四幕 調査
「チッ、つまらねぇな」
「おいディアック、脚どけろ。お前、なんでそんな無駄にでけぇんだよ」
軽口を叩きながら隣の席に座った栗毛の偉丈夫を、男は出し抜けに殴りつけて地に転がした。
丸石を粘土繋いだだけの床は街路とほぼ変わらない硬さで、栗毛の大漢はこめかみをしたたか打ち付けたようでしばらく悶絶すると、他の客を掴み下ろしながら反動で立ち上がる。
「何っしやがるてめぇ!!」
「ぁあ、やんのかごらぁ!!」
ディアックと呼ばれた金髪の男は開き直って怒鳴り返し、一触即発の空気が酒場に漂う。
「よっしゃ、喧嘩だ!」
「やれクロウ!そいつの鼻っ柱へし折ってやれ!」
「おい、誰か三味線持ってこい!」
これが表通りの大衆食堂なら静まり返るところだが、裏通りの酔漢達は寧ろやんやと野次を飛ばして盛り上がった。
一方、金髪の益荒男ことディアックと、栗毛の偉丈夫ことクロウは互いにブラウスの袖をまくり、ファイティングポーズでシャドーを放ちながら軽快にステップを踏み、互いを牽制し合っていた。
ディアックが先制、クロウの頬に右フックを打ち込む。
クロウは椅子三つとテーブル一つを豪快にひっくり返して倒れ込み、周囲がどっと笑いに包まれた。
起き上がったクロウは顔を振りながら歩み寄り、にやけ面のディアックの腹部にアッパーをかます。
身体をくの字に折って軽く両足を浮かせた大漢は、しばしの苦悶を越えて上体を起こしてみせた。
だがクロウはその鼻面に左右交互で五発程のジャブを入れ、それからくるりと回って左頬を蹴り抜く。
これには堪らずディアックも転倒し、起き上がろうと手を着いたテーブルをまた派手にひっくり返していた。
どうも脳震盪で上手く立てないらしい。
クロウは観衆を煽るように両手を上げて雄叫びを上げ、酔漢達がチップを投げて囃し立てる。
ようやく回復したらしいディアックが片鼻を親指で押さえて血を噴き出し、腰を落としてタックルの構えを見せた。
クロウは余裕の笑みで謎に頷いてみせながら、ゆっくりとその前方を周回するように歩く。
走り出したディアックの顎を私は蹴り抜いた。
勢いのまま振り返りざま、跳び上がってクロウの頭を両手で抱え、右膝を鼻面に埋め込む。
「ぶっ」
声もなく横転する金髪の益荒男と、鼻血を噴いてひっくり返った栗毛の偉丈夫。
静まり返った酒場の中、私はディアックの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「あんた強いね。ちょっと面貸してくれない?」
*
夜の路地裏には野良犬の遠吠えが響いている。
軒先ランタンの微光に薄く照らされながら、ディアックは胡坐を掻いて傍にいる私を指差した。
「要約するとあれか。あんたはムートンの領主城を探索したい。だが仲間いないから、協力者を募ってるって訳か」
金髪の男を横目に、私は石柱に凭れたまま嘆息して木杯を呷る。
灯りの漏れる扉の向こうから、楽器の鳴る音と男衆の笑い声が響いてきた。
「男は良いわよね。こうやって発散できるんだから。女なんて、家に籠って家事雑用する召使いくらいにしか思われてないんじゃないかしら」
「ベロニカ嬢、俺はな」
ディアックもまた葡萄酒を啜って酒臭い息を吐く。
「女は不幸だってアピールしながら男を貶める女がこの世でいっちばん嫌いなんだ」
「女より弱い男が偉そうね」
「ハッ、上等じゃねぇか。今からやり合ってみるか」
五指を開閉して見せる男に、私は胸を両腕で覆った。
「いやらしい」
「なんだ、そっちの相手をして欲しかったのか?わりぃな、俺は熟女にしか萌えねぇんだよ」
「あっそ。別に興味無いけど」
「……それで?」
私は残りのエールを一気に飲み干し、口下を拭って木杯を道端に投げ捨てた。
カランコロンと乾いた音が小気味好い。
「トリエ銀貨十枚であんたを雇うわ」
「帰んな」
しっしと手を振るディアックの足下に財布を投げる。
彼が袋の緒を解くと、中には銀貨が五枚入っていた。
「残りが欲しかったら夜明けに東門前まで来なさい」
「おい待っ」
金髪の男が立ち上がった時、私は通りの角を曲がり、その姿を隠していた。
*
走っていくと、小鬼達がキーキー耳障りな声で叫ぶ。
スライディングでその懐へ潜り込み、両膝を曲げて踵で急制動。
高方へ跳んで前方宙返りしながら剣を両手で唐竹割りに振り抜く。
ゴブリンの一匹が脳天を真っ二つにされ、断面から桃色の脳髄を覗かせながら、ぐったりと俯せに倒れ伏した。
着地と同時に屈み込むと、左右から剣と槍を突き出した小鬼達が、互いの身体を貫き合って唖然とする。
私は再び立ち上がって、哀れな二匹の首を順番に刎ねてあげた。
「ギャアアリャアアアッッ!!」
ええい。
「があッ!」
背後から踊り掛かってきたゴブリンを振り返りざまに切り落とし、踏みつけにして背中から心臓を突く。
辟易としながら剣を抜いて、血滴を飛ばし払ってから鞘に仕舞った。
それから耳を削いでいく。
いつもながら気分の悪い作業だ。
殺すよりも採取部位の剥ぎ取りが一番堪える。
この制度があるせいで辞めていく冒険者も多いとかなんとか。
「お前さん、いつもこの調子なのか?」
死体の首根っこを両手に二体ずつ携えて胡乱に顔を上げれば、栗毛を後頭部で短く結んだ大男が首裏を撫ぜながら困惑した顔を向けてきた。
「ねぇ、クロウ。私がこの世で一番嫌いなのはね、無駄話で仕事の邪魔をする男よ」
男がため息を吐くと、ゴーストタウンの目抜き通りに野太い声が反響する。
「おいクロウ、嬢ちゃんは無事か?おっ死んでたら金だけ抜き取って帰ろうぜ」
「生きてるわ、残念だったわね」
私の声を木霊させると、しばらくの沈黙を置いて「そうかよ」という投げやりな返事が戻ってきた。
路地から金髪の男が姿を見せると、その後ろには無口そうなドレッドヘアの男と、頬のこけた長身の剃髪が続く。
どうもこの四人はパーティという程強い結びつきはないが、厄介な依頼になると時折組んで仕事をする同僚らしい。
「墓穴は近くにねぇぞ。火葬油は持ってきてるから、適当にその辺で積んでくれ」
ディアックの言に従ってゴブリンを薪状に折り重ねていく。
ドレッドヘアの男も片腕に三体程ゴブリンを抱えており、私よりぞんざいに投げ出した。
「ブラゾン、もちっと丁寧にやれや」
黒髪編み込み男はディアックをひと睨みして、どこかに歩いていく。
「……え、どこ行くの」
「放っとけ。拗ねてやがんだ。その内戻ってくる」
なんて自由な。
金髪の大柄男が瓶の栓を抜き、硫黄臭い液体を死体の上から振りかけていく。
ねちょねちょと脂っこい音が鳴り、私は長身の骸骨男に手を差し出した。
「……」
「鞄返して」
ノッポ君から背嚢を受け取り、中から火打石を二つ取り出して、死体山の上で打ち合わせる。
カツッ……カツッ……。
散った火花が油に引火して、ゴブリン達の亡き骸が炎に包まれた。
足下に置いた麻袋を背負い直し、先頭を歩き出す。
「セルティナ。これ仕舞っとけ」
「…………」
ノッポ、改めセルディナはやはり無言で瓶を受け取り、幾つも背負った鞄のひとつに収納した。
「行くわよ」
「おい、まさかこのまま城にトライする気か?」
ディアックが仰いだ先には、見上げんばかりの巨城が聳え立っている。
「怖いの?」
「いや、そういう問題かこれ」
──ひと際大きい二本の尖塔には、長い縦溝が無数に走っている。
──日に焼けた乳白色の四壁と、淡青の空を背にする紺碧色の屋根。
──周囲の木造家屋よりも高い、のっぺりとした昇降式の門扉。
「閉鎖的で広大で入り組んでやがる。経験上この手の場所は迷宮化してるもんだ。ゴブリン達の根城にされてるくらいならいいがな。下手するともっと上位の魔物が棲み付いていてもおかしくない」
「なら丁度良いいじゃん。ダンジョン攻略があなた達の十八番でしょ?」
「開拓候補地の調査が専門だ。バケモンの討伐は本懐じゃないぜ」
*
ゴブリンの火葬場から適当に距離を空けた廃屋で、私達は小休止を取った。
その後、ブラゾンが帰ってくるのを待って、ムートン城攻略に挑む。
「器用ね」
ロープの先に付いたフックを縄投げの要領で窓溝の縁に掛けたドレッドヘアの男を、私は素直に称賛した。
「お前らはここで待ってろ」
そのまま登っていくブラゾンに、ディアックも続く。
暫く待機していると、唐突に重厚な石扉が上にスライドしていった。
出入口の中央を歩いてくる金髪の男は、門が大き過ぎるせいでガタイの割に小さく見える。
ブラゾンの姿が見えなかったが、あの男の事だからまた単独で探索に出歩いているのだろう。
私達四人は固まって一階から順に城内を見て回った。
広大な割に、内部はもぬけの殻だったと言っていいだろう。
壁には立派な剥製や額縁入りの絵画、柱時計なんかがそのままになっていて、階段の手摺りまで細工が凝らされていた。
長大な会食室や厨房にはまだ使えそうな机や椅子、棚や細々した食器がそのまま保存されており、小鬼達の手が入っていない事が窺える。
「開閉扉は古典的なレバー式だったが、管理室は鉄扉に施錠がされていた。俺はピッキングの心得があったからいいが、北東のゴブリン連中には荷が重かったのかもな」
得意げなディアックを余所に、私は二階へ。
本館は全十階建てで、上層へ繋がる階段は一々探さなければならなかった。
「軍に攻められた時の備えだな。多分王族を逃がす為に直通の裏階段がどっかに用意されてると思うが、まあそう簡単に見つかるもんじゃないしな」
大理石の回廊を歩きながら、吹き抜け窓溝から廃墟と化したムートン遺跡を見下ろしつつ、栗毛のクロウが腕枕をしながらぼやいた。
──最上層、謁見の間。
広々とした割に何もない、小ざっぱりとした部屋だった。
奥に何段か高くなった壇があって、玉座が置かれてある以外、目立った装飾もない。
「杞憂だったかもしれん」
「ほい」
「っと」
ディアックに報酬の銀貨五枚を投げ渡した。
前金と合わせて百トリエ。
「お疲れ様。もう帰っていいわよ」
「お、おう」
「しかしなんだな、城は肩透かしだったんだ。北西の魔術街くらい、ついでに回ってもいいぜ」
「……それなら俺、案内できる」
クロウが二ッと笑うと、セルディナが珍しく口を開く。
私は玉座に腰かけ脚を組みながら、肘掛けに頬杖を突いてふっと苦笑した。
「いいよ、別に。ひとりで割良く稼げる穴場を探してたんだけど、そう上手くはいかないものだね」
「……仲間が欲しいなら、また誘ってやるよ」