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この身勝手な異世界に復讐を  作者: 吉良千尋


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20話 ユキ・レオノール・フォン・ガメリオン


盗賊に扮したイリオス兵の襲撃から半日後、日は沈みきり月の光が辺りを照らす頃。

忍とユキは馬車をおり、徒歩で王都を目指していた。


他の乗客達は二つ目の街ヘンネルで降りた。王都を目指すと言っていた二人に配慮し、ヘンネルの衛兵に乗客は三人で御者が盗賊に殺されたと話してくれると言っていた。


徒歩なので時間はかかるが、馬車は目立つし何よりまたイリオス兵に邪魔されたのでは夜も眠れない。


と、言ってもほとんどを馬車で進んだので明日か明後日には王都が見えてくるはずだ。


二人は草原の端に木が生い茂っているのを見つけ、なるべく目立たないように草木を被せカモフラージュし、テントを張っている。


このテントはヘンネルで御者をかってでた男、ガンズがわざわざ買ってきてくれたのだ。

金を渡そうとしても「恩人からは受け取らねぇ」の一点張りで、中々頑固だったのでそのまま有難く受け取った。


「あ、忍くん! 見てください、こっちに湖がありますよ! すっごく綺麗ですよ!」


もう寝ようと言う所で、危機感のないユキが周囲を散策している時に湖を見つけたらしく、子供のようにはしゃいでいる。


「朝イチには出るんだぞ。眠たく──」


目の前に広がる光景に思わず言葉を失った。

湖面月光を反射し木々達をそっくりそのままうつしている。その上でホタルのような虫達が淡い光を放ちながら優雅に飛び交っている。

湖の底から顔を出す草は青く発光し、月光と共に辺りを優しく照らしていた。


まるで幻想のようなそんな景色だ。

ユキの蒼く控えめなドレスと、胸元でキラリと光る獅子の紋章の施された首飾りがよく映える。

いつものユキとは違い、王族特有の気高さが垣間見えた気がした。


「すっごく綺麗ですよね」


隣に座り込んだユキが呟いた。

ユキを見るとトントンと隣の地面を叩いている。座れという事だろうか。


忍はその通りに隣に座り、ただ黙って二人で湖面の月を眺めていた。

どれくらいそうしていただろうか。暫くしてふと、ユキが口を開いた。


「私ね、昔からずっと、ずーっと大好きな人がいたんです」

「は? 急になにを」

「ケイトっていう亜人の騎士なんです。すっごく強いんですよ! もう戦争で死んじゃいましたけどね」


なんて事ないような顔で言ったユキに、忍は何も言えなかった。

戦争で死んだ。それは仕方のないことだ。敵も味方もどんどん死んでいく。そんな犠牲を払って得たものは、たいしたことのないものばかり。

残された者の心も殺していくのが戦争だ。


「こんな事になるなら、想いを伝えておけばよかったなって後悔してます。ケイトだけじゃありません。私の知ってる人はみんな死んじゃいました。なんで戦争なんかやるんでしょう。私にはそれが分かりません」


淡々と心の毒を吐き出していく。しかし吐き出された毒はまた、ユキを苦しめている。


「……怖いんです、私」

「怖い?」


腕に顔を埋め、小さく震えている。王族でありながら、やはり一人の少女なのだ。


「未来を前に手足が……心がすくむんです。おかしい、ですよね。さっきあれだけ夢を語った後に……でも今も震えが止まらないんです。何故、私だけ生き残ってしまったのでしょう」


敗戦国は悲惨だ。なまじ亜人を受け入れる国なら尚更攻撃は過激だったはず。

こうして王族であるユキが逃げ延びただけでも奇跡に近い。


「皆がいなくなっていくのが恐い……顔が声が、頭から離れないんです。でもいつか、きっと私は──」

「大丈夫だ。ユキは死なないよ」


何故だろう。ユキとは昨日今日あったばかりだ。

多少の関係性はあるが、とても深い間柄とは言えない。それなのにどうしてそんな事を言ったのか、忍自身分からなかった。


するとユキは驚き、一瞬酷く顔を歪めたかと思うとすぐにそれを消して微笑んだ。


「……忍くんは、優しいんですね」


ユキの目には薄らと涙が浮かんでいる。

それは恐怖からくるものなのか、忍の言葉にあてられたものなのかわからなかった。


「そんなんじゃないさ……冷えてきたな。もう戻ろう」


ユキの表情に心が締め付けられた気がして、逃げるようにそう言った。


「……はい」




忍はユキの手を引きテントに入ると、自然と二人は背を向けあい横になった。

背中に伝わるユキの体温が心地よかった。


この小さな身体で、彼女は一体どれだけのものを背負っているのだろう。

どれ程の恐怖が襲いかかっているのだろう。


(俺はコイツに何をしてやれるんだろうか)


しばらくの間考えてみたが、答えは出なかった。


不思議だった。なぜユキの力になる事を前提に考えているのか。

同情なのか、恋愛なのか、はたまた気まぐれか。考えてみても答えは出なかった。


「忍くん、起きてますか……?」

「寝てる」

「手を……繋いでもいいでしょうか。なんだか、少し不安で」


ユキはそう言うとこちらを向き、承諾してもいない忍の手を取りそっと握った。

小さく細い指からは確かな体温を感じる。こうして隣で震えていても、激しい戦火に苛まれても、彼女は今いきている。

こんな経験など今までになかった忍は、心臓がうるさいくらいに暴れだした。


どうしたらいいのか、何が正解なのかわからない。

ただ人との繋がりは悪くない。そう思った。


「暖かい……今日はよく眠れそうです。おやすみなさい忍くん」

「……おやすみユキ」


そして二人は静かに眠りについた。



翌朝、目が覚めた忍の隣にはユキの姿はなかった。


「ユキ……?」


胸がざわついた。嫌な予感と言うのはこういう事を言うのだろう。

一瞬で覚醒した忍は直ぐにテントを出ると周囲を探したが、ユキの姿はない。

湖にも行ってみたが小動物が水を飲んでいるだけだった。


「あの馬鹿野郎が……!」


彼女の性格からして、王都へ同行すると迷惑がかかると思っての行動だろう。

結末は予想出来た。ユキには戦う術はない。あったとしてもその選択はしない。


忍は苛立ち木に拳を叩きつけた。


「クソッ! 今から全力で追いかけても間に合うかどうか……風脚(ウイング)!」


風脚とは風属性の補助魔法で、脚に風を纏い速度を飛躍的に上昇させる初級魔法だ。

バランスをとるのが難しいが、慣れてしまえばなんてことはない。


忍はテントなどもそのままに、ユキが向かったであろう王都へと急いだ。

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