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翌日、意外とすっきりと目が覚めた。若いっていいわ。
昨日あれだけ頭を使い過ぎたので、途中でギブアップして眠ってしまったようだった。
それでも、しっかり眠ったおかげか昨日より体も軽い。背伸びをしていると、控えめに扉をたたく音がした。
「起きているわ。入って」
扉を開けて「失礼します」という声と共に、メイドのエイダが入ってきた。
「おはようございます、エレンお嬢様」
「おはよう。エイダ」
エイダは挨拶すると、カーテンを開け、朝の紅茶を用意し始める。鳥のさえずりをBGMに時折、茶器が音を立てるのを聞こえる中、静かに待っていた。
エイダは寡黙な性格で、余計な事を言わない優秀なメイドさんだ。エイダはわたし専属というわけではないが、わたし専属に近いのは、この寡黙な性格のせいだった。余計なことを言わないため、お姉様の邪魔をさせないためでもあった。
でも、今はエイダの何も言わない性格に救われた気がした。
エイダ以外で、わたしの周りにいるメイド達はお喋り好きで、お姉様の事を好き勝手に言う。今までのわたしは、その話を聞いてわがままを炸裂させていたのだ。メイド達にしたら、さぞかし面白い玩具だっただろう。
「どうぞ」
「ありがとう」
ソーサーを受け取り、紅茶が入ったカップを持ってゆっくりと口に含む。紅茶の熱さが喉を通ると、じわっと体が温かくなってくる。同時に昨日は胃に優しいスープしか飲んでおらず、急に空腹を感じるようになった。
「エイダ、わたし、今日はダイニングルームで朝食をいただくわ」
「お体のほうは大丈夫でしょうか?」
「まだふらつく事もあるけど、意識ははっきりしているわ」
まだ立ち上がっていないので、控えめに答えた。
エイダは「それではお着替えが必要ですね」と言い、「本日は何をお召しになられますか?」と訊ねてきた。
「そうね。若草色のワンピースがいいわ」
「かしこまりました」
エイダはドレスルームから指定したワンピースを持ってくると、テキパキとわたしの着替えを手伝う。
前世を思い出した今は、自分で出来るけどなと思うけど、貴族令嬢は自分で着替えをしないのだった。意外と自由がないのよね。出かける時もメイドが付き添うから、1人になる事ってほとんどないの。
そんな事を考えていると、着替えはあっという間に終わった。まあ、簡単なワンピースだからね。あとは髪型だけど、それはエイダに任せた。彼女は優秀なメイドさんなので、服装にあった髪型に短時間でセットしてくれる。
「できました」
「ありがとう」
鏡に映ったわたしは、ハーフアップにしてワンピースと同色のリボンでまとめた簡単な髪型だったけど、ゴテゴテしていなくて良かった。
準備は出来たので、立ち上がってダイニングルームに行こうとすると、エイダがさっと手を出してくれた。
「エイダ?」
「まだお体が万全ではないでしょう。転ばれたら大変ですので、僭越ながらお手伝いさせていただきます」
「……ありがとう」
エイダの言い方に笑いそうになりながらも、お礼を言ってエイダの手を取った。
そういえば、前世の記憶が戻る前のエレンは、わがままだったけれど、メイド達に対して横暴ではなかったわね。逆に質の悪いメイドは、わがままエレンを囃し立てて操ろうとしていたけれど。
ダイニングルームに着くと、「おはようございます」と挨拶をする。
わたしが歩いてくるとは思ってはいなかったのか、お母様が目を潤ませて「もう大丈夫なの?」と訊ねてくる。わたしは「もう大丈夫です。お腹が空いて……」と返した。
お姉様は「本当に良かったわ」と言って、席を立ってエイダからわたしを引き取り、椅子に座らせる。
本当に、わがままを言って困らせてばかりだったのに、こんな時にも気遣いを忘れないのね。優しすぎるお姉様にお礼を言って、大人しく席に着いた。
少し待てば、朝食が運ばれてきた。新鮮な野菜を使ったサラダに、ハムエッグ、パンとスープ。そして果物のジュース。いつもの定番メニューとはいえ、朝からこれだけ食べられるのは、貴族だから。
わたしは、両親に甘やかされて貴族の特権だけを享受し、義務は全然果たしていなかったのだ。そう思うと反省しかない。あと、今のわたしが出来る事は――
「お父様、お願いがあります」
「なんだね?」
「家庭教師を付けて欲しいのです。わたし、もっと勉強したいですわ」
この世界の貴族は、家庭教師からマナーや教養を学ぶ。日本みたいに学校に通う事はないので、良い家庭教師を付けて学ぶ事がステータスに繋がる。
わたしは勉強が嫌でわがままを言って家庭教師をクビにしてばかりいた。……ので、わたしのマナーはよく言って普通。お姉様のように優秀じゃない。
だから、これから頑張って挽回しなければならない。
だって、お姉様がヴィンス様と出会って恋に落ちた場合、お姉様はヴィンス様のもとへお嫁に行ってしまう。
ヴィンス様はエアルドレッド侯爵家の嫡男で、うちに婿入りする事はないのだから、ペイリー伯爵家を継ぐのは、わたしになってしまう。
でも、このままだとお父様も心配だろうし、わたしだって出来るかどうか不安だ。最悪、婿に来た人に乗っ取られてしまう可能性だってあるのだ。