なくして、領民の負担を小さくしている。
それだけ領民のことを考えているのだから、領民を無視した政策に首を縦に振ることは出来ないのだわ。
「それで中立派なのですか?」
「うん、そうだね。おかげで『日和見』とか悪いと『蝙蝠』とか言われるけどね。それでも、領民のためにいい意見の方に賛同したいんだよ。それが王族派からのでも、貴族派からのでも、ね。でも、派閥に入ってしまえば、意に沿わなくても派閥の意見に従わなくてはならなくなるんだよ」
結局、お父様の中では領民第一で領主をしているのね。影でなんて言われても、領民の為なら我慢するくらい。
漫画では全然語られなかったお父様の考え。いえ、生き方と言ってもいいくらい。
今になってお父様の見方が180°変わったわ。
今までは漫画の両親の描写のせいで、姉妹に対して偏った愛情を与えるだけの人達としか思えなかった。
下手に前世での知識のせいで歪んだ目で見てしまっていたんだわ。恥ずかしい。
それを知って、わたしが出来ることは――
「お父様のお考えはよく分かりました。わたしはお父様の意思を継いで、領民の事を第一に考えた働きをします。そのように勉強も頑張ります。ですから、お姉様とエアルドレッド侯爵令息との仲を認めて、お姉様を嫁がせてあげてください」
うちが中立派のままでいるには、ヴィンス様が婿入りするより、お姉様が嫁いだほうがいい。お姉様ならエアルドレッド侯爵家へ嫁いでも、女主人としてきちんと出来るはずよ。
わたしは、中立派の家の誰かと結婚すればいい。
だって、わたしは、もう……
「本当にそれでいいのかね?」
「はい。お父様もまだ現役で頑張れるでしょう。わたしが一人前になるまで、お父様には迷惑をかけてしまうけど……」
「そんなことは問題ないよ。次代にきちんと引き継ぎするのは、現当主の義務だからね。私が言いたいのは、そうなるとエレンの相手は中立派の中から選ばなければならないって事だよ。かなり人が絞られてしまうね」
「そうですね。でも、入り婿としてわたしを支えてくれる方なら大丈夫ですわ」
好きな人と一緒になれないなら、誰でも変わらない。まあ、生理的に受け付けない人だったら困るけど。
「そうかい? 私はてっきりニール君の名前を出すと思ったんだがね?」
やっぱりバレてるーっ!!
うちに諜報部(?)があると確信した時に思い浮かんだのよねぇ。
今シーズンはずっとニールにパートナーをしてもらっていたし、子供の頃からの付き合いで気安く接していられたから、お父様からその名前が出ても不思議ではないんだけど……。
「ニールには……その気はないらしいです」
努めて冷静に答えるけど、カップを持った手が小刻みに震えてしまう。
お父様はそれに気づいて、小さく溜め息をついた。
「脈がないのかね? 仲の良いように見えたけど」
「みたい、です。お姉様のこともあって、もし自分が相手を選べるならと……そう考えて、後先考えずにニールに気持ちを伝えてしまったんですが……答える気にもなれない……と……」
駄目だ。我慢できない。
一粒涙が溢れたあとは、もう自制出来ずに後から止めどなく涙が溢れた。
「エレン?」
「……好き、だと気付いた時、には、もう……失恋……しちゃい、ました……」
だから、どうしようもないの……。
溢れてくる涙を手で何度も拭いていると、お父様が立ち上がってこちらに来て――
「うん、辛かったね。でも、ローズの恋を応援出来るなんて、エレンはいつの間にか大人になってしまったんだねぇ」
そう言って、そっと抱きしめてくれた。




