【第6話】その少女、機巧を操る
翌朝、曇り空のもと、ロイ・グランベルクは山道の斜面にしゃがみ込んでいた。
支援術式の淡い光が、岩の影に潜む“何か”を照らし出している。
「……おい、聞こえてるなら反応しろ。こっちは敵じゃない」
しばし沈黙ののち、ぎぎ、ときしむような音とともに岩陰からひとりの少女が姿を現した。
黒いフード付きコート、肩から斜めに背負った大型の工具箱。脚には保護具のような金属パーツが巻かれている。
「……だれ、おっさん」
目つきの鋭い少女だった。栗色の髪を二つに束ね、目の下に薄い隈のような影。疲れているのか、元からそういう顔つきなのか判然としない。
「俺はロイ。ギルドの支援職だ。補給任務の帰り道、倒れてるお前を見つけた」
「ふーん……ギルド、ね。どーせまた追い返されるってオチじゃないの」
少女はつま先で石を蹴り、あからさまな不信の視線を送る。
「名前は?」
「……ノア。ノア・レインヴァルト」
ロイは軽く息をつき、支援端末を操作して検索をかける。
「《統制機巧コマンド・オート》の使い手……ああ、君か。王都ギルドの機巧班に所属してたが、“協調性の欠如”で登録抹消──ってやつか」
「……悪かったわね」
ノアが腕を組み、露骨に不機嫌な顔をする。
「協調性ないのは本当よ。けど、それで“スキルごと不採用”ってのは違うでしょ」
「同感だ」
即答に、ノアの目がわずかに見開かれる。
「“機巧制御系”は癖が強い。単体で完結してるスキルだし、そもそも他の術士とは連携しづらい」
「だから“変人向け”って言いたいんでしょ」
「いや、個人技としては優秀すぎる。部品整備、魔導具の修復、トラップ解除、戦闘補助もいける。運用次第でどんな戦場にも対応できる。なのに切り捨てるとは、ずいぶん余裕のある連中だったらしいな」
「……おっさん、変わってる」
「よく言われる」
ロイが肩をすくめると、ノアは鼻で笑い、ようやく力を抜いた。
「で、あんた。私をどうするつもり?」
「連れて帰る。寝床と飯くらいは用意できる」
「へぇ。下心は?」
「あるとも。“使える奴”を、なるべく早く動ける状態に戻したい」
「……わりと正直だね」
ノアは工具箱を担ぎ直し、くい、と顎を上げた。
「なら行く。あんたの“使い道”とやら、見せてみなさいよ」
*
オルドリフ第二支部ギルド──ロイの部屋。
ロイとレアが夕食の支度をしていると、廊下の向こうからぎしりぎしりと重たい音が近づいてきた。
「何か、転がしてる?」
レアが訝しげに呟く。
扉が開き、ノアがずりずりと工具箱と荷物を引きずって入ってきた。
「どうもー。お騒がせします、今日からお世話になりまーす」
「……うるさい」
「自己紹介ってやつでしょ? 礼儀礼儀」
ノアはロイのベッドの隅に荷物を置き、勝手に座る。
「ってか、ベッド二つしかないじゃん。三人目だよね、私?」
「当面は雑魚寝になる。部屋割りは後日調整だ」
「ふーん。ま、いいけど」
ノアは棚を見つけ、勝手に中を覗く。
レアがじっと無言で睨んでいるのに気づき、
「なにその目。初対面で“泥棒扱い”とか、治安悪すぎでしょ」
「……うるさい人、苦手」
「ありがと、こっちも陰気なの苦手」
ぴり、と空気が張る。
ロイが淡々と炊飯器の蓋を閉めながら、ぼそりと呟く。
「レア、鍋の火加減よろしく。ノアは──黙って座ってろ」
「はーい、了解でーす」
「……言われる前に動けって意味よ、今の」
レアが火加減を調整しながら、ノアを刺すように睨む。
「怖っ。なんでそんなに敵意向けられてんの、私」
「うるさいから」
レアの即答に、ノアは「はは」と笑って肩をすくめる。
*
その夜。
三人はどうにか鍋を囲み、夕食を終えた。
「──とにかく、ノア。明日から軽く能力テストをする。スキルの実働範囲と制御精度を見せてくれ」
「機械貸してくれる? その辺のジャンクでもいいけど」
「用意する。地下に部品庫がある。あと、そこのレア。君も明日は“支援下での魔炎制御”の初段階テストを行うぞ」
「……はい」
レアがやや緊張した声で答えると、ノアが口を挟む。
「へぇ、“爆滅魔炎”か。あんたが?」
「……そうだけど」
「暴発率高いよね、あれ。何人くらい燃やしたの?」
レアの手が止まる。
「おい、ノア」
ロイの声に、ノアはひょいと肩をすくめて、
「いや、責めてるわけじゃないの。単に“ちゃんと運用できたらすごい”って思っただけ」
言い訳めいたその口ぶりに、レアは何も言わず、ただ椅子から立ち上がった。
ノアの目がわずかに揺れる。
「……あー、やっちゃった?」
「自覚あるなら、まず謝れ」
ロイの冷たい声に、ノアはしぶしぶ立ち上がり、レアに向き直る。
「悪かった。悪気はなかった。ほんとに」
「……気にしてない」
「気にしろよ、逆に」
レアは、ふっと目を伏せて席に戻った。
「──嫌われたかも」
「まあ、最初はみんなそう思う。けど、レアは一度受け入れたら根に持たない」
ロイが湯を注ぎながら言うと、ノアは小さく笑った。
「……なんか、変な居心地のよさ、あるな。ここ」
「慣れたら出られなくなるぞ。覚悟しとけ」
「それ、脅しか慰めかどっち?」
「両方だ」
*
翌朝。
ギルドの簡易訓練室にて。
ノアは支援式投影された試験装置に向かい、小型の魔導機を素手で分解していた。
「《統制機巧・局所制御》展開──モーター部、稼働テスト。圧縮機はバイパス回路経由で。はい、点火──」
ばち、と火花が散り、装置が動作する。
「……動いた。正常」
見守っていたロイが、小さく頷いた。
「手先の精密さ、スキルの浸透範囲、全体制御速度──かなり高水準だ。問題は……」
「口の悪さ?」
「自覚あるなら、制御もできるな」
「そうとは限らないって、前のギルドが証明済みだし?」
ロイは頭をかく。
「まあ……うちでは“壊れかけの奴しかいない”から、むしろ馴染むかもな」
「わー、安心できるようなできないような」
ノアは笑い、軽く拳を振る。
「んじゃ、今日から正式加入ってことで?」
「“仮採用”だ」
「ちぇ。まあいいや」
彼女は部品を箱に詰め、ロイの方をちらと見る。
「けどさ、あんた。ほんとに、こんな子たちばっかり集めてどうするつもりなわけ?」
「“戦場に出す”んじゃない。“生きて還らせる”のが俺の役目だ」
「……なるほどね」
その言葉に、ノアは何かを思い出したように微笑み、
「じゃ、せいぜい頑張ってよね、リーダーさん」
「俺はリーダーじゃない。“支援術士”だ。主役はお前らだ」
「はいはい。じゃ、主役の休憩時間ってことで」
そう言って、ノアは訓練室の隅に寝転がった。
ロイは肩をすくめつつ、支援端末に記録を残す。
──ノア・レインヴァルト、仮採用処理完了。スキル特性:機巧制御型。高精度・高応用性・対集団補助向け。課題:協調性・口撃性・対人態度。
(……まあ、“問題児”としては合格だ)
ロイは小さく息をつき、訓練室をあとにした。
*
その日の夕刻。
三人がテーブルを囲む頃には、ささやかな日常が戻っていた。
「レア、また米炊いてくれた?」
「うん。ノアが勝手に研いじゃったから、もう一回だけど」
「えっ、だって“研ぐ”って言うから……やりすぎ?」
「五回もやったら、溶ける」
「まじか……米、繊細」
ロイが黙ってスープをよそい、パンを切る。
「食えるだけマシだ。明日はまた天候悪化の予報だし、買い出しは今日中に済ませておく」
「じゃあ、私行ってくる。ここの土地勘覚えたいし」
「レアも連れてけ。妙な噂が出てるらしい。子どもが消えたとか」
「物騒だなあ」
ノアは肩をすくめて、工具箱を背負った。
そして、ふと思いついたように言った。
「──あんたさ、“ロイさん”って、ほんとに普通のおっさん?」
「どこをどう見てもそうだろう」
「……ま、いっか。面白そうだし」
ノアは笑い、玄関の扉をくぐった。
その背を見送りながら、ロイはぽつりと呟いた。
「“面白い”か……妙な子ばかり拾ってきちまったな」
けれど、その声に呆れはなく。
どこか、ほんの少しだけ──楽しげだった。
――次回予告――
「合理と直感と、唐突な感情」
レアとノア、火と機械の正面衝突。
作者としては「そろそろ会話劇がしたいな~」くらいの軽い気持ちだったのですが……気がつけば火花と暴言が飛び交いまして。
どうやら感情の発火点は、予想よりずっと低かったようです。
たぶんロイだけは、心から同情していい。