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【第16話】焚き火の周り、交わる言葉

 ──ほんの少しだけ、手を伸ばしてみたくなる夜がある。

 焚き火の揺らぎは、迷いや緊張を溶かしてくれる。

 燃える音と風が、静かに語らいを生む。

 その儚くも温かな光景が、今夜幕を開けようとしていた。


***


 王都南の森を抜け、野営訓練地へ到着した彼ら。

 斜面を利用したテント設営が次々と進められていった。


 ロイが割り振り板を掲げる。

「この班がテント設営、あっちは炊事班、アデルは火起こし担当だ」


 ユナとルシアはテント班。

 静かに息を合わせ、ポールを組む。


 エミリアとノアは炊事班として場を整備し、水を汲み、薪のすぐそばに集める。


 アデルは単独で金属筒と乾き草を手に、「火の踊り子」宣言。


 間もなく、簡易テントが整い、炊事場も完成。

 空が茜から群青へと染まる頃、彼らは火炉の前に集まっていた。


「──火、いくぞ」


 アデルが金属筒を取り出し、ぱちっと火花を飛ばす。

 その小さな火口が炎へと移り、薪が静かに燃え始める。


「へへ……俺の“火の踊り子”っぷり、どうよ」


 得意げな笑みを浮かべるアデルだったが、その瞬間──


 ルシアは無意識に焚き火から数歩後退。

 姿勢を正しつつも距離を詰めず、その硬直感が“火への苦手意識”を物語っていた。


「……火の踊り子、ですか?」


 彼女の口調は静かで、問いかけるようだったが、距離感がすべてを語っていた。


「いや、正確には“後ろから火球飛んできて、慌てて転がって踊ってるように見えただけ”なんだが」


 アデルが自虐的に笑う。


「私には、その“舞”が“必死の回避”にしか見えませんが……」


 冷静に指摘するルシア。その声には苦味と距離感が混じっていた。


 ユナが静かに寄り添い、毛布をルシアの足元へ。無言の気遣い。


「火が苦手なんですね」


 エミリアの声に、ルシアは視線を落として頷く。


「はい。死霊術は熱を“忌むもの”とします。だから……苦手なのです」


 その告白は薄曇りのようで、でも確かに存在していた。


 アデルは眉をひそめ、柔らかく言った。


「そっか。じゃ、火粉が飛んだらダメだし、“火の踊り子”って呼び名も控えとくわ!」


 ルシアは小さく頷いた。

 少しずつ、“場に居る理由”を見つけようとしているようだった。


「──芋、焼く?」


 アデルが話の続きを引き継ぎ、エミリアが優しい声で応じながら焚き火端に芋を並べる。


 ルシアは一歩距離を置いたまま、微かに眉を緩めてそれを見つめていた。

 炎に照らされるその表情には、“ここに居る”という静かな決意があった。


***


 夜風が吹き抜ける中、焚き火を囲む輪の中で、アデルが小さく笑みを浮かべた。


「んじゃ、焼き芋がいい感じになってきたころだし、ちょっと談笑でも……いいか?」


 ルシアは小さく頷いた。まだ距離はあるが、その意思は確かだ。


 エミリアが声をかける。


「皆、芋とお茶で一息。今日は軽めの訓練だったし、そろそろ自由に話しましょう。ロイがいなくても、ね」


 ノアが静かにカップを傾けながら言った。


「この機会を“組としての親睦”に活用するのは、研究でも推奨される手法です。感情の交差は連携精度にも関わります」


「ふむ……ノアらしい理屈だな」


 アデルが笑って応じると、レアが初めて口を開いた。


「……訓練では、ユナさんの補助で……動きやすかった。助かった、って感じ」


 ユナは軽く頷く。


「それを聞けて、よかったです」


 その静かな交流に、少しずつ空気が柔らかくなっていく。


「ルシアさんはどう? 火のそばでも大丈夫だった?」


 エミリアが問いかけると、ルシアは火の揺らぎを見つめて言葉を探した。


「はい……少し、ずつ、慣れてきていると感じます。皆さんの気配と、距離がある分……安全と感じられるからかもしれません」


「うん、それならいっそ“火の踊り子”でも応援するぞ。衣装は防火加工で頼むな!」


 アデルが冗談めかして言った。


 ルシアは小さく眉を上げて、微笑みともつかない表情を浮かべた。


「……防火加工、ですね」


 その軽やかなやりとりに、レアが少し笑った。


「……えっと……皆、自分の呼び方って、決めてますか?」


 会話がふと、パーティ名の話題に近づいていく。


「パーティ名、か。確か、まだ(火の)名前決めてなかったよな?」


 アデルがそう言って、テーブルの中央に軽く拳をふった。


 ノアが図書室での報告機会を思い出しつつ言った。


「はい。“消え残る火”という名称は提出されましたが、皆で日常的に使っているかは……」


 その問いに、エミリアがそっと笑った。


「うん……まだ“そう呼んで”って照れちゃう感じよね。でも、名前って大事。口に出すことで、自分たちの居場所になると思うの」


 アデルがぽん、と膝を叩いた。


「いいじゃん、それ! 鍋を囲みながら“消え残る火”って言い合うの、ちょっと胸熱くない? 俺、やるぞ!」


 ルシアはほんの少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから視線を火に落とした。


「……“消え残る火”。……呼ぶことに……意味がありますか?」


 その問いは、まるで真珠を噛むように、それでも確かな響きを持っていた。


***


 薪が火口で裂ける音が、鼓動のように辺りに響いた。

 アデルが軽く声を張る。


「よし、じゃあ“消え残る火”って呼び合ってみるか?」


 その提案に、一瞬の静寂が包み込んだ。

 焚き火の輝きだけが、揺らめいている。


 レアが口を開く。


「……消え残る火、ね。わたし、──レアです。消え残る火、よろしく」


 彼女の声は小さく、でも真摯だった。

 輪の中で、名前を口にする重みがひんやりと伝わってきた。


 ユナが続く。


「……ユナです。消え残る火、よろしくお願いします」


 静寂が、また少しだけ解ける。

 暖かい空気が、そこには流れていた。


 次はエミリアだ。


「エミリアです。消え残る火、これからもあなたたちと共に」


 朗らかな声音がしながらも、その目には確かな意志があった。


 ノアがカップを傾け、器の音が静かに響く。


「ノアです。消え残る火──以後、よろしく」


 その時、アデルが胸を張って立ち上がった。


「んじゃ、俺だ! アデル=ヴァルト! 消え残る火、ぜってぇ燃やし尽くすぜ!」


 彼の宣言に、皆が笑んだ。


 最後に、ルシア──副官候補の少女が立ち上がる。

 火の距離を守りながらも、彼女はその名前を声に出した。


「……ルシア=ヴァルシュタインです。消え残る火、どうぞ、よろしくお願いいたします」


 その場に、ひとつの“言葉の輪”が完成した。


 焚き火の炎は、ひときわ明るく揺れた気がした。

 その揺らめきは、単なる炎の慣性ではなかった。


 六人の名前が呼びかけられることで、火は――チームは――そこに“存在する”ことの実感を得ていた。


 ノアが小声で呟く。


「……交流の量子数が、一気に同調しましたね」


 それを聞いたロイ(不在)なら、きっと苦笑しただろう。


***


 焚き火の炎は徐々に小さくなり、残り火がほんのり灯る静けさが包んだ。

 若干の余韻を胸に、彼女たちは静かに席を戻した。


 アデルがぽつりと笑って言う。


「呼び合って……なんか、いいな。響き方が、ちょっと重くてさ」


 エミリアが穏やかに頷く。


「名前は、自分と世界を繋ぐもの。呼ぶことで、認め合えるから──」


 ルシアが近くで小声で答えた。


「……“認められた”気がします。皆さんと、同じ場所にいるような……」


 ユナは静かに、ふわりと頷いた。

 言葉少なに、しかし確かな賛同を示す軽い動きだった。


 ノアは淡々とメモに筆跡を走らせながら、しかし顔には微かな笑みを浮かべていた。


「記録します。“消え残る火”、初呼称──チームとしての自覚が明らかに生まれました」


 場に差し込む小さな静寂。

 それは、まるで儀式が終わった後のようだった。


 焚き火の熱が遠ざかるとともに、それまで遠かった距離が不思議と近づいていることに、誰もが気づいた。


 ルシアは焚き火の傍らで手袋をかぶり直し、そっと口を開く。


「……夜の見回りを、私がします」


 その言葉に、皆が振り返る。


「夜回り?」


 エミリアが尋ねると、ルシアは小さく頷いた。


「焚き火を消してからも、テント近くの巡回と火炉の管理は続きます。……私に任せていただければ」


 アデルが腕を組んで笑った。


「それ、めちゃくちゃ副官っぽいじゃん。いま言った? “副官っぽい”って言ったぞ!」


 ルシアは肩をすくめるようにして、短く「……そうですか」と返したが、

 その声には確かな柔らかさが宿っていた。


 ノアが静かに呟く。


「……感情の伝播が起きたのではないでしょうか」


 アデルが頷いた。


「そうかもな。明日の訓練が、ちょっと楽しみになってきたぞ」


 エミリアが焚き火の残り火を見つめる。


「うん。……ゆっくり眠って、また明日、いちにち。」


 その言葉が終わると同時に、焚き火が完全に消えた。


 夜の闇の中、小さな笑い声が遠ざかっていき、

 そしてゆっくりと静寂が降りてきた。


 夜の森は、焚き火の消えた跡には静寂だけが残されていた。


***


 六人。それぞれが、疲れを抱えながらも、どこか満ち足りた表情でテントへと向かう。


 アデルは薪をまとめ直し、エミリアは最後に火炉に水をかけ、

 ユナとノアが確認と後片付けをしている。


 ルシアは火炉から少し離れ、穏やかな闇と焚き火の余韻を見つめていた。


 ──夜の匂いに、火の記憶が交じる。


 彼女はそっと手袋を外し、両手で息を温めながら思う。


(“消え残る火”。あの名前を、声に出した時……胸が、じん、とした)


 それは“距離感”を超えた証のようだった。


 火との距離も、人との距離も、ほんの少し近づいた気がする。


 ルシアの視界に、アデルが振り返る姿が映る。


「火の巡回、頼むわ」


 彼女は頷き、火炉にもう一度近づく。

 暖を取る必要はないが、火への抵抗と、火を守る覚悟が混じる。


「はい……炎も、チームも。両方、見守ります」


 その声は、小さくも強かった。


***


 夜が更けるにつれ、各自が寝床へと戻っていく。


 アデルはレアのテント前で小声をかけ、ノアは地図帳を閉じて、

 ユナは毛布を整え、エミリアは残りの水と火器をチェックする。


 ルシアは最後まで立ちつくし、見回りを終えると、一人、自分のテントへと歩き出した。

 その歩調は、夜の足音とうまく重なっていた。


 中に入り、マットに腰かける。


(今日は……うまく、呼べた)


 一人。そして、少し温かい。


 彼女は胸に手を置き、深く息を吸い込む。


(“消え残る火”の輪に、私もいる)


 ログを書き留めるかどうか一瞬迷ってから、

 ルシアは小さく微笑み、静かに目を閉じた。


 ──それは、ほんの小さな始まりだった。



ストック切れました(•ᴗ•; )

少し遅れるかもしれません次

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