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【第10.5話《閑話》】ある日の食卓と、崩れかけた均衡

アデル=ストラウトだよ。ま、今回は拳も出番もおあずけらしい。

戦闘じゃなくて――なんだ? “食事”と“空気”の話だってさ。


あたしにしてみりゃ、手合わせできない分ちょっと物足りなかったけど……

不思議と、悪くなかった。いやほんとに。


炎の嬢ちゃんは、口より先に顔に出るタイプだけどさ。

あれで案外、人をよく見てんのよ。無意識だろうけどな。

機械の子も、ユナって神様の子も、あたしとは全然ちがう。

でも、なんとなくわかる気がしたんだよね。……それが腹に落ちる飯の力かどうかは、さておき。


……で、ロイ。

あんた、隊のこと考えすぎ。飯も冷めるよ。

ちょっとくらい肩の力抜いてさ、“隊長”らしく食えよな。


 朝のギルド支部は、いつになく静かだった。


 訓練の余熱がまだ床に残る時間帯。外ではまだ小鳥が鳴き、木々の枝に朝露が光る。食堂の空気も、どこか張り詰めていた。


 ロイ・グランベルクは、湯気を上げるマグカップを片手に、食堂の中央テーブルでぼんやりと座っていた。濃いめのコーヒー。角の取れた木製の椅子。広すぎず狭すぎず、ただ、静かだった。


 その静寂を破ったのは、足音と、やや金属的な声だった。


「椅子、ひとつ空いてますか」


 ノア・レインヴァルト。ゴーグルを額に上げ、右手にスライド式の工具ポーチを持ったままの姿で立っていた。


「ああ、どうぞ。食事は?」


「自動配膳で要請済みです。……本日は栄養価を優先しました。穀物は雑穀米、主菜はハーブローストの鶏肉、付け合わせは豆と人参のスープ。糖質とタンパク質は上限許容値。油分は最低ライン。あと、味は保証できません」


「……まあ、あの自販鍋の“濃厚粥モドキ”よりマシなら十分だ」


「それは私も同意します。あれは“食材の墓場”です」


 軽く笑いかけたノアの視線が、テーブルの隅に置かれた紙片へ向いた。


「推薦調査、出されたんですね」


「おまえ、報告書見るの早くないか……?」


「朝四時から端末確認が習慣なので」


 ロイは肩をすくめた。


 推薦調査──それは、ギルド本部に向けて提出する“人材補強候補の調査依頼”だ。あくまで選定の助力を求めるものであり、即時追加ではない。だが、ロイにとっては一つの“区切り”だった。


「このままじゃ、バランスが崩れる。誰かが無理をすれば、誰かが壊れる。そうなる前に、手を打ちたい」


「正しい判断です。ただし、全員が納得するかどうかは──別の話です」


「……ああ」


 その沈黙を裂いたのは、勢いのある足音だった。


「よーっす、朝メシまだかー!」


 アデル・ヴァルトが入ってきた。寝癖そのまま、肩にかけた鎧の一部をぶらさげたままの格好だった。


「よお、ノアも来てんのか。てか、相変わらず理屈っぽい顔してんな!」


「褒め言葉と受け取りますが、もう少し“会話の始点”を工夫した方が、他者の受容性が高まりますよ」


「はあ? 何言ってんだ? 腹減って死にそうってだけだよ!」


 がちゃり、と音を立てて椅子を引き、アデルは席についた。


 その数秒後、配膳機から音が鳴り、トレイに盛られた“焼きチーズ風味の雑穀米と煮込みミートボールのセット”が供給された。


「よっしゃー! 今日は当たりっぽいぞ!」


「……アデル、今日は訓練じゃないって、わかってますよね?」


「へ? あ、そうだったっけ? いっつも通りの朝にしか思えなくてさ」


 アデルが笑う。ノアが呆れ顔で首を横に振る。


 ロイは、ふたりのやりとりを眺めながら、目の端で入口に視線を向けた。


 やがて、静かに開いた扉の先に、二人の少女の姿が現れた。


 レア・フィルシュタイン。

 ユナ・エルミナ。


 レアは、どこか足取りが重く、下を向いていた。ユナは逆に、どこを見るでもなく、周囲から浮いているように見えた。


「おはようございます……」


 小さな声で挨拶をして、レアは隅の席に腰を下ろした。ユナは少し遅れて、窓際の椅子へと滑り込んだ。


 ロイは、立ち上がらずに声をかけた。


「今日は“訓練なし”。そのかわり、術式と行動の再分析。午後はチーム内ヒアリング。俺と一対一で話す時間を取る」


「……わかりました」


 レアはうつむいたまま、スプーンで豆入りスープをすくった。熱そうな表情をしながら、それでも一口ずつ、食べ進めていく。


 ユナはといえば──そのまま、窓の外を眺めていた。何かを聞いているようにも、何も聞いていないようにも見える。


     ◇


 午前の時間は、静かに過ぎた。


 ノアは端末で昨日の訓練記録を再生しながら、アデルに魔力応答と反射特性の説明をしていた。


「ほら、ここ。ロイの術式がこのタイミングで入るはずだったのに、アデルの接近が早すぎて、被膜が薄くなった」


「うーん、たしかに。でもあたしが遅れたら、レアの詠唱の防壁間に合わなかったろ?」


「そのとおり。だから、行動としては正しい。でも、“支援の時間”を喰った。それがロイの負担を増やしてる」


「むずいなあ。攻めろって言われてんのに、支援の都合も考えろって、両方かよ」


「だから、共有するんです。“あなたの攻撃”と“ロイの支援”のタイミング。その最適点を見つけるのが、私の仕事です」


「……ノアさ、おまえさ、昔はどんな隊にいたんだ?」


「純戦術特化の工学小隊。けど、半年で解体されました。私が融通効かなかったので」


「だろうなー!」


「……否定できません」


 ロイはその会話を、少し離れた席から聞いていた。手にはノート。開かれているのは、“行動傾向と支援対応”の一覧だった。


 そして──視線は、レアとユナの方へ移る。


 二人は、互いに言葉を交わしていなかった。並んで座ってはいるが、どこか距離がある。ユナは天井を見上げ、レアはノートに魔法陣の素描を続けている。


 その線は、少し震えていた。


(崩れかけてる。まだ、壊れてはいない。けど、“均衡”ってやつは、案外脆い)


 ロイは、ページをめくった。そこには空白の項目がある。


 ──次に必要な支援対象:調整役/傍観者/非主戦力タイプ


(力じゃない。技術でもない。俺が求めてるのは、“音叉”だ。全員の鼓動を整える誰か)


     ◇


 日が暮れ、食堂の空気が少しだけ柔らかくなる。


 アデルはスープを二杯おかわりし、レアはようやく一言だけ、ノアに「ありがとう」と小さく伝えた。ノアはそれに、わずかに表情を動かして頷いた。


 ユナは──最後まで、言葉を発しなかった。


 それでも。誰も、何も拒絶しなかった。


 その夜、ロイは再び推薦調査の紙を手に取った。


 条件に一行、加筆する。


『調整役としての資質を優先。戦闘力は問わない』


 それは、戦力の話ではなく、“鼓動”の話だった。

――次回予告――

「祝環の守人、静かに現る」


……えっと、次のお話は、たぶん……その、すごく優しそうな“誰か”が来るみたいです。

まだ顔もちゃんと見てないのに、どうしてかわかんないけど――安心、するような、そんな感じがして。


わたし、あんまり自信ないです。

みんなの中で、うまくやれてるって思えなくて……。

でも、優しい人がそばにいてくれたら、ちょっとだけ、前を向ける気がして。


次回、「祝環の守人、静かに現る」

そのぬくもりが、わたしの歩幅をそっと支えてくれますように。

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