25話 クソったれな異世界
あれから忍は無事地上に辿り着き、ジバルの元へ向かった。
下水道の仕掛け扉は内側からは普通に開くようで、特に問題としなかった。
が、ジバルの部屋へと続く物置小屋の階段は別にだった。
叫んでも叩いても一向に開く気配はない。見よう見まねで適当な場所に触れてみるがこれも駄目。
「ああくそッ!! めんどくせぇ……ぶっ壊してやる!」
緊急だと言うのに面倒な作りのせいでもどかしい。堪えきれず剣を抜いたその時だった。
内側から扉が開くと、ジバルが神妙な面で手招いた。
「ケイトは、捕まってしまったのか……?」
ソファに腰かけるや否や、深いため息をついてジバルが言った。
忍の隣に彼が居ない時点でそれ以外にはありえない。
「多分な。あいつはアンタの事を信頼していたみたいだし、変に口を割ることはないだろうけど……それでも身を隠した方がいいと思うぜ?」
「そうだな……忍君、君に頼みが──」
「お断りだ。世話になったがそこまでしてやる義理はねぇよ」
ジバルが言いかけた所で食い気味に断った。
おおよそ、ケイトを救い出してくれと言った内容だろう。
ケイトの救出は城に殴り込みに行くとの同義だ。
シュメルとマルクスを殺すのだけでも成功率はかなり低いというのに、そこに余計な作業が加われば更に低くなる。
「……すまない、動揺していたよ。君に頼むのは筋違いだったな」
俯き再び深いため息をついたジバルは、悲しげな表情をして頭を下げ謝罪した。
彼にとってケイトは信頼できる相棒であり、家族のようなものなのかもしれない。
忍はくしゃくしゃと頭をかいて、
「明日俺は準備を整えてもう一度城に潜り込む。ただ一回しか行ってねぇから変な所に行っちまうかもな」
遠回しに助けると言っているようなものだ。ただ、ケイトが城内にいればの話だが。
それを察したジバルは顔を上げ、両手で忍の手を握り、
「忍君……恩に着るよ」
「馬鹿言え、着なくていい」
照れ隠しなのかすぐに手を振り解いた。
その後勝手に対面のソファに腰を掛け、
「ジバルさん、明日の夜までに出来るだけ情報を集めてくれないか? ケイトでもユキでも、なんならシュメルのクソ野郎の事でもいい。ほんの少しでも成功率を上げたいんだ」
目の前の老人がどのようにして情報を集めているのかは分からないが、情報は多いに越した事はない。
特にシュメルやマルクスの情報ともなれば些細なものでも欲しいところだ。
「わかった、私も出来る限りの事はしよう。それと寝泊まりする場所がないなら上の雑貨屋を使って構わんよ。……しばらく休業だ」
「助かるよ。それじゃあな」
それだけ言うと忍は部屋を出ていった。
課題は山積みだ。ある程度城内の構造を把握する事が出来たが、肝心のシュメルの寝室やマルクスの居場所までは突き止められていない。
明日の深夜、急襲するつもりだがせめてどちらかの居場所を知っておきたい。欲を言えば厄介な宮廷魔導師であるマルクスの方だが、この際どちらでもいい。
そんな事を考えながらズケズケと雑貨屋に入っていく。奥の部屋にある物は最低限でベッドなどはなかったが、ソファがあるので十分だ。
「次から次へとトラブル続きだな。本当にクソったれな異世界だ」
風脚で数時間走り続け、その後休息をとる間もなく城へ潜入した。忍の肉体はかなりの疲労が溜まっている。
心情的には今すぐにでも動き出したい所だが、体力を回復させない事には始まらない。焦って動いて殺されたのでは本末転倒だ。
ユキの事もケイトの事も気がかりだが、夜に向けて眠る事にした。
忍が眠りについてから約六時間が経過した頃、ドタドタと慌ただしい足音で半ば強制的に目を覚ました。
時刻は昼前、一体何事かと眠たい目を擦りムクリと起き上がった。
「んだようるせぇな……ジバルさん? なんかあったのか?」
目の前には息を切らし、青ざめたジバルの姿。
何かあったのは言うまでもない。それも、十中八九良くない事だ。
「ま、マズイ事になったぞ! 正午に……正午に広場で公開処刑が──」
「馬鹿野郎ッ!!!」
最後まで聞く事もせず、バッと起き上がりソファに立てかけておいた剣を取り飛び出した。
(わざわざ見せ物にするくらいだ。間違いなく対象は王族のユキだ!性根まで腐ってやがる)
「シュメルぅぅ……!」
可能性としては二つ。ケイトかユキか。
ケイトは騎士とはいえ公開処刑に値するかと言われればそうでもない。敵軍に疎い民主からしたら騎士だろうが雑兵だろうがどちらも変わらない。
しかし王族と言うのなら話は別だ。余程阿呆でない限りそれが国においてどんな存在なのか理解出来る。
逃がした王族を捕らえ、処刑して始めてイリオスは完全勝利を手に入れることになるのだ。
それは即ち、わかりやすい形で民衆へアピール出来るということだ。
正午まであと十分もない。公開処刑と言うだけあって、即刻処刑される事はないはずだが多少時間が前後する可能性は大いにある。
スラム街を抜けると広場はまだ先だと言うのに人集りが出来ている。公開処刑を見物しようと広場へ向かっているに違いない。
「くそ、邪魔な奴らだ。処刑がそんなに面白いのかよ!」
まるでサーカスでも見に行くかのような民衆の表情に苛立ちを覚える。今すぐにでも皆殺しにしてやりたい気分だった。
(普通に行ったら間に合わねぇ……!)
とてもじゃないが掻き分けて進めるレベルではなく、多少目立ってしまうかもしれないが屋根伝いに広場を目指す事にした。
たんっと跳躍し、背の低い家の屋根に登りそこから更に背の高い屋根に移動。
広場までの距離はそこまで遠くない。
ぐるりと辺りを見回すと、明らかに一箇所に人が集まっていた。
その中央にはぽっかりと穴が空いていて、備えられた断頭台が刃を剥き出しにしていた。
そして数名の兵に連れらた金髪の少女の姿。ユキだ。
暴行を加えられた様子はないが手枷をされている。
「くそ、間に合ってくれよ!!」
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