1-3
「おじさん、焼き鳥焼き始めてどれくらいになるん?」
何の意図があるのか分からなかったが少年がそう聞くので、
「十五……いや、前の店から数えると二十年以上だな」
と答えた。
「二十年! すごいですね」
少年はなぜかうれしげだった。
「いや別に、長く続けるだけだったら誰にでもできるから」
「それじゃあ、あの店の店長さんですよね?」
「……いや、店長ではないよ」
「じゃあ焼き方のいわゆる、あのなんていうん、そう、リーダー社員?」
おじさんはこの質問には答えるのに少し時間がかかった。
「ただのパートだよ。フルタイムのパート。アルバイトと変わらない」
「えっ」
少年は口を半開きにし、よく理解できないといった風の表情を作った。
「だって二十年、焼き鳥焼いてるんやろ? あんなにおいしい焼き鳥焼けるのに、それでパートなん?」
おじさんは若干切なくなった。しかしすっかり感情表現が鈍くなった彼の顔には、表情の変化はほとんど表れなかった。ただ彼はぱしぱしと二回瞬きをして、
「焼き鳥屋の店員も、焼き鳥焼くだけが仕事じゃないから。他に色々仕事があるんだよ。それができないとね」
とゆっくり答えた。
「それはそうなんか知れんけど」
「俺はただ、うまい焼き鳥を作りたいって、そればっかり考えてきたからな。他の仕事がおろそかになってしまっているのかも知れない。でも、正社員にっていう話はこれまでに何度かあったんだよ。ただ、ちょっと俺に事情があって断らざるを得なかったんだ」
「そうなんや」
少年はおじさんの顔に向けていた視線を落とし、履いているサンダルをテーブルの下で前後に動かした。ゴムの靴底が床にこすりつけられ、キュッキュッと音が鳴った。それから気を取り直したらしく、
「でも焼き鳥作りには自信があんねんな?」
と尋ねた。
「まあ、そうかな」
「焼き鳥の作り方のコツって、つまりどういうとこにあるんやろ」
おじさんは少年がなぜそんな質問をするのかよく分からなかったが、なんだか真剣に問うてくるので、こちらも自然と真剣になった。おじさんは腕組みをして考えてから答えた。
「それは究極的に言えば串の返しと焼き上げのタイミングだな。もちろん炭火で焼くなら炭の配置とか火加減の調節、炭に肉の脂が落ちて火が大きくなってしまった時、その火で肉に焦げができてしまうのを防ぐ工夫とか、必要になってくるけど。うちはガスの火だから、そういう工夫は必要ない……。とにかくいかに肉のジューシーさを保たせつつ、中まで火を通して表面をパリッと焼けるか、ってところに尽きると思う」
「いつも何を考えて焼き鳥焼いてるん?」
どうにもテレビか何かのインタビューじみてきたな、とおじさんは思った。プロフェッショナル仕事の流儀、焼き鳥の焼き二十年パートのおじさん店員へのインタビュー〈焼き鳥を焼いている時に考えていることは?〉。
「それは、ひたすらお客さんにおいしい焼き鳥を提供できるようベストを尽くすことを考えてる」
「暑かったり、つまらなかったりならないん?」
「つまらない、って?」
「だっておんなじことずっとやってて、飽きたりせえへんの?」
「ああ、もちろん焼き台の前に立つわけだから、暑いのは暑い。でも飽きるっていうことはないな。少しでもうまい焼き鳥を焼きたいって、常に考えてるから」
そう考え考えおじさんが答えると、少年はまた破顔した。そうして上を向いている鼻の穴からむふー、と息を出し、
「合格や!」
と小さく叫んだ。
「合格?」
おじさんが驚くと、少年は両手を太ももに置いて座ったままぴしっと背筋を伸ばし、
「お願いがあります。僕を弟子にしてくれへんやろか」
と言った。