5 弟子
中学生になった少年には、最近気に入らないことと気に入ったことが一つずつできた。
気に入らないことは、慕っていた焼き鳥店店員の師匠が、少年の説得に応じず結局転勤してしまったことだ。その上師匠は新しい店舗で半年も経たないうちに焼き鳥作りの腕を高く評価され、「天上天下」を運営している企業の東京本社に招かれてしまった。師匠は今や「調理研修担当マネージャー」なる肩書きをつけられて本社勤務となり、S市から更に遠い都内へ引っ越してしまった。
一方彼の気に入ったことは、知らないうちにその師匠と少年の母親の関係が深まって、師匠が月一回はS市の少年のアパートにやってくるようになったことだ。今師匠は少年を正式な弟子にして、一緒に狭いキッチンで焼き鳥作りを毎回してくれている。彼は小さな市販の焼き台を駆使して焼き鳥を焼き、少年と母親がびっくりするくらいおいしい焼き鳥をいつも作るのだった。
そうしてS市に来た週末は必ずアパートに一泊し、日曜の昼過ぎ、少年の母親の運転するワゴンRに乗って最寄り駅まで向かうのだった。
そういう時は、思春期に入って師匠に若干はにかんで応じるようになった少年も、部活の試合などさえ無ければ、ワゴンRの後部座席に乗って駅まで見送る。その道中で、前に乗る二人が、
「……確かに引越しは必要になる。でも俺にも初期費用に充てるくらいの貯金はあるし」
「だって私がそっちに行くとしたって、すぐに新しい働き口が見つかる保証はないでしょう? 直己さん保証できないよね?」
「それは失業保険だって下りるわけだしさ、今転職市場は売り手市場だっていうし、だいじょうぶだって」
「そんなこと言うけど、私東京に住むのなんて十五年ぶりくらいだよ? いっちゃんの転校だって、せっかく今バスケ部に慣れてきたのに……」
そんななかなか進まない話を毎回するのを、少年は車窓の外に広がる関東平野の景色を眺めつつじっと聞いているのだった。――得意のニヤニヤ笑いを頬に浮かべながら。




