【第12話】交錯する声、沈む鼓動
静かな朝だった。
秋の風が窓辺をくすぐり、支部の外では木々が淡く揺れていた。澄んだ空気と、低く射し込む陽の光が、まだ少し眠たげなギルド支部を淡く照らしていた。
ロイ・グランベルクは、自室の机に資料を並べながら、手元の砂時計を一度だけひっくり返した。
今日の予定は──全員との一対一の面談。
きっかけは、昨日の静かな食卓だった。
仲間たちは“崩れかけの均衡”の中で、言葉を交わすことなく、ただ同じ空間にいた。
それは仲の悪さではなく、“噛み合っていない”だけの沈黙。
だからこそ──今、踏み込む。
ロイは立ち上がり、ゆっくりと扉を開けた。
◇
一人目は、レア・フィルシュタインだった。
彼女はノックの音に少しだけ驚いたように体を震わせ、控えめに入室した。手にはノート、うつむいた姿勢。
「……あの、ロイさん。昨日は……ごめんなさい」
「謝ることじゃない。今日は“おしゃべりの時間”だ。魔法の話も、失敗の話も、いったん脇に置こう」
椅子を引き、対面で座らせる。ロイはあえて資料も何も手に取らず、コーヒーをゆっくり飲んだ。
レアは、しばらく黙っていた。だが、しばらくしてぽつりと漏らす。
「……ノアさん、すごいです。支援の知識も、行動も、全部……私、足手まといだなって、思っちゃって」
「比較するのは悪いことじゃない。でも、そこから“自分を否定する”のは違う」
「でも……支援、もらっても……上手く動けなくて……」
「支援ってのはな、完璧な動きのためにあるんじゃない。“不完全”なままで、なんとか動くためにあるんだ」
「……ロイさんは、そうやって私たちのこと、ずっと見てたんですか?」
「ああ。おまえの炎が、誰かを傷つけないように。おまえの声が、自分を責めないように。ずっと、支えてきたつもりだ」
レアは、ほんの少しだけ目を潤ませた。
「わたし、頑張りたいです。ちゃんと……ロイさんの支援、受け取れるように」
「……それでいい」
ロイは立ち上がり、そっと頭を撫でた。
「この部隊はな、不器用なやつばっかりなんだよ」
◇
二人目は、アデル・ヴァルト。
彼女は元気にノックをし、ドアを乱暴に開けて現れた。
「ようロイ! 面談だっけ? 聞きたいこと山ほどあんだよ!」
「こっちのセリフだ。まず、“突っ込む前にタイミング確認”って言っただろ?」
「あー……あれな。すまん、反省してる。でもよ、タイミングなんざ“戦場じゃ勘”が命だろ?」
「勘も大事だが、連携はもっと大事だ」
アデルは椅子に深く腰を下ろし、腕を組んだ。
「……昔の部隊じゃさ、“盾”がすべて先に出た。魔法の後衛は、あたしたちが前に出て支えて、やっと活きる」
「それは正しい」
「けど、今の子たちはさ──違うんだな。“守ってくれる前提”じゃなくて、“自分で戦う”って気迫がある。レアもユナも。ノアも」
ロイは黙って頷いた。
「ぶっちゃけ、あたし置いてかれそうで、ちょっとだけ焦ってる。支援がなかったら、たぶん今頃……」
「気づいてるだけ、立派だ」
「ロイ、もうひとつだけ。……あたしが盾やってるの、好きでやってんだ。誰かの前に立って、でかいもん止めて、みんなの顔見てると──ああ、ここにいていいんだなって思える」
「……なら、誇れ。それがおまえの役目だ」
アデルは、少し照れたように鼻をこすった。
「じゃあ次、筋トレの補助お願いな!」
「断る」
◇
三人目は、ノア・レインヴァルト。
椅子に座ると、彼女は開口一番、こう言った。
「この部隊、想定より“揺らぎ”が多いです」
「おまえが入って、安定したと思ったんだがな」
「それは“支援ライン”の話。けれど、鼓動が違う。時間軸も、反応も、目的も──交わっていない」
「じゃあ、交わらせる方法はあるか?」
「あります。全員の“中心”を決めること」
「中心、ね……誰が?」
「理想は、私」
「は?」
「論理的に見て、支援受けの最適化・指示判断・処理速度──全項目で私が上です。ただし、情緒と人間関係は除く」
「……そこ、大事だろ」
ノアはふうと溜息をつく。
「だから、今はまだロイでいい。でも、いずれは……」
「……おまえが“副官”を目指すのは、歓迎するよ」
「……それは、“居場所”をくれた人への、恩返しです」
◇
四人目、ユナ・エルミナ。
彼女はノックもせず、静かに入ってきて、黙って椅子に座った。
ロイはしばらく様子を見てから、口を開いた。
「調子はどうだ?」
「……動いている。けれど、鼓動はまだ沈んでいる」
「……何か、気になることがあるか?」
ユナは、ゆっくりと首を傾けた。
「ロイ。あなたの“名前”の意味、知ってる?」
「グランベルク? 祖父の代から続く名だよ。由来までは知らんが」
「それ、“大きな鐘の城”って意味だよ。……響くために、建てられた名前」
「……なるほど」
「私は、“響かない”。でも、そばにいると……少しだけ、揺れる」
ロイは、静かに微笑んだ。
「それで充分だよ、ユナ」
ユナはほんの一瞬だけ、まぶたを伏せた。
◇
面談を終えたロイは、夕方、支部の集会室に全員を集めた。
レア、アデル、ノア、ユナ。全員の目が揃った瞬間、わずかに空気が動いた。
「今日は、ひとつ話がある。今後、この隊の“指揮権”を一時的に“別の者”に託して、戦闘を試す」
一瞬、沈黙が流れた。
「理由は簡単だ。俺がずっと“支援者”でいたことで、全体が俺に依存してる。これじゃ、いざというとき回らない」
アデルが少し驚いたように眉を上げた。
「おまえ以外が……指揮?」
「試すだけだ。実戦じゃない。けど、たぶん──おまえたちは、“自分の鼓動”をもっと知ることになる」
ノアが目を細めた。
「私は、臨時指揮者の候補に入ってますか?」
「当然だ」
「……なら、やってみます。感情と効率の境界線。自分がどこまで届くか、知りたいので」
レアが不安そうに、アデルが挑戦的に、ユナが静かに──それぞれ、頷いた。
ロイは立ち上がった。
「“誰かに任せる”ってのは、支援者にとって、一番勇気が要る行為だ。……けど、信じてる」
小さな拍手のように、空気が軽く揺れた。
鼓動が、まだ完全には揃っていない。
けれど──音は、確かに鳴り始めていた。