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11話 月夜の密談


時間にすればほんの一瞬だが、世界から音が消えたように感じた。

忍のすぐ横を通過した斬撃は木々を切り裂き、大地を抉った。それは何十メートルもの範囲にまで及び破壊の限りを尽くした。


ただこれは剣豪の境地。この次の段階もあるとセロスは言っていた。

これ以上の威力となると、先程彼女が言っていた森を消し飛ばすというのもあながち嘘ではないのかもしれない。


そんな境地に足を踏み入れているセロスでも勝てなかった剣聖を司る者とは、一体どれ程の存在なのだろうか。

人の領域から外れているのは確かだ。


ふぅ、と涼し気な顔で大剣を地面に突き刺し満足気な様子。


「こんなものかしらね」


忍はあまりの威力と、スレスレを通った斬撃に言葉を紡ぐことが出来ず、口をパクパクさせている。


「あら魚じゃあるまいし何をしているの? いつにも増して間抜けに見えるからやめた方がいいわ。それとも餌が欲しいのかしら」


と、呆気に取られている忍を見て嘲笑した。


「こ、殺す気かてめぇ!? み、見ろこれ、肩ちょっと掠ってんじゃねぇか! あんなもん人にぶっぱなすとかイカれてるにも程があるぞ!? 」


ようやく我に返った忍は早口でまくしたてた。

よく見ると確かに肩からほんの少しだけ血が滲んでいる。

斬撃と言うよりもその余波の影響なのだろうが、どちらにせよとんでもない剣技だ。


「その程度でキャンキャン喚かないでちょうだい。全く、女々しいったらありゃしない」

「お前のせいだろうが! なんで俺が悪いみたいになってんだよ」

「ああもう、耳障りな猿ね。家に帰ってさっさと寝なさい。近所迷惑よ」

「一体この森の何処にその近所があるのか教えて欲しい所だな!」


忍は呆れた口調でぷんすかとしながらセロスを置いてきぼりにして、さっさと家に帰ってしまった。




先程錬気を纏った斬撃のおかげで大量の木々がなぎ倒され、微かな月明かりがセロスを照らす。


「たまにはお月見も悪くないのね」


それからしばらく何も考えずに月を見ていると、ピグマリオンがこちらへ歩いてくるのが見えた。


「忍くんの調子はどうだいセロス」


あー、とほんの少し考える素振りを見せた後、


「変わらず雑魚よ。せいぜいイリオスの兵士程度じゃないかしら。それとあの子、気味が悪いわ」

「ほう……気味が悪い、と。なぜそう感じるのだ」


ピグマリオンは少し意地の悪い笑みを浮かべた。

それを見たセロスはため息をついて「分かっているでしょう?」と呆れたふうに言った。


「私や貴方に対してはフランクだけれど、なんて言うのかしら……一人で修行している時の眼、あれは尋常じゃないわ。狂人の類よ。日常と復讐の区別がつきすぎていて気味が悪い」


復讐を誓った忍だが、それを二人には見せまいとしている。何気ない、平穏な日常を送ると同時に、煮えたぎる感情を心の奥深くに押し込んでいる。


しかし一人の時は、セロスの言う通り修行に没頭しており、その根源にある復讐心が全面に出ている。


本人が気付いているかは知らないが、その様がセロスには不気味に写っているのだ。


「それほど根が深いと言う事だ。本当なら彼は今すぐにでもイリオスに行き、剣を振るい魔法を使いたいのだろう。だが復讐を果たすには力が足りないと理性で無理やり押さえ付けているのだ。実に賢く、そして愚かな子だよ」


ピグマリオンもそれを察しているのか、少し悲しげな目で虚空を見つめた。


「そうね。きっと……あの子の望む未来は破滅しかない……本人も気付いていると思うわ。そろそろ戻りましょうピグマリオン。身体に障るわ」

「そうするとしようか」


月夜の密談を終えた二人はゆっくりと家に帰った。




翌朝忍がぐっすりと眠っている中、珍しくこの家に来客があった。

家の外では五人の武装した兵士が、ピグマリオンとセロスを囲っていた。


プレートアーマーの胸には、翼の生えた獅子の紋章が施されていて、それはイリオス王国の兵士であることを物語っていた。


「この森はイリオス王国領であり、一般の立ち入りも居住も認められていない。イリオス王国軍の名のもとに貴様らを連行する。大人しく着いてこい」


隊長と思わしき髭の生えた大男がピグマリオンの喉元に切っ先を突きつけそう言った。

どうやらこの兵士達はイリオス王国所属であり、廃棄の森の見回りをしている所、偶然ここを見つけたらしい。


「ふむ、嫌だと言ったら?」


喉元に剣を突き付けられていると言うのに、全く動じる事なく余裕たっぷりに返した。

それが面白かったのか、セロスは後ろでくすくすと笑っている。


「何がおかしい! 貴様ら、抵抗するなら力づくになるぞ」


隊長の言葉と共に、ほかの兵士は即座に抜剣し切っ先を向ける。

よく訓練された兵だと言うのは、今の洗練された動きからでもよくわかる。


だと言うのにピグマリオンは剣を指さし、ニヤリと笑いながら、


「まさかとは思うが、このオモチャで私達を脅しているつもりか?」

「ピグマリオン、笑っては悪いわ。彼らこれでも真面目に言っているつもりなのよ」


やはりと言うかなんというか、二人の間には微塵も緊張はなく遊びのように感じているらしかった。


「~~~ッ!! イリオス王国軍を愚弄するとは……! 連行はやめだ。死にさらせェッ!!」


二人に煽られた隊長は、顔を真っ赤にして命令を下し、突き付けていた剣で喉を貫こうとするが──


「剣が……な、なんだこれは……!?」


キン、と高い音を響かせ喉を貫くはずだった剣は宙を舞った。


「何をしている。私を殺すのではなかったのか?」


ピグマリオンは微動だにしていない。足も腕も全くだ。勿論それは後ろで笑っているセロスも同じだ。

よく見るとピグマリオンの身体には薄い風の膜のような物が張られており、これが剣を弾いた正体だった。


つまりは、身動きひとつせず高等魔法を行使していたのだ。一介の兵士などには何が起こったのか分かるはずもなかった。


「な、何をしているコイツらを殺せェッ!」


命令を下すと、四方を囲っていた部下達が一斉に襲いかかってきた。

上段下段と、あらゆる方向からの軌道だがそれでも二人は動じることはなかった。


「やれやれ、力の差が分からないとは愚かな奴らだな。暴風壁(テンペストウォール)


ピグマリオンはため息をつき、右足でトンと軽く地面を踏む。

瞬時に二人の周りを暴風の壁が囲い、侵入するものを容赦なく弾き飛ばす。


「ぐああっ!」


体の一部が触れた者から吹き飛ばされ、一斉に襲いかかったにも関わらず誰一人ピグマリオンに触れることすら叶わなかった。


「ふふ、まるで叩き落されるハエね」


転がり呻き声をあげる兵士を見て吐き捨てるように言った。

ピグマリオンはゆっくりと隊長に近ずき胸ぐらを掴んで顔を引き寄せると、


「ひ、ひぃっ」

「悪い事は言わん。死にたくなければ身を引く事だな。無知に免じて加減したが──次はないぞ」


凄まじい殺気を込めた一言に、震え上がり本能的に生存の道を選んだ隊長は、恥など気にすることなくコクコクと頷いた。


「去ね、小童が」


そう言って腕を話すと、隊長は兵士を置いて躓きながら不格好に逃げ出した。


「た、隊長!?」


兵士達はその光景に驚きながらも、ここに居たら殺されると感じ取ったのか急いで彼を追いかけて行った。


「逃がしてよかったのかしら。きっと後が面倒になると思うのだけれど」

「どの道変わらんよ。それに小物を始末したとて私の時が動き出すことはない。あの男……マルクス・レイザースを殺さない限りはな」


ピグマリオンの目には遠き日の復讐の炎がまだ息をしていた。


一連の騒動が終わった一時間後に忍は目を覚ましたが、二人はイリオス王国軍と一悶着あった事を敢えて伝える事はしなかった。



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