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【第11話】祝環の守人、静かに現る

どうも、ロイです。

これまで何とかやりくりしてきましたが、そろそろ限界を感じてきました。

支援が追いつかない。判断も手も足りない。

このままじゃ、誰かが倒れる――そう思っていた矢先のことです。


……で、来たんですよ。

妙に穏やかで、笑顔がやわらかくて、でもどこか芯のありそうな――支援職の子が。


第一印象? 正直、場違いにも見えました。

でも、その手つきと声には、確かに“支える力”があった。


彼女の登場で、空気がどう変わるかはまだわかりませんが――

少なくとも、俺の胃には少し優しそうです。



【第11話】祝環の守人、静かに現る


 ノアとアデルの協調演習は、“ぎこちない”を通り越していた。

 片や霊性の導きに従う神懸かりの少女。片や剛力無双の忠義剣士。お互いの行動理念も、支援術式への反応速度も、まるで噛み合っていなかった。


「ロイ、今の補助──!」

「後方にずらせ、アデルが抜ける!」


 ロイは両者を俯瞰しつつ、術式の展開タイミングを必死に調整する。《支援術式群》によって瞬時に戦場全体の情報を捉える彼でさえ、処理が追いつかない場面が増えていた。


「支援展開、誤差許容値を超過。術式回路、負荷域へ──」


 ノアが小さく呟いた。だがその言葉に危機感はない。ただ、淡々と状況を観測しているだけだ。

 そしてそれを受け、アデルは何も言わずに前に出た。


「ノア、下がれ。おれが受ける」


「判断、理解。支援、停止──」


 その瞬間、術式が歪んだ。

 補助が抜けた状態での突撃。アデルの体は一瞬空中で捻れたかのような挙動を見せ、次いで、地面に転がった。


「アデルッ!」


 ロイが叫び、駆け寄る。ノアもすぐにアデルのもとへ膝をついた。

 幸い、致命的な負傷ではない。だが、支援術式の不安定な干渉による反動が、彼女の筋肉に想定以上の衝撃を与えたのは明らかだった。


「……っつ、やっちまったな。ロイ、悪ィ」


「謝るな。こっちの支援が甘かった。……ノア、術式停止した理由は?」


「限界検知。支援負荷が術者限界点を突破。沈静判断、妥当」


「……間違ってはいない。けど……このままだと、誰かが壊れる」


 ロイはその場にしゃがみ込み、深く息を吐いた。

 支援術式の“飽和”は、ここにきて明確な形となって現れていた。


 ──限界は近い。


 その思いが、ロイの胸に重くのしかかる。


***


 その日の午後。

 診療班の一角に、ロイは呼び出されていた。


「初めまして、エミリア=ヘイゼルと申します。ギルド経由で支援術式運用に関して連絡を受け、僭越ながらお伺いしました」


 柔らかく、落ち着いた声音だった。

 亜麻色の髪を緩く後ろで束ねた少女──いや、大人びた雰囲気からは、彼女がすでに戦場を何度も経験してきた存在であることがうかがえた。


「ロイ=グランベルクです。……戦術支援術式の不具合について、何か見解を?」


「はい。過去の戦闘記録を拝見しましたが、貴方の支援術式は“個別最適化”に特化しすぎており、戦場全体に適用するには回路が耐え切れていません」


「自覚は、あります」


「支援の流れを“環”にしてしまえば、術式の負荷は分散され、受け手の理解度も上がります。……それが、私の提案です」


 その言葉とともに、エミリアは淡い光を纏う術式の“輪”を広げた。

 まるで祝福の光そのもののような、優しく温かな術式。ロイの《支援術式群》とは根本的に異なる概念だった。


 ──《祝環創術ブレッシング・リング》。


 術者の周囲に展開されるこの光環は、範囲内の味方に均一な支援効果を与える多重型術式だ。

 加護、回復、状態異常解除。すべてを“適度に”補ってくれる、安定支援の象徴。


「私の術式では、特定の個人を特別扱いできません。でも、その代わり、誰も取りこぼさない支援ができます」


「……十分すぎる。君の力が、必要だ」


 ロイのその言葉に、エミリアは目を見開いた。

 誰よりも静かに、そして、長く支え続けることしかできなかった彼女にとって、“必要”という言葉は──初めての贈り物だった。


***


 翌日、軽戦闘訓練にて。


 ノア、アデル、そしてユナが前衛に立ち、ロイとエミリアが後方支援に回る。

 試験的な術式連携だったが、驚くほどの滑らかさがあった。


 エミリアの“祝環”が広がるたび、ノアの術式は安定し、ユナの神憑きも暴走を避ける。

 アデルの動きも、最小限の補助で最大限の力を発揮するようになっていた。


「ロイ、今の支援、ありがとよ。動きやすい」


「いや、今回はエミリアの祝環がベースだ。俺はその上に術式を重ねてるだけだ」


「ふふ。連携、少しずつ整ってきてますね」


 戦いの合間、ふとした視線の交差。ロイがエミリアを見ると、彼女はいつものように微笑んで──そして、一瞬だけ、視線を逸らした。


(どうして、そんなふうに……信じてくれるの)


 胸の奥で、何かが軋んだ。


***


 夜。隊の仮設拠点にて。


 ロイはエミリアを静かに呼び出し、焚き火の前に並んで座った。


「今日の訓練、ありがとう。……改めて、君の力に助けられたよ」


「……いえ。私はただ、輪の中にいたいだけなんです。……誰にも邪魔されずに、役に立てる場所に」


「それが──俺たちの隊でも、いいか?」


 エミリアが目を見開く。

 彼女は自分の両手を見つめ──そして、ゆっくりと頷いた。


「……ここでなら、誰かの代わりじゃなくて、私としていられますか?」


「もちろん。ここは──君の居場所だ」


 火がはぜる音だけが、静かな夜に響いた。

 誰にも愛されず、誰かの影に隠れて生きてきた少女が、ようやく一つの“環”に加わった夜だった。

――次回予告――

「交錯する声、沈む鼓動」


はじめまして。エミリア=ヘイゼルと申します。

支援術を通して、皆さんの力になれたらと思っています。


でも……“支援”って、思っていたよりも、ずっと難しいんですね。

ただ力を重ねればいいわけじゃなくて、重なれば、逆に動きを止めてしまうこともある。

誰かを想ったつもりが、その人を縛っていたのかもしれない。

それが“優しさのすれ違い”だと気づいたのは、少し後のことでした。


だからこそ、ちゃんと伝えなきゃ。

手を差し出す前に、まず声を届けなきゃ。

そうでなければ――わたしの支援は、きっと独りよがりになってしまうから。


次回、「交錯する声、沈む鼓動」

心の距離も、歩幅も、まだ揃わないけれど。ここから、少しずつ。



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