【第10話】火と空と機械と、揃わぬ鼓動
アデル=ストラウトだよ。よろしくな。
前線張るのがあたしの仕事。殴って守ってまとめて面倒見る、そういう性分でさ。
ま、それはいいとして――なんだいこのチーム。
炎で突っ走る子に、無口な神様、理屈こねる機械っ子。で、後ろにいるのが……ロイ。
あんたら、まるで噛み合ってないじゃないか。いや、悪いとは言ってないよ?
むしろ嫌いじゃないね。バラバラのほうが、守りがいあるってもんだ。
……にしても、あたしが入った途端に空気がギスギスするってどういうこと?
あたしか? それとも、あたし“も”か?
ま、いいさ。背中は見てる。必要なら、黙ってでも前に出るよ。
次は少し、合わせる努力ってやつをしてみようかね――拳で。
──午前八時。乾いた金属音と爆風の残響が、寂れた訓練場の空気を切り裂いた。
火花。砂煙。焦げた匂い。
その中央に立っていたのは、筋肉鎧をまとった少女──アデル=ヴァルトだった。左腕に構えた大盾の縁が黒く焦げ、土に抉られた半円形の爆発痕が、彼女の足元を囲んでいる。
「おっし、いいの来たな……レア、次っ!」
「……は、はいっ!」
蒼白な顔のまま、レア=フィルシュタインが頷いた。彼女の掌には小型の魔法陣が瞬いており、微かな震えがその手指から伝わっている。
「発動まで、あと五秒。出力三十。あの盾なら、ぎりぎりで耐えられる……はず……」
呟きながら、レアは視線を逸らした。爆炎魔法《爆滅魔炎》──感情に反応し出力が変化する、暴れ馬のような魔法だ。
その制御が、まだ不安定なままの彼女にとって、アデルとの訓練はまさに綱渡りである。
それでもやると決めたのは、自分だ。
「いきますっ、《爆滅──」
「ストップだ!!」
訓練場の端から、ロイ=グランベルクの声が飛ぶ。レアの詠唱が止まり、術式は空中で霧散した。
「魔力漏れ、出てる。バックアップ術式が間に合わない。アデルが吹っ飛ぶ」
「……そっか、ちょい甘かったな」
アデルは盾を地面に突き立て、気怠そうに肩を回す。
「ロイさん、すみません……」
「いや、止めて正解だ。爆炎自体は悪くなかった。けど、術式の補強が不完全で、俺の支援も後追いになってる。つまり──」
「“このままじゃ、誰かが死ぬ”ってことだ」
静かに言ったのは、ノア=レインヴァルトだった。彼女は訓練の観察役として木箱の上に腰を下ろしていた。両手にはノートと機械式の魔力測定器があり、ページにはぎっしりと数値が並んでいる。
「レアさんの魔力制御、アデルさんの衝動的前進、そしてロイさんの支援術式……この三者の“間”に、タイムラグが生じている。これが支援不能の要因です」
「わかってる……つもりだったがな」
ロイは肩の後ろで手を組み、空を見上げた。
澄んだ青。秋の乾いた風。魔力の残滓が風に舞い、枯葉がその流れに逆らうように揺れていた。
「ユナ、いまの挙動、どう判断した?」
「………………飛ぶ寸前に、レアの気配が落ち着いた。けど、そのあと、また燃えた。まるで、風の中で迷った火種みたいに」
淡々とした声で、ユナが答える。表情は乏しい。だが、確かに戦闘の流れは見ていた。
「アデルの位置取りも無茶すぎたな。おまえが突っ込んだせいで、レアが出力を一段階上げざるを得なくなった」
「おいおい、あたしのせいかよ!」
アデルが、鉄板の破片をぶんぶん振り回しながら言い返す。
「盾が先に出てなきゃ、火力職なんて前に出れねえだろ? 昔の部隊じゃ、そんなん常識だったぜ。筋は通ってんだ、たぶん!」
「問題は、“たぶん”じゃ困るって話だ」
ロイはため息をついた。
支援職として、全員の行動を予測し、先読みし、最適な補助を届ける。それが彼の仕事だった。
だが──
レアは炎を“感情”で制御する。不安定で読みづらい。
ユナは独自のリズムで動き、支援が“届かない”。何を求めているか、分からない。
アデルは突撃型。攻撃でもなく防御でもない、“ぶつかって反射する”戦術。支援術式との連携は難しい。
(いまの俺じゃ──三人全員に支援が届かない)
状況を、術式を、仲間を、否定したくはない。
だが、それでも──このままでは限界が来る。
◇
訓練場のベンチに座ると、ロイは術具を膝の上に広げた。
魔力伝導装置の調整は終わっているはずだ。それでも、今朝の訓練では転送が一瞬遅れた。レアの出力が僅かに乱れ、アデルが防御タイミングを誤った。
(全員の行動を“予測”して、術式を重ねる。けど、その予測が、たった0.3秒でも外れたら──すべてが崩れる)
「ロイ、質問」
「なんだ、ノア」
「支援って、何ですか?」
「……は?」
「私は機械を使って、制御すべき力を“最適化”します。それは“正しさ”に収束する作業。でもあなたの支援は、“相手のズレ”を抱えたまま処理しようとする。つまり、誤差を前提に、正しさを組んでいる」
「……で、それがどうした」
「なぜ、そんな不確定なものを支援しようとするんですか?」
ロイは少しだけ黙った。
それは、今朝から何度も自分に投げかけていた問いでもあった。
「それが、“この子たち”だからだよ」
そう言って、遠くの地面を見つめた。今もレアとアデルが火花を散らし、ユナがその外側で空を見上げている。
「完璧な連携より、多少の不格好でも“この仲間たち”と一緒にやりたい。それじゃ、ダメか?」
「“支援としては、非効率”です。でも……私は嫌いじゃありません」
ノアは小さく頷いた。
「なら、私にさせてください。支援の“基準点”。あなたの術式にとって、一番安定するパーツ。私はそこに合わせられる」
「……ありがたいな。けど、もう一歩進めよう。ノア、“おまえが入りたい理由”を聞かせてくれ」
「え?」
「おまえが入ると、俺の術式が安定する。それはわかった。けど、“それだけ”か?」
しばらくの沈黙のあと、ノアはぽつりと答えた。
「──あの時、拾ってもらったから」
「……」
「私の技術は、“ズレている”って言われました。正しすぎて、人に合わないって。ギルドからも、パーティからも……居場所はなかった」
「……」
「でも、あなたは“ズレててもいい”って言ってくれた。なら、私はその支援の中で、最も正確な部品になります。それが──私の感謝の形です」
まっすぐな目だった。そこには、誇りと、決意と、微かな寂しさがあった。
「……わかった。ようこそ、ノア。今日からうちは“支援のズレを抱えた連中の集合体”だ。よろしくな」
「ええ、“非効率な連携”の実験、楽しみにしています」
◇
夕方。支部の食堂にて。
レアは静かにスープを啜り、アデルは焼き肉丼を三杯目に突入していた。ユナは変わらず無表情で天井を見ており、ノアは黙々と分解式スプーンをいじっている。
ロイは中央の席からそれを眺めながら、内心で呟いた。
(これが、いまの俺たちの“鼓動”なんだな)
火。空。機械。そして、それを繋ぐ支援術式。
それぞれの鼓動は、まだ揃っていない。けれど、それでも──誰一人として止まってはいなかった。
(だから、まだ“編成”は終わっちゃいない)
この日を境に、ロイはギルド本部に人材補強の推薦調査を依頼することになる。
次なる仲間──それは、遠くない未来、奇妙な縁に導かれて現れることになる。
だが、それはまた、別の話だ。
――次回予告――
「10.5話 交わらぬ声と、寄り添う歩幅」
どうも、ロイです。
……ええと、次回はですね、戦闘も訓練も成長イベントも特にありません。
代わりにあるのは――疲労と混乱と、微妙な距離感です。
炎の子は突然くっついてきたり、爆発したりします。
機械の子はずっと何かを計算していて、ぼくに向ける視線が冷たいです。
筋肉の子は食堂で他人の飯をガン見してました。
神憑きの子は……たぶん、存在が静かすぎて、僕の背後にいても気づけません。
……こうして文字にすると、よく生きてるなって気がしてきました。
それでもまあ、“ちょっとだけまとまりそうな空気”はあった気が、しないでもない……ような、なくもない?
次回、「10.5話 交わらぬ声と、寄り添う歩幅」
胃にやさしい回……だったら、いいなぁ。