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「お母さん、はよせんと! 師匠帰ってまうかも知れんやん。なんで自分から言い出しといて遅れるん?」
「しょうがないでしょ、準備があったんだから」
「いつも仕事ん時もすっぴんのくせに、今日に限って化粧なんかするからや」
「うるさいな」
翌月曜の祝日、そう言い合いながら親子が中古の軽自動車をイオンの駐車場に着け、店の自動ドアをくぐったのは、十七時十分を回ったころだった。二人はわたわた早歩きで、客でにぎわうイオン店内を進み、師匠のいると思われる休憩スペースの前へたどり着いた。
師匠は、居た。
いつものように休憩スペースのテーブル席のひとつに座り、ぼんやりこちらを向いていた。彼の前のテーブルには紙コップ入りのコーヒーが置かれていた。ざわざわ、周囲の買い物客たちの話し声がしていた。
少年が小走りになって師匠の元へ急いだ。その後を母が続いた。
師匠が少年に気付き、片手を挙げた。
「今日は月曜日なのに、珍しいな」
師匠はやってきた少年にそう言った。後から続いて来る母親が、連れだとはすぐには気付かなかったらしい。
母親も師匠の元にたどり着き、立ち止まると、
「あの、いつも息子がお世話になっています。樹の母です」
息を弾ませながら言った。
師匠は少年の母親の挨拶を受けて、驚き、椅子から立ち上がった。ガタ、と椅子の脚が鳴った。
「お母さん? 初めまして。こちらこそお世話になっていて。いやお世話というか……」
そう言って、後はもごもご何か呟いた。
そのおじさんの顔を、母親はじっと見つめた。毛先をコテでふんわり遊ばせている髪を耳にかき上げた。もう一度、息子が最近「師匠」と呼んでしょっちゅう夕食中に彼の話をしてきていた人の、顔をまじまじ見た。
「直己さん?」
口から自然に名前が飛び出していた。
おじさんは、自分の名前が呼ばれたという事象を一瞬理解できなかったらしく、鈍い表情をした。
「直己さん、だよね? 私、萌です。菱山萌」
師匠の鈍かった表情がゆっくり、だんだん変化し、強い驚きがそこに表れた。
「ああ! ああ……めぐちゃん」
それだけ言って、後は驚嘆の表情を浮かべたまま、固まった。
「何? 二人知り合いなん?」
二人の間に立って、左右をきょろきょろ交互に見上げていた少年が、不思議そうに言った。