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4話 一生感謝して生きるといいわ



「ん……あれ……ここは?」


目を覚ますとそこは全く知らない部屋だった。

フカフカとは言い難い少し黄ばんだベッド。部屋を照らしている天井のは中心にある小さな光だ。

どういう原理かは不明だが、光の玉が浮かんでいるように見える。


ここは寝室なのだろうか。六畳ほどでこのベッドを除き他には小さな棚があるだけの質素な部屋だ。

よく見ると木造の壁は所々に小さな穴が空いている。

全体を見なくてもこの建物がボロい事はすぐに分かった。


ふと、鼻腔を刺激するのは肉が焼けるこうばしい香りにつられ立ち上がろうとすると、


「──うわっ!? ……いてて。そうだ、俺腕が……」


寝起きで忘れていたが忍は両腕がなかった。

夢ならばよかったと思うのも今更だが、それも仕方がないのかもしれない。

起きて早々現実を叩き付けられ、憂鬱な一日の始まりだった。


あれだけ悩んだ痛みも不思議と消えてなくなっている。

その事に疑問に思い両肩を見てみると、新しい包帯が巻かれているだけで特に変わった点はない。


忍がベッドから落ちた音を聞いてか、カツカツと足音が聞こえてきた。

ギィィと木製ドアが軋み、ノックもせずに開かれるとそこには記憶の片隅にある毒舌美少女、セロスの姿があった。


「あら、死に損ないがお目覚め……貴方、何をやっているの? 腕がないのだから大人しく寝ていなさい」


セロスは相変わらずの毒舌で、床に転がった忍に冷たい視線を寄越した。


「……死に損ないって、黙ってりゃいい気になりやがって……俺だって好きでこうなったんじゃねぇんだよッ」

「ふん、それだけ吠えられれば上等ね。あまり興奮しない事をすすめるわ。傷口が開いて死んでもいいのなら話は別だけれど」

「なんだと──え」


恫喝されてもセロスは気にする素振りもなく、転げ落ちた忍をそっと優しく抱き起こした。


女性特有の甘ったるい香りが鼻を刺激する。

至近距離にある整いすぎている顔をみて、忍はこんな状況だと言うのに一瞬でも魅了された自分に嫌気がさした。


口は相当悪いが、彼女は忍の事を気にかけていたのかもしれない。


「あまりジロジロ見ないでもらえるかしら。不愉快だわ」

「うるせぇな。お前が近過ぎんだよ」


視線を逸らしながら忍はツンケンした態度で返した。


「全く、生意気なガキね。少し待ってなさい」


吐き捨てるようにそう言ったセロスは、足早に部屋を出ていった。


「なーにが生意気なガキね、だ。絶対俺より年下だろボケがよ」


忍はセロスを十七、八歳ら辺と推測している。

間違っても20歳以上ではないだろうと。

完璧な造形美ではあるが、どこか幼さも残る顔立ちだ。年上な訳がない。


そんな事を考えていると、セロスが戻ってきた。


「朝食の準備が出来たわ。さっさと食べなさい」

「いらねぇよ。別に」


先程の香りの正体は朝食だったみたいだ。

しかし、どうにもセロスが気に入らない忍は毅然とした態度ではねのけた。が、


──ぐううううう。


静まり返った部屋に腹の音が響いた。


「あっ……ちが、今のは──」


セロスはそれを聞いてクスクスと笑いながら、


「あらあら、身体の方は正直みたいね。貴方、意地をはる所間違えてるんじゃないかしら。人の好意は素直に受け取るものよ。つべこべ言わずに食べなさい。それとも、無理やり口に捩じ込まれるのをご所望かしら?」


考えただけでも恐ろしい。

出会って間もないが、この女なら鞭でも打ちながら本当にやりかねない、と思い渋々立ち上がりセロスについて行った。


どうやらこの家はあまり広くないようで忍がいた寝室と、この八畳程の居間だけらしい。外へと繋がるドアがあるのがその証拠だ。


古い木製のテーブルには二枚(・・)の皿が並びソーセージらしき肉と、原材料不明の目玉焼きが綺麗に盛り付けられていた。

セロスは既に朝食を済ませているのだろうか。テーブルの奥にはピグマリオンと呼ばれていた老人が座り、じっとこちらを見つめ忍と目が合うと微笑みながら、


「起きたのか、三日ぶりに目が覚めた気分はどうかな」

「……み、三日? 俺、そんなに……」


忍はてっきり数時間程度だと思っていたが、まさか三日も寝たきりだったとは。

だが肉体的にも精神的にも極限状態だったので、長期間目を覚まさないのも納得はできた。


「ああ、その間セロスが君の介抱をしていたよ。知っての通り、口は悪いが優しい子なんだ」

「え……?」


嘘だろ? と言いたげにセロスを見ると、彼女は不機嫌そうな顔をしていた。


「ピグマリオン、余計な事は言わないでちょうだい。腐敗すると処理が面倒だから手当しただけよ。それに、元はと言えば貴方が助けろと言ったのでしょう?」


仕方なく、命令だから、そう言う建前を作りたいだけで、心根は優しい女の子のようだった。


「そうだが、介抱までは頼んでないぞ? そんな事よりせっかくの朝食が冷めてしまう前に、いただこうではないか。ほら、君も座りなさい」

「あ、ああ」


これ以上はやめておこうと、なにやら嬉しそうな表情でピグマリオンは会話に終止符を打った。

忍は言われたとおり座るが、自分では満足に食事をとることができないと思い出した。


「あ──」

(ああ、やっぱり。こんな当たり前も俺は……)


無力感が心を支配した。食事をとる。ただそれだけのなんて事ない行為すら、もう1人ではする事ができないのだ。

目の端に涙を浮かべ地下牢の時と同じように、首を伸ばしかぶりつこうとした時だった。


「はぁ……何をしているのかしら、犬じゃあるまいし。口元まで持っていってあげるから、そこからは自分でどうにかなさい。勘違いしない事ね、さっきも言ったけれど……って聞いてもないわね」


セロスはそんな忍を見かねて、フォークでソーセージを突き刺し口元まで持っていくと、忍は恥じらいもなくパクリと食いついた。


噛むと肉の旨味が爆発し口の中に一気に広がる。

味が特別いい訳ではない。この世界でどこにでも売っているソーセージを焼いただけだ。


忍は気が付けば涙は溢れていた。

両腕はないが、落ち着いた日常を送るなんてなんだか久しぶりな感じがした。

訳も分からず転移し、腕がちぎれ、蔑まれた挙句捨てられ、森では虎に殺されかけてと散々な目にあってきた。


この些細な日常が、忍には堪らなく嬉しかった。


「うめぇ……ごんなに、うめぇもん……初めてぐっだ……!」


もっとくれ、と視線で訴えると、セロスは少しだけ微笑んで次のフォークを口元に寄せた。

それを何回か繰り返すと、ピグマリオンが完食する前に用意されていた朝食を食べきってしまった。


「……ありがとう、二人とも。本当に、ありがとう」


ずびび、と鼻を啜ってテーブルに頭を擦り付け、忍は今出来る最大級の感謝を伝えた。

極々短期間ながら転移してからというもの、中々酷い目にあった忍だが、異世界で触れた初めての優しさである。


ほんの小さなものだが、心が温まり自然と頭を下げていたのだ。


「ふん、それだけ言われると悪い気はしないわね。今日の事を死ぬまで感謝し続けて生きるといいわ」


得意げな顔をしている辺り、この朝食を作ったのは彼女なのだろう。


「なに、大したことはしとらんよ。頭を上げてくれ。それに自己紹介がまだだったね。私はピグマリオン、見ての通りただの老いぼれだ。隣のはセロスと言ってな……」


言い淀みセロスを見ると、彼女は意図を察してか頷いた。そしてピグマリオンは一呼吸おいて再び口を開いた。


「私が造った──人形だ」

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