記憶の継承 【コラボ 僕らは世界を変える予備軍】
「こんばんは、京花です。東京のリアルな食の記憶と言葉を紡ぐポッドキャスト『味で語ろう』。今夜のテーマは、うなぎの骨チップスです。」
冒頭の声を録音し終えると、京花は椅子に深く腰掛け、静かにマイクを見つめた。
このテーマを選んだのは、ある一つの理由。
音だった。
そう、全てはあの音が決め手だった。
カリッ。
バキッ。
ボリボリッ。
深川の老舗で手に取った、たった一袋。
封を開けた瞬間、乾いた骨の香りと共に、江戸前の気骨が広がる。
「これ、すっごい音するよ……」
収録前に一口試した桐谷颯が、顎を押さえて大声を上げた。
カリッ! バキッ! ボリボリッ!
マイクが拾った音に、スタジオの空気がざわめいた。
「すげえ。音が骨そのもの」
颯が顎を押さえながら叫び、千紘が思わずメモの手を止めた。
「撮って、撮って。動画映えするから!」
「顎外れんぞ、それ。」
水島拓真が小声で突っ込みを入れつつ、マイクチェックを始める。
「マジで骨って感じ。香ばしいっていうか、骨感MAXっていうか…。」
構成作家の村上千紘はメモをとりながら、顔をしかめた。
「いや、褒めてるのよ?」
京花が笑いながら、袋の裏側を見る。
『うなぎの骨チップス(味の浜藤)』。
老舗のうなぎ屋が中骨だけを素揚げし、塩だけで仕上げた、純粋な江戸前の珍味。
「これ、昔は捨ててた部位なんだって。でもね、もったいないっていう発想から生まれたらしい」
千紘が深く頷く。
「うなぎって高級品でしょう? 骨だって貴重なの。江戸の人たちって、そういう物を残す精神がすごいのよね。」
「逆に今、めちゃくちゃ映える時代っすよね。こういう『THE・珍味』って。」
颯がスマホでピントを合わせながら呟く。
京花は目の前のチップスをひとつ手に取った。
指先に感じる、確かな骨の硬さ。
見た目は、まるで焦げた枯れ葉のように細く、歪んで、乾ききっている。
京花が袋を破ると、油と塩が混じった香ばしい匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。
手に取ったチップスは、焦げ茶色の枯れ葉のように細く歪み、硬さを主張している。
指先に伝わるざらりとした感触。
「これ、本当に食べ物?」
と笑いながら、京花は迷わず口に運んだ。
バキッ。
乾いた音が室内に響いた瞬間、江戸前の気骨がそのまま噛み砕かれたように広がった。
「うわ、これ…強い!」
「うん、強い。」
千紘が同意する。
「でも、クセになる。味というより、噛むことそのものが快感になってくる。」
京花は目を閉じた。
まるで、誰かの言葉を何度も噛みしめ、飲み込もうとしているような、そんな感覚だった。
頭に浮かんだのは、夫の洋平のこと。
最近、彼は口数が減った。教師として、何かあったことは察していた。けれど、それを問い詰めることはしなかった。
京花は話すことより「噛みしめる派」だったから。
この「うなぎの骨チップス」に、何か通じるものを感じた。
硬い。
苦い。
でも、後を引く。
そして、噛むたびに少しずつ味が出てくる。
「これって、人生の味じゃない?」
そう呟いた瞬間、千紘がふとメモを閉じた。
「京花。それ、今日のラストに使おう。人生の味って。」
「OK。じゃあ、今日はこれでいこう。噛みごたえが東京の記憶になるって、そんな話。」
―――
時はさかのぼり
深川・味の浜藤
かつて江戸の庶民が行き交い、漁師たちがうなぎを獲り、豆腐屋が朝を告げた町、深川。
今では高層マンションと下町の路地が混ざり合い、懐かしさと再開発の気配が入り混じる。
そんな場所で、うなぎの骨を商う店がある。
「味の浜藤」の暖簾をくぐると、揚げたての香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「いらっしゃい。」
年配の女性店主が、奥から笑顔で出てきた。
白髪をひとつに束ね、割烹着がよく似合う。
「うなぎの骨チップスを買いに来たんです。前にいただいて、あの噛みごたえが忘れられなくて」
「これはね、骨だけど命の味なの。」
女将の声は、まるで深川の川風のように静かで、どこか強かった。
京花は揚げたての骨を噛む。バキッと音が響く。
最初はただ硬いだけ。
けれど次第に脂の旨味と塩の刺激が滲み出し、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「なんだか、泣きそうになる。」
京花が漏らすと、女将はにっこり笑った。
「それが東京の骨なのよ。捨てられたはずのものに、まだ生きている味があるんだよ。」
「うなぎは昔、安くてね。庶民の味だった。骨も内臓も、何もかも捨てなかった。もったいないってね。でも今は高級品になっちゃって、骨なんて普通は捨てる。でもそれじゃあ、うなぎが泣くって思ってね。」
京花は女将の目をじっと見つめる。
「昔は、骨だって子どものおやつだった。父親がこれを噛めば、何か思い出すって言ってたの。」
店主は、奥から揚げたてのチップスを一枚差し出した。
「熱いから気をつけて。ほら、噛んでごらんなさい。」
京花は口に入れた。
バキッ。最初の衝撃の後、じわりと骨のコク、うなぎの脂、そして塩の刺激が広がる。
「うん…強い味。でも、なぜか泣きそうになる。」
「それが東京の骨なのよ。」
「『骨のある人間になれ』って昔の人はよく言ったもんだけど、今じゃ噛めない若者ばっかりって言われてるでしょ?私はそんな時代だからこそ、この骨を売ってるんだよ。」
「骨で何かを残すってことですか?」
「そう。『捨てるな』っていうのは、物の話だけじゃない。思い出も、痛みも、関係も、簡単に捨てちゃいけないってことだね。」
京花は、手の中の骨チップスを見つめた。
この薄く硬い一枚の中に、江戸の時間が、東京の人生が、ぎゅっと詰まっている気がした。
外に出ると、陽はすでに傾きかけていた。
京花は骨チップスの袋を握りしめ、深川の路地を歩く。
すれ違うおじさんが「それ、うまいよな」と声をかけ、小学生は袋を覗き込み、「なにそれ?えっ骨!?」と驚く。
「この骨は東京の味のひとつなの。」
京花は自然とそう答えていた。
その言葉には、背中を押されるような強さがあった。
「噛めば噛むほど、忘れられなくなる。」
それが、うなぎの骨チップス。
そして、東京の下町の、静かで確かな存在だった。
―――
京花は自宅のキッチンに立っていた。
夫の洋平はリビングで黙ってテレビを見ている。
画面に映っているのは、彼の教え子達、3年2組の生徒だった。
「担任の不当処分に抗議」と書かれたプラカード。
真冬の朝、校門前で声をあげる生徒。
インタビューに応じる少年、涙ながらに語る少女。
洋平は無言のまま、それを見つめていた。
「これ、食べない?」
京花はそう言って、小さな皿を食卓に置いた。
「これ、今日の取材で買ってきたの。食べてみてよ。」
洋平は少しだけ首を傾げる。
「うなぎの骨?」
「うん。見た目ちょっと怖いけど、噛むとクセになるよ。」
洋平は一つ手に取り、静かに口に運ぶ。
バキッと音が鳴った。
「硬っ!」
洋平が顎を押さえて笑った瞬間、京花もつられて吹き出した。
その笑いは、久しぶりに二人の間に灯った小さな火のようだった。
京花は笑いながらも、彼の反応をじっと見つめていた。
「でも、噛んでるうちに味が出てくるの。不思議とね。」
洋平はもう一枚手に取り、また噛んだ。
顎を動かしながら、何かを考えているようだ。
「たしかに。骨なのに旨味があるな。しょっぱくて、でも苦くない。」
「骨ってね、本来は捨てられるはずの部分。でも江戸の人達はそれも工夫して食べたの。もったいないっていう気持ちもあるけど、たぶん噛まなきゃ気づけない味があるって知ってたんじゃないかな?」
洋平は静かに頷いた。
京花の言葉が、どこか自分に言われているように感じたのだろう。
「ねぇ、ようちゃん。」
「ん?」
「何かを噛みしめるってさ、飲み込むまで時間がかかるから、途中でいろんな味に気づくんだよね。最初は苦いかもしれない。でも、それをちゃんと最後まで噛んだ人にだけ残る味ってあると思うの。」
洋平はしばらく黙っていたが、小さく笑った。
「生徒達も、そんな感じかもな。」
「そうだね。簡単には飲み込めないこと、いっぱいあるよね。」
「でも、あいつらはちゃんと噛んでる。言葉も、感情も、現実も全部、自分で味わおうとしてる。」
その言葉を聞いて、京花は少しだけ目を細めた。
「ようちゃんも、ちゃんと噛めてるよ。」
洋平は照れくさそうに視線をそらした。
―――
京花は一人、録音ブースにこもった。
マイクの前に座り、目の前の小皿に残った数枚の骨チップスを見つめる。
「噛むって、すごい行為だと思う。ただ味わうんじゃない、闘ってるみたい。拒絶したくなるほどの固さや苦さを受け止めて、それでも自分の中に入れる。そうやって、やっとわかる味がある。人生も、東京も、きっと、そういう味なんだろうな。」
京花は、ひとつチップスを口に入れた。
バキッ。
その音が録音された部屋に優しく響いた。
「TikTokのコメント欄、今日やばかったっすよ?」
スタジオの一角で桐谷颯がスマホを片手に言った。
「『#高岩先生ありがとう』ってタグ、めちゃくちゃ伸びてて。正直、うちのチャンネルよりバズってる(笑)」
村上千紘が苦笑しながら、台本に赤字を入れる。
「まあ当事者の奥さんが、こうして東京の骨を語ってるんだから、無関係じゃいられないでしょ。」
「ごめんね。」
京花がそっと言うと、水島拓真がイヤホンを外した。
「いや、謝ることじゃないっしょ。むしろ俺達は、ちゃんと骨のある音を録るだけだから。」
その言葉に、京花は思わず目を伏せた。
水島は続けた。
「このチップス、咀嚼音がすごくてさ。最初はノイズかと思ったけど…今は、あの子達の声みたいに響くよ。」
千紘も小さく頷く。
「『骨がある』って、ああいうことなんだろうね。折れない、噛みごたえがある、簡単に飲み込ませない。今のあの状況そのものじゃない?」
桐谷がスマホを閉じて、真顔で言った。
「俺、あの人(高岩)に会ったことないけど…。なんか、骨チップスみたいな人っすよね。しょっぱくて、痛くて、でも後を引く。」
「なんでそう食レポ調なの?」
京花が笑うと、空気が少し和らいだ。
そのとき届いたメールの通知。
差出人:小野寺しずく
> 「京花さん、こんにちは。高岩先生のニュース、私、見ました。なんか、胸が苦しくなって。でも私、東京ってやっぱりすごいって思いました。だってあんなふうに自分の先生のために動ける高校生がいるんだもん。今日の放送、楽しみにしてます!」
その文面に、スタッフたちは一瞬、言葉を失った。
「背中押されてるの、私達の方だね。」
京花はそう呟いた。
―――
その夜。
収録を終えた京花は、帰宅後にポストを開けた。
中には、小さな封筒が一つ。
差出人は、荒巻善之介。
引退した元料理人のリスナーだ。
中には一筆箋と、昆布と山椒の佃煮の小瓶。
> 「骨を大事にする味が、まだ東京にある。人も同じ。簡単に捨てるなよって味だった。ありがとう。」
京花は封筒を両手でそっと握りしめた。
この商品は、ただの珍味ではない。
この味に心を重ねてくれた人が、今日も確かにいる。
「だから、伝えよう。骨の味を。東京の味として!」
その想いが、今の彼女の背中を支えていた。
「今日はリスナーさんから、たくさんのお便りをいただいています。」
千紘の言葉に頷きながら、京花はスタジオのマイク前に座った。
ポッドキャスト『味で語ろう』、本収録。
テーマはもちろん、うなぎの骨チップス。
しかし、今日の放送はいつもと違う熱気を帯びていた。
京花が最初に読み上げたのは、しずくからの2通目の便りだった。
「京花さん、こんばんは。骨チップスの話、とっても楽しみです。実は私の祖父が昔、よく骨せんべいを作ってくれてました。それをかじりながら、人生で大事なことをいっぱい話してくれたんです。最近、そのことをすっかり忘れてたのに、京花さんの話を聞いて、急に思い出しました。強い味って、記憶のどこかに、必ず残ってるんですね。それと、高岩先生のこと、私も応援してます。骨がある人って、やっぱり素敵です。」
「ありがとう、しずくちゃん。」
京花はマイクに向かって、静かに答えた。
「たぶん強い味って、時に痛みみたいなもの。でも、だからこそ残る。忘れない。だから、骨って言葉に惹かれるんでしょうね。」
次に読まれたのは、森野梢、
「正直、私は骨なんて食べ物じゃないって思ってました。でも、今のこの時代に骨のある味をちゃんと伝えてくれる京花さんがいて救われた気がします。骨がある=残酷なほど正直。でも、噛んでいくと、ちゃんと深くなる。私、仕事のことで落ち込んでたけど、この放送聴いて少し強くなれた気がしました。あと、高岩先生の件も私は信じたいです。真っすぐな味を教えてくれる人を、ちゃんと守れる社会であってほしいから。」
「ありがとう、嬉しいです。」
京花は思わず、胸の奥を手で押さえるように言った。
「私、食べ物って優しいだけじゃなくていいと思ってます。時に刺さる、時に苦い。でも、それが本当に生きてる味なんだって思うんです。」
―――
その日の夜、SNSで話題になっていたのは向坂るいが出演したラジオ番組だった。
「今日どうしても伝えたいことがあって。最近、ある先生のニュースが流れてて。高校の生徒達が、その先生のために声をあげてるっていう話。あれ、本当にすごいですよね。ああいう人がいるから、子ども達がまっすぐ育つんだなって思いました。私は骨のある人って格好いいと思うし、そういう人をちゃんと応援できる空気って、もっともっと広がってほしいと思っています。」
名前を出し、はっきりとした口調で語ったるいの発言は、SNSで大きな反響を呼び、署名サイトのアクセス数と賛同数は一気に伸びた。
千紘はそれを見て呟いた。
「ふーん。あの人なりのやり方なのかね?遠回しじゃなく、今回はちゃんと正面から言った。あれは話題に乗ったんじゃない。彼らの記憶を支えたってことよね?」
京花はスマホの画面を見つめ、静かに口を開いた。
「るいさん、ありがとう。名前を出してくれたことも。あの子たちが必死で声をあげてるのを、ちゃんと届く場所に届けてくれて、本当に感謝してる。」
その声はマイクには乗らなかった。
しかし、温かく京花の心に響いた。
そのあとも続々と届く声。
「うなぎの骨チップス、父がよく噛んでました。今は亡き父の姿を思い出しました。」
「固くて、歯が痛くなるけど、なぜか止まらない。これが東京の粋なのかもしれません。」
「骨がある人が、笑われるような時代じゃないといいなって思います。高岩先生、負けないでください。」
その一通一通に、京花は丁寧に返すように語った。
「東京って、ほんとは骨だらけの街なんです。いろんな人生の残りが、こうしてまだそこにある。それを美味しいって言える心が、私はすごく好きです。」
収録が終わった後。
水島拓真はヘッドホンを外しながら、言った。
「骨って、折れない限り、ずっとそこにあるもんなんだよな?」
桐谷颯が珍しく真顔で頷く。
「折れたら痛いし、厄介だけど、噛んで、残ったら、それってたぶん強さってやつなんすかね?」
村上千紘が静かにメモを取りながら、ふと呟いた。
「誰かを思い出させる味って、やっぱり本物だよね。そういうのが東京の名物になれるって、なんか希望あるね。」
京花は、マイクを見つめたまま、頷いた。
―――
次の日の午後。
定食屋「ありがとう」の暖簾をくぐったのは、京花とスタッフ3人、水島、千紘、そして颯。
「こんにちは、これ差し入れです。」
京花が手渡したのは、小さな紙袋。
中には例のうなぎの骨チップス。
カウンターの奥から現れた店主の南條晃が、袋を開けて眉を上げた。
「骨、か?」
「はい、東京・深川の味なんです。あの、骨の味がするって言ったらおかしいかもですが(笑)」
京花の言葉に南條は小さく頷いた。
「骨は残るもんだ。ちゃんと噛んだやつにだけ、味がわかる。」
そのとき奥の座敷にいた数人の高校生たちが、こちらに気づいた。
「あっ!」
駒沢幸と、3年2組の生徒たち、鈴木寛人、藤田怜奈、久保美優らが立ち上がる。
「えええ???京花さん?」
「うわ、本物だ!めっちゃ綺麗〜!!」
京花も驚いて目を見開いた。
「え、あの、皆さん。ここで集まってたの? 初めまして京花です。いつもうちの亭主がお世話になっております。」
「うおおお〜、マジで奥さんだったんや!」
駒沢が一歩前に出て、会釈した。
「こんにちは。初めまして副担任の駒沢と申します。ここ、うちのクラスの子達が署名活動の拠点にしてまして。」
千紘が頷き、続けた。
「ニュースで見てました。すごい行動力と勇気だと思います!」
水島も静かに言った。
「僕達、録音とか編集の仕事してるんだけど、こういう声を届けるのが、本当の仕事かもしれないと思ってる。」
「なんか、それって、すごく励みになります!」
藤田怜奈が小さく微笑んだ。
京花は、そっと切り出した。
「よかったら今日のポッドキャスト。ここから配信してもいいかな? みんなの声を、東京の味と一緒に届けたいの。」
駒沢は一瞬だけ迷ったあと、ゆっくりと頷いた。
「ええ。私達も声にして伝えたいと思ってたんです。ありがとうございます。」
その日の収録は、異例の形で始まった。
「こんばんは、京花です。東京リアルグルメを、記憶と言葉で紡ぐポッドキャスト『味で語ろう』。今日のテーマも引き続き、うなぎの骨チップスの話題をお送り致します。」
「このポッドキャストでは、毎回ひとつずつ、東京のあちこちにある素敵な味を、名物と呼びながら紹介しています。リスナーのみなさんの記憶や体験も、立派な名物の一部です。」
マイクの前に座ったのは、制服姿の生徒たち。
「固かったです。味も、現実も。でも、噛みしめたら、そこにはちゃんと自分が残ってました。あれ?これで合ってますか?京花さん節(笑)」
制服姿の生徒がマイクに向かってそう語ったとき、京花は胸の奥をぎゅっと掴まれた。
バキッ、とチップスを噛む音がマイクに響く。
それは咀嚼音ではなく、折れずに立つ意思の音に聞こえた。
骨は残る。
折れない限り、そこにあり続ける。
京花の目尻に、静かに涙がにじんでいた。
「骨のある人って、叩かれたり、誤解されたりもするけど、でも、それでもぶれなかった高岩先生の背中は、私達の支えです。」
「このチップスみたいに、簡単に飲み込めない。だけど、忘れられない。それが本物なんだって、今ならわかります。」
千紘は思わずメモをとり、水島はマイクの調整をしながらそっと頷いていた。
桐谷颯は涙をこらえながらも、撮影機材を構えていた。
京花は最後に力強く語った。
「なので、ぜひ教えてください。あなたの知ってる東京の味、覚えている東京のお土産、そして、忘れられそうな味も。私たちと一緒に、東京の味を残していけたら嬉しいです。」
その直後、マイクの向こうから藤田が小さく言った。
「よかったら、今、署名に協力してもらえると嬉しいです。誰かの骨を折らせないために。きっと忘れられない味になります。」
「今日の東京リアルグルメは、うなぎの骨でした。さて、次はどんな味に、会えるでしょうか。おたのしみに。」
収録が終わった後。
「ありがとう」の店内は、どこか柔らかい静けさに包まれていた。
南條が骨チップスを一枚つまみ、噛んだ。
バキッ。
「ちゃんと、噛めば旨いな。」
「骨のある味って、やっぱり強いなぁ。」
駒沢が呟いた。
京花が頷いた。
「でも、そういう味が、私は好きです。」
一瞬の沈黙の後、京花が立ち上がり、大きな声で叫んだ。
「よーし、今日は私の奢り〜! 腹ごしらえしてね〜!」
「マジすか!?」
「やったー!」
生徒たちが歓声をあげ、一斉にメニューに群がる。
「俺、唐揚げ定食!」
「私はカツ丼!」
「味噌カツもあるよ~!」
千紘が苦笑しながらメモをとり、水島は静かに湯呑みを口に運ぶ。
颯は「映えるなぁ~この雰囲気」とスマホを構えた。
注文が一段落すると、京花と駒沢はビールの中瓶を開け、静かにグラスを合わせた。
「おつかれさまです。駒沢先生。」
京花さんもおつかれさまです。」
トン、とグラスが重なる音がした。
「私たちって歳、近いですよね?なんか、もうちょっと早く出会ってたら、戦友になれてたかもしれませんね。」
「これからでも、なれますよ。」
目と目が合って、笑みがこぼれた。
骨のある味が、出会いをつなぎ、心を打ち、未来へと続く力になっていく。
東京の片隅で、骨という名の味が、確かに届いた日だった。
―――
数日後、ワイドショーのスタジオにその話題は持ち込まれた。
司会者が笑顔で切り出す。
「さて続いては、ポッドキャストから火がついた東京の味の物語です。先日、高校生達の署名活動と共に取り上げられた『うなぎの骨チップス』。その収録の様子が、ネットで大きな話題になっています!」
大画面に、京花と生徒達が一緒に骨チップスをかじりながら語り合う映像が映し出される。
観覧席からは驚きと感嘆の声があがった。
「いや〜すごいですね。食べ物と社会問題がこうして繋がるなんて!」
と司会者が語りかけると、隣のコメンテーター席に座っていた日向るいが口を開いた。
「私、実際に京花さんの番組を聴きました。噛む音ひとつに、こんなにメッセージが宿るんだって驚きましたね。あの高校生達が噛みしめている現実も、ちゃんと一緒に届いていたと思います。」
司会者が頷きながら切り込む。
「なるほど、確かに番組の力はすごい。ただ一方で、京花さんのご主人・高岩先生は現在、自宅謹慎中と報じられています。京花さん、家庭と社会、二つの重圧を背負うお気持ちは?」
スタジオの空気が張りつめる。
カメラが京花を映し出すと、彼女は深呼吸してから静かに答えた。
「夫は、不器用な人なんです。でも、生徒を守りたいという思いは誰よりも強い。だから私は信じています。骨チップスのように、最初は硬くても、噛みしめれば必ず伝わる味があるんだって。」
会場から自然と拍手が湧き起こる。
司会者が「なるほど…骨のある言葉ですね」と微笑むと、日向るいも頷いて言った。
「骨って、折れたら痛い。でも残るからこそ人を支える。京花さんの言葉は、まさにそういう力を持っていると思います。」
司会者は少し間を置いてから、改めて京花に体を向けた。
「ただね、京花さん。ここまで見事に言葉の力を語ってくれたけど、視聴者の多くはやっぱりタレント京花としてのあなたを見たいんですよ。正直に言うと実績より、ここ最近は先生の奥さんという立場のほうが注目されている。それはどう思ってますか?」
一瞬、スタジオがしんと静まった。京花は笑顔を崩さずに、しかしはっきりと答えた。
「それでも、私は言葉で生きていきたいんです。高岩の妻であることも、母になろうとしていることも、すべては私が届ける言葉に重みを与える一部になると思っています。」
「母に?」
司会者がすかさず食いついた。
ざわめく観覧席、息を呑むコメンテーター。
隣の日向るいが小さく目を見開き、「それって…」と声を漏らした。
京花は、まるで覚悟を決めたようにマイクを握り直し、穏やかな声で言った。
「はい。新しい命を授かりました。だからこそ、命や未来について話す責任があるんだと思います。」
スタジオの空気が一変した。
拍手が広がり、画面越しの視聴者まで息をのむ。司会者は言葉を失い、ただ頷くしかなかった。
スタジオにいた全員が立ち上がり、自然と拍手が広がった。
テレビの画面越しに、無数の視聴者が固唾を呑んで見守っている。
そして番組は、感動の空気を残したまま、静かにエンディングを迎えた。




