【第5.5話】日常の片隅で、今日もそれぞれに (人物紹介回)
キャラが3人揃ってきたので、人物紹介回をねじこみました。
物語的には小休止ですが、作中では結構しんどいこと思い出してます。
読者の皆さんは気楽に、登場人物はちょっと真剣──そんな温度差をお楽しみください。
夜の帳が降りるころ、小さな宿舎の灯りは静かに揺れていた。
辺境の地にひっそり建つその木造家屋には、ロイ・グランベルクがいた。くたびれた風貌の中年男。痩せぎすで猫背気味、目元には常に眠たげな影があり、髪も無造作に伸びていた。
だがその見た目に反して、彼はかつて王都で名の知れた支援術士だった。ギルドの戦術顧問を務め、数々のパーティを生還に導いた知恵と眼を持っている。
今では、辺境で少女たちと共に静かな日々を送っていた。
宿舎の片隅、ロイは古びた帳面を開いていた。寝息の重なる静寂の中、彼は今日も「記録」を残す。
──まずは、レア。
レア・フィルシュタイン。十五歳。黒髪ショートに琥珀色の目。
見た目は小柄で痩せていて、年齢よりも幼く見える。常に縮こまるようにして歩き、声は蚊の鳴くような小ささ。
スキル《爆滅魔炎》。その名の通り、爆発的な火炎を一瞬で発生させる高威力魔法だ。だがその制御は困難で、過去の事故をきっかけに「危険人物」とされ、元のパーティから追放された。
ロイの目には、彼女の本質は“危うさ”ではなく“臆病さ”に見えた。誰よりも自分を責め、他人の負担になることを恐れている。
そのくせ、誰かのためなら命を懸けてしまいそうな脆さを持っていた。
この前も、炊事中に少し焦げただけで、ひどく落ち込んでいた。
「ご、ごめんなさい……っ。私、また……」
「大丈夫、大丈夫。鍋ひとつくらい、炭になったって明日は来るさ」
「……そんなの、フォローになってません……」
ぽつりと抗議する声が、いつもよりほんの少しだけ強かった。
──次に、ユナ。
十三歳。白い肌に、銀の長髪。均整の取れた中性的な顔立ち。
感情の起伏が希薄で、まるで神像のような静けさを纏っている。
スキル《空なる御座》。本来は神の器たる依代に宿るべき能力であり、その性質ゆえに人々から“神憑き”と畏れられていた。
彼女は、追放されたというより“避けられた”存在だ。
ユナは喋らないわけではない。必要なことは言葉にする。ただ、そこに喜怒哀楽がほとんど宿っていない。
ある日のこと、ロイが見つけた猫を撫でていると、隣に立ったユナが言った。
「ロイ。なぜ、この生き物は鳴くのですか?」
「……ええと。嬉しいとか、甘えたいとか、そういう気持ちを伝えたくて……かな」
「では、私が鳴かないのは──伝えたいことが、ないからでしょうか」
「……そうじゃない。君は、黙ってても伝えてることがあるさ」
そのとき彼女は、ほんの一瞬だけ、目を細めたように見えた。
気のせいだったかもしれないが──ロイは、信じている。
──そして、最後に自分自身についても記録する。
ロイ・グランベルク。四十二歳。支援術士。
派手な武器もなければ、敵を倒す力もない。
だが、“誰かを守るための道筋”を描く力ならある。
レアが無理をしないように。
ユナが孤独にならないように。
彼女たちが、もう一度前を向けるように。
自分はそのために、ここにいるのだと──そう思っている。
筆を止め、帳面を閉じると、ふと寝室の方から微かな声が聞こえた。
「……ロイさん……鍋……ちゃんと見てたもん……」
「……次は……ちゃんと伝える……」
寝言だった。
ロイは静かに笑った。
この場所でなら、少女たちは変われる。
自分もまた、少しずつ。
明日もきっと、何かが起きるだろう。失敗もあるだろう。
それでも──悪くない。
そんなふうに思える夜だった。
……ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
作者です。タイトルに「世界を変える」と書いておきながら、
5.5話かけて変わったのが鍋の焦げ具合と猫の名前だけという現実に、震えております。
冴えないおっさんと、火を怖がる少女と、無表情な神の器。
そして今回、ようやく彼らの“始まり”を記録しました。
ですが! ようやく! ついに!
次回、新キャラ登場です。
その少女は──
・口が悪い
・荷物が多い
・合理主義で距離感がバグっている
・ついでに、たぶん胃にも精神にも悪い
……ですが、彼女の登場で、物語が動き出します。
次回タイトル:「その少女、機巧を操る」
山の中で拾ったのは、機械と毒舌と孤独を背負った少女。
ロイの静かな日常は、たぶん今日で終わりです。
そして明日からは──
1日1話更新体制、スタート予定です。
……「予定」です。言い切ってません。責任は希望に預けました。
どうかこの地味で焦げた物語を、
これからもゆるっと、ぬるっと、見守っていただければ幸いです。