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この身勝手な異世界に復讐を  作者: 吉良千尋


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3話 三つ首の虎とメイド様


鬱蒼と木々が生い茂る森の中、魔法陣の放つ光が辺りを照らした。

突然の光に周囲にいた小動物達は、こぞってその場から逃げ出した。


「うぐっ……ここが廃棄の森……? ただの森じゃねぇか」


廃棄の森という名前から、ゴミ溜のような場所を想像していた忍だったがパッと見た感じ、不気味ではあるが特に変わった点はない。


「くそ痛ぇし、腕がないと何にもできねぇ。……俺は、本当に死ぬまでこのままなのか……?」


異世界転移など、アニメの中の出来事だと思っていた。そんなものが存在しようなどと夢にも思わなかった。ましてや異世界幸せハッピーライフなどとは縁もゆかりも無いしまつ。

なぜ自分なのか。どうして腕が無くなったのか。


しかし、それらの疑問よりも何よりも、一生両腕がないかもしれないと考える方がずっと怖かった。

この場所がどことか異世界がどうとかそんなことよりも、腕がない方がよっぽど大事件なのだ。


ぐるぐると頭の中を不幸が駆け巡る。なぜ、どうして、これからどうすれば。自分は生きていけるのか、と。


深く考えれば考える程目の端に涙が溜まる。


(泣いてる暇なんかない。とにかく今は倒れる前にどこか休める場所を探さないと)


「アイツらをぶっ殺すまで俺は死ねないんだ」


もし、いま気を弛めて泣いてしまえば一気に心が折れる気がした。この身に余る絶望と、そうさせたシュメル達に屈する気がして、それだけは絶対に嫌だった。


痛みは相変わらずだが、こんな所でのたうち回る訳にも行かず、忍は歯を食いしばり宛もないまま森の中を歩いていった。




それからしばらく歩いてみたが、思った以上に体力はなくなっていた。単純に、栄養が不足しているのだ。一刻も早く獣から身を隠し横になれる場所を探すため歩を進めるも、中々そんな都合のいい場所は見つからない。


(やばい、視界が……歩くのもしんどくなってきた。もうどこでもいい、1回休まないと)


視界がボヤけ、いよいよ体力も底を尽きてきた。

歩いた距離は約100メートル程。両肩からドバドバ出血した後まともな治療もなく、七日も監禁されてこれだけ歩ければ大したものだ。


忍は一番近くの大木にそっと腰掛けた。つもりだったが、腕がないことを忘れていてそのまま横に倒れてしまった。


「くそが……どうすんだよ本当によ」


ぶつけようのない怒りが込み上げてくる。が、それをどうすることも出来ない。諦めて横に寝転んだ体制のまま空を覆う葉を眺めていると、とたんに孤独に苛まれた。

何も知らない異世界で、ご都合主義のような展開もない。ましてや頼れる人物など皆無だ。


(ダメだ。考えても全部悪い方にしか想像できない)


「俺……まだ死にたくねぇよ。彼女つくって結婚して、子供だって欲しかった。マイホームだって欲しいし、海外旅行だって行きたかった。やりたい事、いっぱいあったんだ。くぅぅ……それなのに、もう全部……」


薄れゆく意識の中、将来の夢や希望を口にした。しかしそれら全て口にした途端に絶望に変わり、呪いとなって忍を蝕んでいた。


月明かりもわずかな暗闇の森で、忍はいつの間にか意識を手放していた。


それから忍が目を覚ましたのは約2時間後。それも、草木を掻き分けるような物音で目が覚めたのだ。


「寝てたのか……こんな所で。いや、そんな事より近くで音が──」


はっと目が覚めた忍は、この状態でましてや獣が闊歩するであろう森の中で無防備に寝ていた自分に嫌気が差したが、まずは周囲を確認し音の主を探した。


(嘘、だろ……?)


そして音の主を見付けるまでに、大した時間は掛からなかった。約十メートル右側にソレはいたのだから。

月明かりに照らされたソレは、見たこともない生物だった。


一見、超大型の虎のようにも見えるが、虎には頭が一つしかついていない。と言うより、大体の生物が基本的にはそうだ。

だが目の前のソレは違った。


(あ、頭が三つ……え、は?)


驚くのも無理はない。アニメや漫画を除いて頭が三つある虎など、忍の育った地球には存在しないのだから。

ぱっと思いつくのですら神話の類の番犬だ。


口から覗く巨大な牙とだらしなく垂れる唾液。

獲物を探す鋭い六つの金眼は、暗い森の中でも良く目立つ。

筋肉で異様な程盛り上がった背中と、それを支える強靭な四肢。その先には忍の顔程もあろうかという尖爪。


怪物と言うに相応しい姿をしている。


(モンスターって本当にいんのかよ……気付かれたら確実に死ぬ。絶対に音を立てたらダメだ……!)


控えめに言っても状況は最悪だった。

ろくに動けない上に、すぐそこには凶悪なモンスター。戦う術なんてものはないし、逃げる事もできない。


静寂が辺りを支配する中、忍の心臓はうるさいくらいに鼓動していた。


「ガルル……」


血の匂いに反応してか、三つ首の虎はゆっくりと忍の方へと向かってくる。


「なんでだよ……俺が一体何したって言うんだ」


次から次へと襲いかかる絶望を前に、思わずボソリと呟いた。

こんな所で死ぬわけにはいかない。駄目元でもなんでも逃げよう。可能性はゼロじゃないんだ。


しかしながらそう思った時には、もう遅かった。

虎は忍を見つけるとその巨躯に似合わない俊敏さで距離を詰め、前脚で忍の胸を踏み付けた。


全身の骨が悲鳴をあげ、もがこうにもビクともしない。重機でも降ってきたのかと錯覚する程のイカれた衝撃だった。


「ぐはッ……! このクソ猫……ど、けよ」


口調は荒いが声に覇気はない。

そんな忍相手に怯む訳もなく、六つの金眼で睥睨(へいげい)しガチガチと牙を鳴らした。


(ああ、あのクソ共に復讐すら出来ずに死ぬのか……? 冗談じゃねえ。こんな所で死んでたまるかよ)


負けじと忍も睨み返し、どうにか隙はないものかと必死に頭をフル回転させていたその時、


「──おや、こんな所に人がいるとは……さては、シュメルの仕業だな? セロス、あの猫をどうにかしてやっておくれ」


少し離れた所からしゃがれた老人の声が響いた。

老人は目の前の怪物を猫と……まるで野良猫がじゃれた程度のようにそう言った。


「ふん、面倒でしかないけれど……ピグマリオン、貴方の命令には逆らえないもの。だから仕方なく、よ。感謝する事ね、死に損ないの坊や」


セロスと呼ばれた女性は、なんとも棘のある口調ではあるが鈴のように美しい声だった。


そして、次の瞬間には鈍い音をたてて虎の顔面に美しい脚がめり込んでいた。

虎の誇る巨体を持ってしても、彼女の凄まじい蹴りの威力に耐えきれずに吹っ飛んだ。


幻覚でも見たのかと思ったがどうも違うらしい。身を潰すような圧は消え、蹴り飛ばした風圧を確かに肌で感じたのだから。


「──な、なんだお前……?」


先程の虎も忍に十分な恐怖を植え付けたが、それを軽々と蹴り飛ばす目の前の少女の方が忍はずっと恐ろしかった。

三つ首の虎を蹴り飛ばし優雅に着地する彼女は、どうもご機嫌ななめな様子。眉間に皺を寄せて忍を睨みつけている。


蹴りつけたせいで血液が付着しているが、それすらも彼女の美貌を引き立てる道具へと成り下がる。スラリと伸びた脚はまるで彫刻のように美しい。

そこから一歩踏み出し現れたのは、微かな月光を反射させ輝く美しい銀色の髪。


肩まで伸びた髪は一本一本がシルクのようだ。すっと通った鼻筋、そして大きく、思わず吸い込まれそうになる魔力を帯びた真紅の瞳、つまるところ超がつくほど美人だ。


白と黒のメイド服に包まれた躰は、無駄な肉など一切なく、出る所は出ていて引き締まる所は引き締まっている。


「あら、命の恩人に向かってお前だなんて失礼しちゃうわ。ところでピグマリオン、この死に損ないを助けてどうするつもりなのかしら」


ピグマリオンと呼ばれた男性はかなりの老人であり、そんな彼がこの足場の悪い森を平然と歩いてきた事を考えると驚きを隠せない。


ぼろ布のような外套を纏い、ボサボサに伸びた白髪に髭も伸び放題だ。

お世辞にも清潔感があるとは言えないが、髪の間から覗く翡翠の瞳は輝きを失ってはいなく、何か強い意志を感じさせる。


「そう言うなセロス。これも何かの縁だ。それに、放っておけばすぐに死んでしまう」

「お、おいあんたらは一体何者なんだ」


怪しさという点では忍の人生において彼らは群を抜いている。

だが結果として命の恩人という事に変わりはなく、なんとも複雑な心境だ。


「……その前に言う事があるんじゃなくて?」


セロスはため息をついて呆れ顔でそう言った。


「あ……悪い。その、助けてくれてありが、と──」


脅威が去り、緊張の糸が切れたのか一気に視界が暗転していく。

仮眠を取ったとはいえ食事も水分もとれずにいたのでは、体力の回復など些細なものだろう。


「セロス、彼を頼むよ」


ピグマリオンがチラリと忍を見てそう言うと、セロスはあからさまに嫌そうな顔をして忍を担ぎ上げた。


「ふん、腕がない分軽くて助かるわ。いっそ脚と頭も取れてしまえばいいのに」


忍が薄れゆく意識の中、最後に聞いたのは身も蓋もない悪態だった。

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