【第7話】合理と直感と、唐突な感情
レア、です。……名前くらい覚えてくれてますよね?
今回はなんか……機械で武装した理屈の塊みたいな子が来たんですけど、開口一番「燃費が悪い」とか言われて、は?って感じ。
あのね、感情で動くことの何が悪いんですか? 理屈だけでうまくいくなら、こんなに苦労してないっての。
……まあ、私も感情的になったのは認めますけど。でもあれはあっちが先だから。……たぶん。
べ、別に張り合おうとか思ってたわけじゃないし。ただ、ちょっとだけ、ムカついただけ。ほんのちょっとです。
──辺境都市オルドリフ、西側防壁近くの実験区域。
規格外の騒音が響いた。
「ばっかじゃないの!? これ、部品の選定から設計ミスってるわよ! 自爆装置でも起動したつもり!?」
赤茶色の髪を爆発させた少女が、砂埃のなかで叫んでいた。
──ノア・レインヴァルト、十四歳。
機巧制御スキル《統制機巧》を持つ“技術型魔術士”。
そのスキルは理論上、戦闘支援から兵装制御まで応用可能とされながら、扱いづらさと理解されなさで、元いたパーティを追放された少女。
現在、試作の遠隔支援機のテスト中である。
「……暴発は、起きたけど、制御不能とは言ってないでしょ……!」
「それを世間じゃ“暴発”って言うのよ!!」
怒鳴り合いながらも、ノアの指は器用に魔導デバイスの調整を行い、同時に背中の収納ユニットから次々と工具を取り出していた。
その手際は、素人目にも明らかに“異常”な速度だった。
「ふむ。意外と器用だな」
感心したように呟くロイの声が、後方から響いた。
「なによ、“意外と”って! 見ててわかるでしょ、これスキルの精度高いのよ!」
「いや、君の技術力の話じゃなくて。性格がここまで攻撃的だとは思ってなかっただけだ」
「性格じゃないし! 言いたいこと言ってるだけ!」
「……それを“攻撃的”って言うんだよ」
やれやれと肩をすくめつつも、ロイは笑っていた。
この少女──ノアは、やかましくて論理的で、だが妙に真っ直ぐだった。
彼女と出会ったのは、三日前のこと。
*
雨上がりの山道を、ロイは単身で歩いていた。
街道沿いの集落で、“魔導残骸の持ち逃げ未遂”があったという報告を受けての確認任務。
その現場近くで、彼は──倒れている少女を見つけた。
泥まみれの外套に、散らばる魔導部品と工具。
足元は裸足で、靴は片方だけ。明らかに、“追われた”痕跡があった。
──だが彼女は、倒れても、片手で魔導ユニットを抱えていた。
それだけで、ロイには充分だった。
「保護対象一名確認、補助搬送陣展開。──よし、行くぞ」
「……ちょっ、いきなり何……!」
少女が目を覚ました時には、すでにロイの肩に担がれ、帰路の途中だった。
「何って、救助だが?」
「こっちはまだ何も──!」
「生死の確認より先に、同意を取れというのか?」
「ぐっ……!」
そんなやりとりから始まったふたりの関係は、当然ながら最初から険悪だった。
「で、名前は?」
「ノア・レインヴァルトよ!」
「ほう。随分と主張が強いな」
「自己紹介ってそういうもんでしょ! ていうか、あんた誰よ!」
「ロイ・グランベルク。支援術士。現在、君の保護者だ」
「勝手に保護者面すんなああああ!!」
*
──そして現在。
怒鳴りながらも、ノアはギルドの訓練区域を借りて、次々と実験を続けていた。
本人曰く、「失敗してもデータになる」。どうやら彼女は“失敗を許容する勇気”を持っていた。
「ところで」
ロイが言う。
「君、前のパーティでの追放理由……“実戦で使いづらいから”って、どういうことだったんだ?」
「……ああ、それね」
ノアは肩をすくめた。
「うちのスキル、調整と統制はできるけど、最初に“設計と構成”をきちんと組まないとダメなのよ。つまり、即興には向かない」
「つまり、事前準備が必要と」
「そ。だから、“アドリブ効かない”って言われた」
「なるほど。だが、それは“運用の問題”だ」
ロイの声は静かだった。
「事前に準備できる戦術を組む。状況に合わせて再構成する時間を作る。君のようなタイプは、時間を“買ってやる”のが支援の役目だ」
ノアは、一瞬ぽかんとした顔をした。
「……それ、前の隊長にも言ってほしかったわね」
「言ったら、君は俺の部下になってたかもな」
「だれがなるか!」
だが──その口調には、少しだけ、柔らかさが混じっていた。
*
その日の夜。
ギルド寮に戻ったノアは、廊下でレアとすれ違った。
「……あんたが、新しい子?」
「うん。レア・フィルシュタイン」
「……ふーん。陰キャって感じ」
「うるさい。うるさい……」
「自己申告かよ」
「そっちは、明るい……ようで、刺がある」
「ありがと。褒めてないけど」
初対面とは思えない会話だった。
だがロイは、それを後ろで聞きながら、少しだけ安堵していた。
(……まあ、こういう相性もあるか)
人は、簡単には変わらない。
だが、理解されることで、自分を“出してもいい”と思える瞬間が生まれる。
──そして、チームになる。
それが、ロイ・グランベルクの目指す支援だった。
この地味で冴えない中年男が、未来を変えるなどとは、まだ誰も知らない。
だが、確実に“灯り”は増えていた。
──静かに、強く。
それぞれの理由で“居場所”を追われた少女たちとともに。
物語は、少しずつ前へと進んでいく。
――次回予告――
「鋼の壁、前線に立つ者」
前衛不足? ならば筋肉で解決だ。
という安直な発想のもと、作者は“それっぽい人”を登場させることにしました。
結果として、あまりに壁すぎて会話のキャッチボールが成立しません。
そしてロイはまた振り回されます。いつものことです。