【第8話】鋼の壁、前線に立つ者
どうも、ロイです。
最近の心境をひとことで言えば、「そろそろ限界が見えてきた」といったところでしょうか。
爆炎を振り回す少女に日々振り回され、
神憑きの無表情から無言の圧を受け続け、
理屈と毒舌が詰め込まれた機械少女に言い負かされ、
そして今度は――筋肉と根性でできたような“壁役”が来るらしい、とのことです。
後方支援で穏やかに過ごす未来? そんなものは最初から幻想だったのかもしれません。
どんどん増える強烈な個性に囲まれ、僕の立ち位置は日を追うごとに曖昧になっていきます。
……えっと、これ、ほんとに僕が主人公で合ってましたっけ?
──それは、間違いなく“限界”だった。
山間部の外れ、岩場の斜面で発見された魔物の巣。その討伐依頼を請けて、ロイたちは五日ぶりの野外任務に出ていた。 依頼主は小さな村の自警団で、内容は「野犬程度だろう」と軽んじられていたが、実際には《双牙トロール》という凶悪な魔物が棲みついていた。 あの時、撤退の選択肢もあった。だが──ロイは、逃げなかった。
トロールの巨躯が、雷のような一撃で地面を穿つ。 斜面が揺れ、岩が砕け、砂塵が舞った。
「ノア、左の崖下……崩れるぞ!」 「知ってるわよ、落ちるほどバカじゃない! って、ちょ、レア、今撃つの!?」 「ご、ごめんっ、でも間に合わないっ!」
爆裂の魔炎が、巨体をかすめて爆ぜる。 熱風が迸り、トロールの毛皮に焼け焦げが生まれるも──止まらない。 むしろ、興奮したように口角を釣り上げ、ずしりと一歩を踏み出した。
この斜面は狭い。 戦線は横一列に展開できず、二列目も構築できない。 火力を通すには、どうしても距離とタイミングが必要だった。
だが敵は、そこを正確に突いてくる。
「くそ……限界が早い。いや、支援が間に合ってない」
ロイの手が光る。《支援術式群》の再展開。 感覚は、すでに限界を超えている。視野の端がちらつき、各員のステータスモニターが歪む。
レア:MP残量18%。精神集中率が40%以下で不安定。発動遅延、加速中。
ノア:制御魔力消費率122%。足場維持優先で攻撃支援不可。
ユナ:沈黙継続。神格アクセス反応、微弱。支援対象認識不能。
「ロイさんっ、やばいっ、あたし、炎がまとまらないっ……!」
レアの手が震えていた。彼女は魔炎系の才能を持つが、暴発しやすく繊細な制御を要する。 ノアの補助も、地形と風圧に阻まれて成功率が著しく落ちていた。
「もう、私が前に出るしか……っ!」
「ノア、下がれ。君は打たれ強くない」 「けど、ロイさんだって──」
言いかけた瞬間、トロールの大斧が振り下ろされた。 防御も回避も間に合わない。
その一撃を──ロイは、見るしかできなかった。
だが。
斧が届くよりも早く、“何か”が落ちてきた。
空気を断ち、重力のうねりそのもののように。 それは一直線に降下し、トロールの顎を砕いた。
「……邪魔だ」
響いたのは、地を這うような低音の声。
銀の鎧。濃紺の戦衣。塔のような盾。 剛腕に握られた盾の角が、まるで戦槌のように輝いていた。
トロールが仰け反る。 二撃目。今度は肩口に。 三撃目。脚をへし折る。
そして四度目の一撃で、トロールの巨体は斜面を転がり、沈黙した。
「……な、に?」
誰もが理解できなかった。 だが、目の前には“いた”。
巨躯の魔物を、正面から叩き伏せたその少女──
肩に塔盾を担ぎ、堂々とこちらに向き直る。
「戦列、崩してんじゃねえよ。後方が回らなくなるだろが」
言葉は粗野だが、響きには“正しさ”があった。
「おい、おっさん。指揮官か?」 「……ああ、ロイ・グランベルクだ。お前は……?」
少女は盾を肩に担ぎ、あごで崖下を指した。
「アデル=ヴァルト。流れの前衛。ついでに村のジジイに『崖の上の子』って呼ばれてる。 今の見てわかったろ? 後衛だけで突っ込むから、危ねえんだよ」
「……助かったよ。礼はあとで」 「別にいらねーよ。けど、続きやんだろ? トロール、まだいんだわ」
確かに、奥からもう一体、牙を鳴らして現れた。 ロイは、深く息を吸った。
「──アデル」 「ん?」 「前に出てくれ。君が“壁”だ」 「任せとけ。守るのは得意なんだよ、昔っからな」
少女は、剣を振った。
そして、戦いは再開された。
今度は、崩れなかった。 盾が斧を弾き、火球が正確に命中し、補助機巧が斜面を維持した。 ユナが一歩、ロイの傍に寄った。
「……彼女、強いですね」 「ああ。理屈抜きで、頼れる壁だ」
ロイは、スキルを再構築する。
戦術支援、再展開。
前衛:アデル。中距離:レア・ノア。後衛:ロイ・ユナ。
……初めて、すべてが揃った。
崖の下、戦いの火が、揺れていた。
◆
「よぉ、こっちの人間か? 助かったぜ。通りすがりに見ちまってな、つい身体が動いちまった」
任務終了後、ロイたちは斃れた魔物の前で、アデルに話を聞いていた。
年齢は十六歳。高身長で、引き締まった筋肉と鋭い目を持つ、美形と言っていい少女だった。ただしその第一印象を、容赦なくぶち壊すような豪快な言動をする。
「盾で殴ってる人、初めて見ました……」
控えめなレアのつぶやきに、アデルは胸を張った。
「あぁん? 盾は殴るためにあるんだろ? 違うのか?」
「間違ってます!」
即座にノアが突っ込みを入れた。
「というかそのスキル、《鋼打の魂》って、確かダメージを“質量”に変えて蓄積するって……え、どういう原理? それってどういう仕組みなんですか? ってか説明書は?」
「細けぇこたぁいいんだよ!」
「よくありません!」
「おい、ロイさん……私たち、また変な人拾いましたよ……」
「……俺に言われても困るが、たぶん、君も似たようなカテゴリだよ、ノア」
ロイはその場の空気と、アデルの言葉を黙って観察していた。
彼女のスキルは実際、前衛盾職として破格だった。敵の攻撃を引き受け、それを質量として蓄積し、威力に転換して叩き返す。
被弾前提の戦い方だ。無謀に見えるが、彼女の動きには経験と覚悟があった。
「……タンクの理想像、みたいな子だな」
ロイが小さく呟くと、アデルが反応した。
「なんだ? 誉めてんのか? それとも“壁役”って笑ってんのか?」
「いや。支援術士として、ただ事実を述べただけさ。君のやり方には、筋が通ってる」
ロイが微笑を浮かべると、アデルは少しだけ照れたように視線を外した。
「……そっか。なら、いい。あたし、使ってくれて構わねぇぞ?」
「使う、じゃなくて。……一緒に戦ってくれ、アデル。今の俺たちには、君の盾が必要だ」
「できれば、正式に加入してほしい。君の力を、一時じゃなく“仲間”として迎えたい」 ロイの声には、珍しく熱がこもっていた。 「無理にとは言わない。だが……俺たちには、まだ守り切れない場面がある。そこを君に、託したい」
ロイの差し出した手を、アデルは迷いなく取った。
その手は、熱くて、強くて、まっすぐだった。
◆
その日の夜。
ギルドに戻ったロイたちは、アデルの仮加入を報告し、簡単な宿を確保した。
「ふん、久々に風呂がある場所で寝れるとはな。助かるぜ。感謝しとく」
アデルが豪快に笑い、荷物を放り投げる。その装備の中には、複数の予備盾があった。
「おいおい……こんなに盾ばっか持って、何がしたいんだ?」
「お前、殴った盾は歪むだろ? 予備は必要なんだよ」
「……なにそのパワーワード……」
ノアが頭を抱える。その横で、レアは静かに笑っていた。
「なんか、にぎやかになってきましたね」
「……ええ。ちょっと……いいですね、こういうの」
ユナは窓の外を見ながら、そうつぶやいた。
ロイは、小さく息を吐き、明かりを落とした。
静かな夜が、少しだけ、暖かく感じられた。
――次回予告――
「動く盾と、燃える決意」
あたしの名前はアデル=ヴァルト!
拳で前を切り拓く、鋼の壁役ってやつさ。
で、次回? あたしの出番だろ、どうせ!
炎ぶちまける子!全開で来い!受け止めてやる!
無表情の子!反応なくてもいい!その分、あたしが動くから!
機械だらけの子!理屈も理論も全部まとめてぶっ飛ばそうぜ!
ロイ!あんたが隊の後ろに立つなら、あたしが前を張る。そんだけの話さ!
……って言ってるけど、実は全員と今日が初対面。まあ、細けぇことは気にすんな。
前衛ってのはな、まず一発かますもんなんだよ!
次回、「動く盾と、燃える決意」!
派手にやるから、覚悟しときなっ!