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東京リアルグルメ  作者: マリブン
Season1

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3/13

記憶の団子

「団子って、甘くないとき、ちょっと悲しくない?」


スタジオの準備中、京花がコーヒーを片手にぽつりとつぶやいた。


「なにそれ?急に。」


千紘がパソコンから顔を上げる。


「いや、昔、祖母と食べた団子がさ、見た目はツヤツヤだったのに、いざ食べたら、味噌だれがまさかの無糖だったの。団子のくせに甘くないって、裏切りでしょ?」


「団子に裏切られた女(笑)」


「なんかドキュメンタリーっぽい。」


「ナレーション入りそう、あの日、少女は甘さを信じた(笑)」


「やめて、真面目な話なんだから〜。」


録音準備をしていた颯が振り返る。


「でも京花さん、団子ってテーマ、今回ガチで掘るんすか?」


「うん。東京の名物で見落とされがちだけど、実は文化のかたまりだし。」


「味噌だれの団子って、正直あんま馴染みないっすけどね。」


「なーにおっしゃってるの?逆に今さら?って言われるものにこそ、記憶が詰まってるんだよ。」


京花はそう言いながら、収録スクリプトをめくる。

今回は東京都八王子市・高尾にある老舗茶屋「藤棚茶屋」の焼き団子。

白味噌ベースの甘だれを塗って、もう一度炭火で焼く焦げ目が特徴。


「なんでそこに注目したんだっけ?」


「きっかけはリスナーからのメッセージ。」


京花はスマホを開き、最近届いたダイレクトメッセージを表示した。

送り主は、森野梢という女性。


「「こんにちは。私は八王子の団地育ちです。貧しかったけど、母が仕事帰りに買ってきてくれた一本の甘味噌団子だけが、今日はいい日だったって思わせてくれた味でした。東京の甘さって、ああいう焦がさず残す優しさな気がします。」」


「うわ、刺さる。」


颯が思わず声を漏らした。

千紘は珍しく何も言わず、数秒だけ画面を見つめた。


「この一文よ。焦がさず残す優しさ。」


京花が画面を軽く撫でた。


「私、焦げてこそ味って信じてたけど、この人の言葉でちょっと変わったの。」


水島が背後で一言。


「焦げさせてなんぼっていうの、男の発想だよな。」


「なに?ジェンダー論?」


「違うけど、でも焦がすってさ、なんか味出してやるって力技な感じする。」


「まあ、それはわかる。」


「にしても、味噌だれ団子ってなんか言葉になりづらいよね。」


千紘がメモ帳を見ながら言った。


「どんなに感動しても、団子おいしかったの一言で終わりがち。」


「団子の味で泣いたとか聞いたことないもんね。」


「逆に言えば、泣ける団子作ったらバズるのでは?」


「それ、泣きながら団子食べるレポーターがいる番組にする気?」


「再現Vも泣き団子。全員すすり泣きながら食べてる。」


京花は笑いながら、ブースに入った。


「でも、私はこのテーマでやりたい。団子ってさ、実は東京の記憶の断片なんだよ。おばあちゃんと食べたとか、祭りの帰りに買ってもらったけど、帰り道に冷めてたとか。その全部に東京の景色がある。」


「じゃあ、それを喋る?」


「うん。今回は焦げ目と記憶をテーマに喋る。」


「焦げ目、ね〜。」


「焦げ目って、東京の味における句読点かも。」


「それ、シャレ?キャッチコピーにする?」


「しよう。団子の焦げ目は、東京の句読点。」


「うさんくさっ!」


この日の収録テーマは、

『団子に焦げ目がある理由』


ゲストは入れず、いつもの3人編成でいく。

高尾への取材は明後日。その前に、団子とは何かを喋っておくのが今日の目的。


「じゃ、録音いきま〜す!」


水島の声に合わせてブースのランプが点滅する。

京花はマイクに向かって口を開いた。


「こんにちは。『味で語ろう』の京花です。

今日のテーマは、団子です。なんで今さら団子かって? そう思ったあなた、甘味噌の焦げた香りを思い出してください。」


―――


京王線・高尾山口駅に着いたのは、午前10時を少し過ぎた頃だった。

改札を出ると、山の湿った匂いが鼻先をくすぐった。

遠くで誰かが線香を焚いているのか、甘味噌の香りと溶け合って、不思議な香ばしさが漂ってくる。

坂道に差し込む木漏れ日は、柔らかく肌を温める。

観光客のざわめきが背後に遠のくほど、足音と呼吸の音だけが耳に残った。


「空気が団子向き。」


京花がホームに降り立って、開口一番つぶやいた。


「団子向きって、何だよ。」


「いや、なんとなく。湿気がちょっとあって、匂いが留まる感じ。甘味噌が香るにはちょうどいい気温と湿度。」


「団子の気象予報士かよ。」


「将来、気象庁とコラボしよ。本日の団子指数。」


駅前には観光客らしい人影がちらほら。

天気は曇り時々晴れ。


千紘はスマホを見ながら言った。


「藤棚茶屋はこの坂を登って徒歩15分。地元民が通う隠れ名店って書いてあるけど、言い換えると普通の人はたどり着けないってことじゃない?」


「その解釈好きかも。」


「今日の敵は坂道ってことか?」


「いや、真の敵は体力だな。」


「じゃあ、私もう負けてる〜。」


「それより、京花さん。団子取材って、食べるのが目的じゃないっすよね?」


颯がリュックの中のカメラをチェックしながら聞いた。


「もちろん。聞きに行くの。団子の焼き目にどんな時間が積もってるか。」


「え、急に詩人?でも意味不明。」


「私、団子の焦げ目見ると時間の層みたいに感じるんだよね。積もって、剥がれて、でも染み込んでる感じ。」


「さっすが焦げ目フェチ、」


「フェチじゃない。敬意。」


「もっとやばいじゃん。」


山道に差しかかると、静けさが増す。

鳥の声、遠くの風、そしてかすかに甘い、焦げたような香りがした。


「これだ。」


京花が立ち止まった。

前方に、古びた木造の建物が見えた。


《江戸味噌 焼き団子 藤棚茶屋》


看板は手書き。色あせた布の暖簾が揺れている。

開け放たれた窓の向こうには、小さな鉄板と、白い団子が並ぶ。

中から現れたのは、割烹着姿の女性。

肩までの髪を後ろに束ね、年齢はおそらく40代後半。

表情は涼やかで、目に火が灯っているような印象を受けた。


「いらっしゃい。取材の方?」


「はい。はじめまして。味で語ろうっていうポッドキャストをやっています。今日は、この団子の味などの話を聞かせていただきたいと思ってます。」


そう言って京花が名刺を差し出すと、女性は微笑んだ。


「私は小澤紗英です。よろしくね。ここ、藤棚茶屋の三代目をしております。うちは、昔から何も変わってない団子しか出してないけど、それでいいのかしら?」


「もちろんです。本日はよろしくお願いします。」


「祖母の代からこの場所で、ずっと同じやり方で焼いてきたの。 流行りの味を入れようとしたこともあったけれど、常連さんが、変えないでって言ってくれて。 それが嬉しくて、その日から迷わなくなたわ。」


焼き台の前に並ぶ団子は均等に焼き色が入り、その上に白味噌の甘だれが一筋ずつ、刷毛で丁寧に塗られていく。


「あの、味噌だれって甘さ控えめだったりします?」


「いえ、その逆よ。白味噌に砂糖とみりんをたっぷり。でも、焦げることで控えめに感じるの。人間も一緒ね。」


「え?」


「焦げ目がある人って、強く見えるけど、実はすごく甘いのよ。」


「召し上がります?」


「はい。いただきます。」


京花は団子を一口かじった。

焼きたての団子はふんわりとやわらかく、その表面にのった味噌だれは、確かに甘かった。

甘さの奥に、ほんの少しだけ焦げた記憶のような苦さがあった。


「この味、優しいけど油断させない味ですね。」


「あなた、変な褒め方するのね。それって褒めてるのよね?」


「めちゃくちゃ褒めてます!これは油断しない東京の味だと思います!」


「昔、亡くなった祖母が言ってた言葉を思い出したんです。焦げてるとこだけ剥がして食べたら、そこがいちばん美味しいのよって。」


「いいこと言うのね。」


「でも、子どもには苦いってだけだでした。」


「それでも記憶に残ってるのは、その言葉なんでしょ?」


「はい。なので、今日ここに来たんだと思います。」


千紘が横からメモを取りながら言った。


「京花が取材で泣くの、今年3回目です。」


「泣いてないよ。」


「鼻が赤くなるからバレてんの。」


「それは気温のせいです。」


「焦げ目のせいだな。」


「やめて、焦げ目の涙腺とか言わないでよね。」


小澤は団子をもう一本、鉄板の上に載せた。


「うちの団子、冷めても味が変わらないの。焦げ目が蓋になるから、香りも、記憶も閉じ込めてくれるのよ。」


「その言葉、ポッドキャストで使ってもいいですか?」


「どうぞ。でも、あんまり上手に話さないでね。」


「え?」


「本当に大事なことって、言葉にすると少しずつ薄くなるでしょ?」


京花は団子を見つめながら、そっとメモに書いた。


「焦げ目は記憶の蓋。」


―――


「で、どう言語化するの?」


帰りの電車、八王子から新宿に向かう中央線。

千紘がタブレットを見ながら京花に尋ねた。


「焦げ目が東京の記憶とか、書くんでしょ?」


「いやいや、それはポエムすぎるでしょ。今回は削る。」


「賢明ね。」


「言葉にすると、軽くなる味ってあるよね。」


「それでも番組は言葉で伝えるがテーマ。」


「そこが難しい。今日のあの団子、味より温度感の記憶が強いの。熱さでも冷たさでもない、真ん中くらいの、曖昧な温度っていうか...。」


颯が車内の窓に団子を置き写真を撮って言った。


「あれどうです?焦げ目が蓋になるってやつ。あの女将さんの言ってたやつ。」


「あれは使いたい。あの一言だけで、今日は来た意味あったと思う。」


京花はスマホの録音メモを再生した。


冷めても味が変わらないのよ。焦げ目が蓋になるから、香りも、記憶も閉じ込めてくれるの。


「冷静に考えると、けっこうすごいこと言ってるよな。」


「それ、温度が冷めても心が残るってことでしょ?」


「そう。私達の伝える仕事こともそうでありたいね。」


「つまり焦げ目のようなポッドキャスト?」


「地味でくすぶってるけど、心に残る。」


「火事寸前だけどね〜。」


―――


スタジオ、

すぐ収録準備が始まった。


「今日は団子を誰が語るかじゃなく、団子が何を語ったかを話すね。」


京花はそう言って、台本を破って捨てた。

千紘が拍手。


録音ランプが点灯する。


「こんばんは、京花です。

東京リアルグルメを記憶と言葉で紡ぐポッドキャスト『味で語ろう』。今日のテーマは、団子は語らない、でも伝わるです。」


「高尾山の小さな茶屋に私達は行って来ました。焼き団子に白味噌のたれを塗り、もう一度焼く。一見シンプルな工程ですが、その火の扱いに、店主の温度が見えてきたんです。」


「焦げすぎないように火を見て、塗って、待つ。その時間の中に、変わらない東京の味がありました。」


「東京の味って、案外地味です。派手さはない。だけども、だからこそ残るんです。味じゃなくて、焼き加減の記憶。」


「甘いけど重くない。焦げてるけど苦くない。その曖昧さこそが、東京のやさしさなんだと思いました。」


録音を終えた後、千紘が静かに言った。


「泣けとは思わないけど、響いたよ。」


「響けばいいの。泣く必要なんてないでしょ。」


「リスナー、泣くかもよ?」


「それはリスナーの自由。」


颯がスマホ画面を見て顔をしかめた。


「あれ?るいさんの投稿みた?」


「え?」


「団子やん。ピスタチオ団子。またかぶってんな〜。」


「うそでしょ?」


「私たちのSNSに対抗して先取りしたのかね?」


スマホの画面に映ったのは、白団子に抹茶ピスタチオクリームを載せたモダンな写真。

背景には「Tokyo Dango Reimagined」と書かれた英字。


「しかも、投稿文が...。」


千紘が読み上げる。


《東京の団子って、もっと自由でいいと思うんです。焦げ目の思い出も素敵だけど、そこに今を足したい。》


京花は静かに心の火が灯った。


―――


その夜、京花はなかなか寝つけなかった。

原因は画面の向こうの、静かな火だ。


日向るいの投稿はいつも完璧だ。

今回もタイミング、構図、言葉の温度、すべて計算し尽くされていた。


ピスタチオ団子の投稿文は柔らかく、

確実に焦げ目文化への対抗心。


《焦げ目の思い出も素敵だけど、そこに今を足したい。》


直接的じゃないからこそ、におわせとしてフォロワーが過敏に反応する。


翌朝、番組公式アカウントの通知が鳴りやまなかった。


「#団子戦争」

「♯ピスタチオ vs 甘味噌 焦げ目バトル開幕」

「もうこれは運命でしょ」

「るい様は京花さんを意識してないフリが逆にエモい」

「京花さんの団子は“昭和の記憶、るい様は令和の創造」


「もはや団子の話じゃない。」


千紘がタブレット片手に呆れたように言った。


「団子はたんなるきっかけ。私とるいさんは、ただお互い自分の好きな団子を語ってるだけなのにね。」


「でも、同時に語ったという事実が、リスナーの想像力に火をつけたわけで...。」


水島がヘッドホンを外して一言。


「どうする?ラジオで触れる?」


「迷ってる。触れたら煽ってるみたいになるし、無視したら、あえてスルーって言われるし...。」


「詰んでるな。」


「詰んでるね。」


「詰んでるけど、団子はうまい。」


「名言っぽいけど何の解決にもなってない。」


そのとき、番組に届いたメッセージ。


リスナー名:ごまみそ55

「「私は両方の団子を見てるだけで泣きそうでした。誰かに守られてた記憶。そして、自分がこれから守っていきたいもの。どっちもあっていいと思います。」


京花はそれを読んで初めて肩の力が少し抜けた気がした。


「争ってないってこと、ちゃんとリスナーに伝えたい。」


「でも、何しても戦ってるように見えのが現実。」


「だったら逆手に取って、団子の正義はひとつじゃないってテーマで行こうかな。」


「うわ、強い!」


「そういうの、火消しというより、焦げ止めって感じでいい!」


「団子にしか通じない単語生まれてるけど(笑)」


颯がSNS用の画像をつくりながら、口を開いた。


「次のエピソード、東京の団子はひとつじゃないでどうすか?」


「いや、ひとつじゃないけど、どれも東京の味だよって言いたいの。」


「じゃあ団子の数だけ、東京がある。」


「それ、ちょっと良き。」


「マジすか?」


「リスナーがハッシュタグつけたくなるタイプの言葉じゃん。」


―――


自宅。

京花は1本の音声を録音した。


「こんばんは。京花です。ちょっとだけ個人的な話をします。私は団子を、何かと比べるために語ったわけじゃありません。でも、いつの間にか誰かの中で、団子が戦ってることになっていました。」


「私の団子、るいさんの団子、どちらかを選ぶのって違うと思います。だって、東京はひとつの味だけで語れるほど単純じゃないでしょ?」


「この団子の方が未来っぽいとか、あっちの団子は記憶にすがってるとか、そういう線を引くより、今日の自分には、どっちの団子が食べたいかでいいと思うんです。」


「だって団子ですから。戦う道具じゃないでしょ?」


―――


日向るいが団子というテーマを選んだのは、別に誰かと張り合うためではなかった。


今月の企画は「白団子と豆のスイーツ特集」で組んいて、取材先のひとつで、奈良・吉野で百年続く団子茶屋に取材に出向いていた。


店主がゆいに語った言葉。


「甘さっていうのは、誰かに残したいと思う優しい気持ちです。」


その言葉が、どこか引っかかる。

父親の仕事の都合で幼少期から、いろんな地方を転々とした。

特定の地域に思い入れなど、ない。

記憶に残ってる味なんて数少ない。

まして、伝統やら残したい味?

あまりピンとこない事実。


ゆいは、自分なりに各地の味を掘り起こしては、今の形に翻訳してきた。

それが逆に、リスナーにうけた。


「私は、帰る場所の味がないの。なので、これからも残していく味を増やしていきたい。」


今回のピスタチオ団子も、その延長だった。

奈良の白団子のレシピをベースにし、東京で手に入る素材で再構成したもの。


投稿の後。


「るい様、また京花の団子潰しにきた〜!」

「焦げか、ピスタか。団子はどっちが正義?」

「東京 vs 全国、伝統 vs 今」


違う。

言葉にすることは、かえって逆効果になる。

るいは沈黙した。


投稿のコメント欄を見ていたマネージャーが呟く。


「2人のフォロワー達同士で戦いはじまってるけど?」


「知ってる。」


「止める?」


「止めない。でも燃えすぎたら、次の収録とSNS投稿で水まく。」


その夜、るいは一人でノートを開いた。

そこには、紹介したいローカル団子リストが並んでいる。


福岡:柚子だれ団子

愛知:味噌団子(八丁味噌ベース)

山形:ずんだ団子

高知:生姜醤油団子

香川:白あんと塩団子


そして京花の投稿を見た。


「団子って、どこにでもありますよね。でも、各地で少しずつ違うんです。東京の団子だけが正解になるのは、ちょっと違う。でも、言葉にしない方が、伝わるときもある。」


東京の団子を否定する気はない。

でも私が守りたいのは、東京じゃないどこかで見た、あの焦げたやさしさ。


それは小学三年の夏祭りの夜。

転校して間もない町で、ひとりぼっち。

顔見知りも少ない中、屋台の端でおばあさんが焼いてくれた一本の団子。

焦げ目は少し深くて、甘さより煙の香りが先に来る。

でも、噛むたびに口の中がやさしく満たされて、ほっとした私は涙がポロポロ流れた。

その夜の屋台の灯りと、団子の温度を、私はまだ忘れられない。


―――


「みなさん、高尾で出会った団子の話、いかがでしたか?」


収録ブースのランプがまだ赤く灯る中、京花の声はゆっくりと落ち着いていた。

話のテンポはやや緩やか。

しかし、伝えたいことは明確だった。


「高尾の藤棚茶屋さん。団子に甘味噌を塗って、もう一度焼くんです。焦げ目が香ばしくて、味噌の甘さがやわらかい。東京の味っていうより、東京に残っていたやさしさの味がしました。」


スタッフブースでは、千紘が何度もうなずいている。

水島は、編集メモをとりながら、途中で手を止めて聞き入っていた。


颯がポストカード風のサムネをモニターに映し出す。

焦げ目のついた団子が皿にひとつ。下に手書き文字風のタイトルが添えられていた。


「焦がさないように見てた記憶。」


京花の語りは続く。


「私たちが探してる東京の名物って、こういう味なんです。派手じゃなくても、誰かの思い出の中に確かにあって、でもいつの間にか、忘れられかけてたような味。」


「団子ってそういう記憶を焦げ目の中に持ってる食べ物なんだなって思いました。」


そして今回は、放送後に届いたリスナーからのメッセージもいくつか紹介された。


「「八王子に10年以上住んでいます。藤棚茶屋、名前は知ってたけど入ったことがなくて。番組を聞いて、初めて行きました。団子の甘さより店の静けさに癒されました。」」


「「祖母が作ってくれた味噌団子を思い出しました。でも、私は東京生まれじゃないから、あの味を東京の味として見る発想はなかった。でも今日、それはそれでいいんだなって思いました。」」


「「るいさんとの団子がかぶって騒いでる人もいたけど、私はどっちの投稿も好きでした。団子って幅があるんですね。」」


京花は笑いながらうなずいた。


「そう。幅がある。味も、思い出も、甘さも、焦げ方も。それをどっちが本物かで決めるのなんか違うと思いますよね。」


「団子は東京にとって、主張しない名物かもしれない。でもその分、受け取る側が自分の東京として抱えていける気がすします。」


そして音楽が流れる。


水島が黙って頷いた。

千紘がその様子をちらりと見て言う。


「今日、まともなことしか言ってないね〜。」


「何〜!その失礼な感想〜。」


「いや、いつもはわけわからない比喩使うじゃん。」


「今日は焦げ目の火加減、完璧だったっすね。」


「つまり、うまく焼けたってこと?」


「団子の話から離れてくれないの?」


京花はその空気を受けて、マイクに向き直る。


「今回紹介した藤棚茶屋さんの焼き団子、番組として、東京の名物のひとつとして紹介させていただきました。」


「このポッドキャストでは、毎回ひとつずつ、東京のあちこちにある素敵な味を、名物と呼びながら紹介しています。

リスナーのみなさんの記憶や体験も、立派な名物の一部です」


「なので、ぜひ教えてください。あなたの知ってる東京の味、覚えている東京の土産、そして、忘れられそうな味も。

私たちと一緒に、東京の記憶の味を残していけたらうれしいです。」


最後、恒例の“次回のヒント”を。


「ちなみに、次回予告。テーマは噛む東京です。

テーマは…スルメ? それとも?」


「ヒントは、噛んでるうちに涙が出る味です。」


「その涙は、辛いの?しょっぱいのか?皆さんお楽しみに!」


颯が吹き出す。


京花は笑ったあと、マイクに向かってやさしくこう締めた。


「今日のリアルグルメ東京は、味噌ダレ団子でした。さて、次はどんな味に会えるでしょうか」

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