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東京リアルグルメ  作者: マリブン
Season1

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4/13

記憶の保存食

「で?なんで甘味処で塩辛の話してんの?」


浅草の裏通りにある小さな和カフェ。

白玉ぜんざいを前にして、柴田梢が少し眉をひそめた。


「いやさ、最近しょっぱいものに甘さ乗せる料理って、おしゃれじゃない?」


そう言ったのは荒川蓮。

抹茶パフェの抹茶部分を完全に除けて食べている。


「その食べ方でおしゃれ語る?」


「違うの。緑の味が苦手なだけ〜。」


「抹茶ってそんな雑な言い方される?ていうか、なんで頼んだ?」


京花は横で笑いながら、黒みつ寒天を崩していた。


年に1〜2度開かれるこの3人の女子会は、目的なき会話で成り立っている。

京花と梢は札幌出身の中学時代からの付き合い。

蓮とは東京の大学での出会い。


「で?今日のテーマは?」


梢が冷たいお茶をすする。


「実は今、次のポッドキャストのネタ探してるの。」


京花はさらっと切り出した。


「東京の名物で、まだちゃんと語られてない食べ物。ちょっと昭和っぽくて、地元感あって…、でも誰も紹介してないやつ。」


「また地味系?」


蓮が呟く。


「地味って強いんだよ。」


「名言みたいに言わないで(笑)」


「ん〜。じゃあ、飴煮とかどう?」


「飴煮?」


京花と梢が同時に顔を上げる。


「葛飾とかでよく見る郷土料理。鯉とか小魚を砂糖と醤油で煮るやつ。あれ、見た目は地味だけど、ガチで記憶に残る味なの。」


「食べたことあるの?」


「あるある。昔付き合ってた人の実家が柴又で、彼のおばあちゃんが正月に作ってた。甘くてしょっぱいが時間で層になってる感じ。」


「甘くてしょっぱいの時間の層?」


梢がツッコミを入れる。


「ポエムじゃん。」


「いやいや、京花ならこのニュアンス伝わるって。」


「うん、わかる。味が複雑な記憶ってことでしょ?」


「それ!ほら〜わかるじゃん。」


「だてにポッドキャストやってない(笑)」


京花はスマホのメモに「葛飾・飴煮」と書き込む。

その文字がやけにしっくりきた。


「しかもそれ、東京の名物って誰も言ってないよね?」


「そうなの。地味な地元のやつって感じで隠れがち。」


「名前が甘すぎるのに、魚っていう違和感がまたいいね。」


「で、味はどうだったの?美味しいの?」


梢が興味半分、不安半分で聞く。


「正直、最初は戸惑う。でも二口目で、これ昔からあった理由わかるなってなるの。」


「それ、京花が好きそうなタイプやん。」


「食べて納得する料理、好き〜。あとバエないけど語れるやつね。」


「じゃ、決まりじゃん!」


蓮がパフェの残骸を片付けながら言った。


「高尾の団子で、焦げ目と記憶やったんでしょ?今度は煮込みと郷愁で攻めなよ。」


「煮込みと郷愁、悪くないね〜。」


「東京の味、もうひとつの甘さ。」


「ちょっと、いいタイトル思いつきそう。」


その瞬間、京花の頭の中で番組のイントロが静かに鳴り始めていた。


―――


柴又駅を出た瞬間、空気の粒が少し丸く感じた。

商店街を抜けた先にある昔ながらの町並み。

店の前に吊るされた短冊型の手書きポップ、乾いた布団の匂い、遠くで鳴るチャイム。

京花はマイクを握らず、ただ歩いていた。


「東京のはずなのに、東京の中の地方って感じするなぁ。」


そう呟いて、スマホで録音メモを起動する。


「柴又、飴煮、探索中。人の気配は多くないけど、ゆっくりした時間が流れている。」


目的地は、地元のスーパーの裏手にある総菜店「さくら川食品」。

葛飾区に昔からある、地元密着のお店だ。

ネット検索では、ほぼ情報が出てこない。

でも、蓮の言葉を信じて、京花はその扉を押した


「いらっしゃい!」


出てきたのは、小柄な女性。

年齢は70代半ば。前掛けに川魚と書かれた刺繍がある。

京花は軽く頭を下げた。


「こんにちは。ポッドキャストをやってる者です。東京の名物を紹介する番組で飴煮について話を伺えたらと思って伺いました。」


女性は少し目を細めたあと、微笑んだ。


「ああ、あんた、放送の人ね? なんかこの前、そういう人が来るって言ってたわ。」


「あ、それ、蓮って名前でした?」


「そうそう。その人。」


女性は奥から鍋を持ってきてくれた。

中には、つやつやと光る茶色い小魚、モロコ。

砂糖と醤油で煮詰めた香りが、鼻の奥にじんわり染みてくる。


「これが、飴煮ですか?」


「そう。甘露煮とも言うけど、うちは飴煮って言ってるの。昔は鯉やナマズでもやってたのよ。今の時代は小さい魚のほうが売れるのよ。」


京花は小さな器に盛られた飴煮を一口食べた。


柔らかい。けど、中心には少しだけ骨の食感。

そして、砂糖と醤油の甘辛さが、じわっと時間差で広がる。


「あの、何と言えばいいか…やさしい執念って感じがします。」


「ん? 執念?あんた、変わったこと言う人ね〜。」


「いや、いい意味でいいました!時間かけて、でも派手にせず、芯まで味を染み込ませるみたいなな感じの意味でした。」


「まぁ、手間はすごくかかるのよ。だけど、作ってる間は無心よ。煮ながら、昔のこととか、考えてるだけ。」


「どうしてこの飴煮を今も作ってるんですか?」


「特に理由はないけど、やめたら消えるとは思ってるね。」


「やめたら消える?」


「ん〜。東京の田舎料理って誰も記録してないでしょ?だから、誰かが作り続けないといけないと思ってね。」


「東京の田舎料理。それ、すごく大事な言葉だと思います。」


「ふふ、そんな立派なもんじゃないよ。ただ昔からやってるだけよ。」


「でも、その昔からやってる、が今の東京に足りないと思います。」


「本日はありがとうございます。こちらとこちらを包んでいただけますか?」


「はい。ありがとうね。」


―――


外に出ると、日が傾き始めていた。

飴煮の余韻が口の中に残る。

甘いけど、べたつかない。

その曖昧な残り香が、東京の忘れかけた風景と重なっていた。

そのまま京花は、河川敷まで歩き、スマホを持ち直す。

録音アプリを起動し、ひとりマイクに語りかける。


「葛飾で飴煮をいただきました。小魚を飴と醤油で煮た料理です。

味は甘いのに、口の奥でじんわりと苦みが残るような味でした。」


「地味で、目立たなくて、でも誰かが作らないと消えてしまう味。東京の下町にはまだ、息をひそめて残っていました。」


京花は黙って空を見上げた。

遠くで電車が通る音。川の音。

それら全部が、東京だった。


―――


「正直、言葉にしづらい味なんだよね〜。」


スタジオの収録ブース。

京花がメモをめくりながらつぶやいた。


「美味しい。でも派手じゃない。感動するというより、ずっとそこにあった味って感じ。」


「いわゆる、泣けるグルメとは真逆だよね。」


千紘がそう言いながら、タブレットを操作している。


「でも、そこがいいかなと。SNSで誰かしら語ってる東京を、あえて避けてる感じ。」


水島がヘッドホンを外しながらそう言った。


「むしろ、語られてないものを語るっていう番組の軸、今回はすごくハマってるよ。」


「そうかも。語られすぎてないって、ある意味素材力強いよね!」


「飴煮=東京の下味?」


「それはそう!」


颯が笑いながらスライドを送る。


今回のサムネ案は、川魚の照りを引いたアップ写真に「忘れられかけた甘さが、東京の下町で煮込まれていた」の文字。


「どう?狙いすぎ?」


「ちょうどいい。」


京花が頷く。


「保存食になるっていうのもいいよね。」


「誰かが作ってないと、消える味っていうのもいい!」


「その店の人、そんなこと言ってたよね。」


「うん。東京の田舎料理って誰も意識しないからって。だからこそ作り続けてるってね!」


「それ、強いなぁ。」


千紘が目線を落とす。


「東京って、表の顔が多すぎて、静かに生きてる味がなかなか見えにくいよね。」


「でも、その静かに生きてる味に、ちゃんと、あなたも東京だよって言ってあげたい。今回はそれをやりたいの。」


―――


録音ボタンが押され赤ランプが灯る。

京花の声が、マイクを通して静かに響く。


「こんばんは。『味で語ろう』、京花です。東京の名物とお土産を、ひとつずつ紹介していくこの番組。今回は、飴煮という料理をご紹介します。」


「場所は葛飾区。昔から川沿いで暮らしてきた人々の間で、魚を飴と醤油で煮る保存食として親しまれてきました。」


「見た目は地味です。味は濃いようで優しく、ひとくち目は戸惑い、ふたくち目で、なるほどと頷く味です。」


「私はこの飴煮を食べたとき、この味を言葉にできるだろうかと、正直迷いました。でも、だからこそ喋りたいと思いました。」


「東京には、喋られすぎた味もあるけれど、まだ誰にも喋られてない味もある。その静かな味たちが、東京を支えている気がしたんです。」


録音ブースの外、スタッフたちが静かに見守る。

颯がそっとうなずき、水島がメモを閉じる。


「今回のビックアップ!リアルグルメ東京は、飴煮でした。次回も飴煮を引き続きお送りいたします。どうぞお楽しみに。」


―――


「きてます。今日もすごい数のDM。」


収録翌朝、千紘がタブレットを持ってスタジオに入ってきた。


「飴煮って地味すぎるって思ってたけど、こんなに反響あるの意外!」


「いや〜、逆にそこが刺さったんだと思うよ。」


颯が隣で相づちを打つ。


「東京の味ってみんなどっかで探してたんだよ、きっと。」


京花はスマホを開きながら、ひとつひとつのDMに目を通していた。


「「正直、飴煮って名前だけ知ってて、食べたことなかったです。放送を聞いて地元の魚屋さんに聞いたら、昔はおばあちゃんがやってたけど今はもう…と。でも、ないなら私が作ってみようと思いました。」」

@mizu_ishi


「「祖母が江戸川区の出身で、よく食べてました。子供の頃は飴煮は歯ごたえがありすぎて嫌いでした。

でも今思えば、あの甘じょっぱさがうちの味だった。聞きながら、思い出に浸りました。」」

@coicoi_fish


「これ、すごいよね。」


千紘が言う。


「この番組って、人の記憶に火をつける装置的なのかもしれないね〜。」


「うん、誰かの話を聞くことで、自分の中にあったかもしれない記憶が呼び出される。」


「飴煮、もはやトリガー料理っすね。」


そんな中、ちょっと異色の投稿も。


「「飴煮って“砂糖+醤油+魚ですよね?それ、ウチの彼氏が夜中に自作してたやつに酷似してて爆笑しました。男が煮るとだいたい郷愁ですよね。」」

@hajiketeru_joshi


「これ読んでコーヒー吹いた。」


「だいたい郷愁はパワーワード(笑)」


「Tシャツにしたい(笑)」


さらには、こんなDMも届いていた。


「「母が認知症になってから、あまり味を覚えてなくて。でも、飴煮を出したら、これは懐かしいと一言だけ言ってくれました。そのあと何も話さなかったけど、箸は止まりませんでした。こういう味が、東京の名物って、私は思います。」」

@ume_koba


京花はそのメッセージを読み終えて、そっとスマホを伏せた。


「東京って、記憶の数だけ名物があるんだなって思う。」


「その一つひとつを、番組で拾っていけたらいいね。」


それから、公式SNSアカウントでDMを紹介する投稿をいくつか出すことにした。

ハッシュタグは自然に流れて広がっていった。


#飴煮って知ってた?

#うちの東京これかも

#名物にしていいですか

#味で語ろう


―――


その夜、京花はひとりでリスナーに向けてメッセージ動画収録を行った。


「今回もたくさんのメッセージ、ありがとうございました。飴煮という一皿から、たくさんの東京が見えてきました。名物って、誰かの記憶に宿る味のことなんだなって、あらためて思いました。」


―――



「また、かぶったのかと思った。」


日向るいは、スマホで京花の最新エピソードを再生しながら、そうつぶやいた。

朝の台所。

ハンドドリップのコーヒーがぽたぽたと落ちる音と、スマートスピーカーから流れる京花の穏やかな声。


「「今日は、飴煮という料理を取り上げます。」」


「飴煮か。」


飴煮という単語には、るいも微かな記憶があった。

転校ばかりの幼少期、唯一少しだけ長く暮らしたのが、柴又から数駅離れた京成小岩だった。


あの頃、近所の魚屋が年末になると「飴炊き、今日あります」と手書きの札を出していた。

当時は見向きもしなかった。

甘く煮た魚なんて、子どもにはただの苦いおやつだったから。

けれど今、京花が話す飴煮の描写に、るいは耳を澄ませて過去の記憶に浸っていた。


「「ひとくち目は戸惑い、ふたくち目で、なるほど!と頷く味です。」」


「「語られすぎていない味。その静かな味たちが、東京を支えている」」


るいは、マグカップを両手で持ち直した。


「静かな味…か。」


彼女のInstagramは、華やかで洗練されている。

色、構図、言葉。

どれも計算された心地よさがある。

時々、自分が語りすぎる側に回っている気がして、少し息が詰まることがあった。


投稿を整えすぎて、味が薄まってしまうのではないか?

おいしいを伝えようとするほど、自分の実感から離れていくような...。

誰にも言えない違和感。


るいは京花のポッドキャストを聴くたび、その「語らなさ」に惹かれていた。

淡々としていて、でも余白があって、どこか聞く側に語らせる空気がある。


「ふふ。羨ましい人...。」


そう言って、ため息のように笑った。


メッセージ通知がいくつか届いた。


「「京花さんの飴煮回、るいさん聴きましたか?ああいう誰も語ってない味、るいさんだったらどう紹介しますか?」


「「#語られすぎてない東京、ってタグつけたらバズってますよ!」」


投稿していないのに、自分の名前が混ざる。

京花と自分が、もはや並列で語られる存在になっていることに、るいは戸惑いも感じつつ、少しだけ誇らしくもあった。


彼女は、白いトレイに焼いた柚子味の団子を並べる。

次回の投稿用に試作していた、和スイーツの新作。


照明を調整してカメラのシャッターを押す。

今回はいつもより構図をいじりすぎない写真を選んだ。


語られすぎていない味。

その響きがまだ脳裏に残っている

投稿を予約した後、るいはノートを開いた。

そこに書き留めた一言。


「味には、沈黙が似合うときがある。」


その夜、るいは京花の公式アカウントを開いた。

飴煮の投稿のリプライに、グッドボタンをつけて閉じた。

名前は表示されない。

でも、それでよかった。


―――


「では、今回の飴煮を、この番組『味で語ろう』が紹介する東京の名物のひとつとして、ご紹介致します。」


収録ブースで、京花が最後のナレーションを読み上げていた。

マイクの赤ランプの下、空気は静かに整っている。


「地味で、控えめで、語られる機会も少ないけれど。誰かにとっては確かに、東京の味であったこと。

そして、ここでまた語られて誰かの記憶として残っていく。それだけで、名物にする理由として十分じゃないでしょうか?」


そして音楽が流れる。


千紘がとふと言った。


「最初、飴煮で二話もつのか?って思ったけど、今となっては、むしろ二話で足りた?って感想。」


「甘さとしょっぱさと記憶って、思った以上に語れる要素あるんだね。」


颯が画面で、次の候補をちらつかせながら加わる。


「ていうか、東京って主役にされなかった味が多すぎますね。」


「その主役じゃない味を丁寧に語るのが、この番組なんよ!」


「味で語ろうの回収力…やば(笑)」


「地味に強いね(笑)」


水島が録音ログを保存しながら言った。


「今回の反響、リスナーの人生ごと動かすような手触りがありましたね!」


「地味でも人の心の奥に届くことはある。」


京花は静かに頷いた。


音楽が終わり、DMを京花が読みあげる。


「「職場の後輩に飴煮って何すか?って言われて、説明するより番組聴けってリンク送りましたwほんとは私が説明すべきだったのかもしれないけど、あれは言葉より温度の料理だと思ったので。」

@midtokyo_58


「祖父が亡くなる前、東京の味ってどんな味?って聞いたら、飴で煮た魚の味って言ったんです。なんとなくずっと忘れられなかったんですが、今回でつながりました」

@komorebi_green


京花はそれらを読みながら、ゆっくりと語る。


「このポッドキャストでは、毎回ひとつずつ、東京のあちこちにある素敵な味を、名物と呼びながら紹介しています。リスナーのみなさんの記憶や体験も、立派な名物の一部です。」


「なので、ぜひ教えてください。あなたの知ってる東京の味、覚えている東京のお土産、そして、忘れられそうな味も。私たちと一緒に、東京の味を残していけたらうれしいです!」


少しの間を置き、最後の言葉をマイクへ向けて話す。


「今日の東京リアルグルメは、飴煮でした。さて、次はどんな味に会えるでしょうか」

「それでは皆さん、次回をお楽しみに待っていてくださいね。バイバイ。」

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