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Sランクパーティを育てた男 ~次の犠牲者はよわよわメイド~

作者: セレンUK

「俺はこのパーティを抜けさせてもらう」


「えっ!?」

「ちょ、どういうことだ!」

「何が不満なの? 言ってくれたら直すから」


 突然の俺の発言にSランクパーティ「竜の牙」の面々が驚きを隠せない。


「お前たちはもう十分に強い。俺がいなくても大丈夫だ」


「ま、まってください! 俺はまだ先生の教えが必要です」


 謙虚な態度なのは【剣聖】の称号を持つパーティリーダーのリューク。

 お前はもう力S、素早さSまで成長しただろ。


「そ、そうだぜ、まだ教えてもらってない魔法だってあるはずだ!」


 口の悪いこいつは【魔導騎兵】の称号を持つダナン。もうお前に教える魔法はないんだが。

 知力Sまで成長したんだからあとは自分で覚えろ。


「わ、私たちを見捨てるっていうんですか? 先生のおかげでここまでこれたのに」


 涙目になっているのは【真聖女】の称号を持つマノア。

 同じく治癒力Sまで成長した、聖女の名にふさわしい回復魔法を操る国民的アイドルだ。


「くどい! そもそもFランクの俺がパーティにいるとお荷物なんだよ。これからはその枷を取り払って魔王討伐に力を注いで欲しい」


「「「せ、せんせぇ~」」」


 俺の言葉が本気だと理解した三人は涙ながらに俺を見送った。


「ふぅ。やっと抜けれたか」


 俺は一大イベントをこなしてほっと一息つく。

 ああ、言い忘れた。俺の名前はカイル。【教導】のスキルを持つ貴族の三男坊だ。


 俺のスキル【教導】は、対象を育てるスキルだ。育てると言っても自動で育つわけではなく、過酷な修行を行うことでステータスを伸ばす系のスキル。俺の指導によって巣立った上級冒険者は数多い。直近で育てていた竜の牙のメンバーは俺の最高傑作と言っても過言ではない。それゆえに――


「飽きたんだ」


 成長しきってしまって伸びしろが無い。伸びてもあとわずかという彼らを指導していても面白くないのだ。

 それともう一つ。何人も何人も指導してきた俺だが今回気づいたことがある。その仮説を試したくて仕方がなくなったのでパーティを抜けたのだ。


 ◆◆◆


「戻ったぞ!」


 俺は屋敷の扉をあけ放つ。そんな様子に屋敷にいたメイドたちが驚き顔を浮かべる。

 俺は貴族だがこのヴァリニャーグ家は長男である兄貴が継ぐことが決まっている。そのサポートも次男の兄貴が行っていて盤石であるため、三男の俺は好き勝手やらしてもらっている。


 俺はずかずかと屋敷を歩いて進んでいく。

 俺の歩みを止めまいとメイドたちが横に避けていく。兄貴たちと違って変人の部類に入る俺を避けていると言っても間違いではない。


「ふんふふんふふーん」


 俺は屋敷の中を闊歩し続けて、目当ての人物の前にたどり着いた。


「あえっ!? カイル様!? お戻りになられてたのですか!?」


 鼻歌を歌いながら楽しそうに窓を拭いていたメイドの少女が、俺の姿を見てあたふたする。こいつの名前はメル。こいつが小さなころから付き合いがある馴染みのメイドだ。


「ああ。お前を探していた」


「わ、私ですか!? 何もしてませんよ!? 確かに前回お戻りの時には部屋の魔道具を壊してましたけど、今回はドジってませんから」


「いや、別にお前を咎めるとかそういう事ではない」


「じゃあ、何用で……。あ、まさかお手付きですか!? お目が高い! 私も1年前と比べてぼんきゅっぼんのいい女に成長しましたけど、さすがの神眼ですね!」


「いや、どこからその自信が湧いてくるんだ。1年前と比べてバストは成長してないし、ウエストは2㎝太くなって、ああ、尻は大きくなってるな」


「ちょ、ちょっと待ってください、ストップ、すとーっぷ! 何をナチュラルに乙女の秘密をばらしてるんですか。そんなんだからメイドたちに嫌われるんじゃないですか」


「ふん、正確な値を伝えて何が悪い。成長するにはまず現状把握が必須なんだぞ」


「はぁ……、今回はSランクパーティだったとお聞きしてますが、カイル様は成長してませんねぇ」


「当たり前だ。俺は成長するほうじゃなくて成長させるほうなんだからな」


「開き直らないでください。それで、私を探していた理由を聞かせていただきたいのですが」


「あぁ。メル。お前は長年ヴァリニャーグ家に仕えているメイドで、年数だけでいうとそろそろベテランの域に達するところだが――」


「えへへ、そうなんですよね! 褒めても何も出ないですよ?」


「話をさえぎるな。ったく、ベテランの域に達するはずが、メイド能力値は新人と大差のないノー成長メイド。剣術スキルしか持たない脳筋だっても、それだけメイドをやってれば僅かながらでも上達するものを」


「ぐぐっ、で、でも、くじけずにやってますから。クビになさるのだけはご勘弁をぉ!」


「そうだな。だったら俺のいう事を聞いてもらおうか。断るなら親父に伝えるぞ。親父の秘蔵の100年物のワインを片っ端から割ったことをな」


「ひいっ、それだけはご勘弁を! 夜伽でもなんでもやりますからぁ!」


「言ったな? じゃあこれに着替えて30分後に俺の部屋までこい」


「は、はいっ! これはきっととエッチな服ですね。あああ、大切に守ってきた純潔も今日で最後。天国のお父様、お母さま、メルは今日大人になります……」


「いいからいけ!」


 あいつ、なにか勘違いしてるんじゃないか? まあいい。30分後が楽しみだ。


 ◆◆◆


「か、カイル様っ! この服はなんなんですかっ!」


 30分後、俺の部屋に駆け込んできたメルが開口一番にそう言った。


「なにって、運動着だが?」


「見たらわかります!」


「分かるなら聞くな」


「私だって、覚悟したんですよ? それなのに、それなのに……」


 しっかりと運動着を着こんでワナワナと震えているメル。もう説明するのがめんどくさい。


「よし、今から育成を始める!」


「やっぱりぃ! よわよわメイドの私なんか鍛えたってどうにもなりませんよ。あ、でも、もしかして眠ってる力があるんですか? さすがカイル様、神眼の持ち主!」


「いや、違う。お前は間違いなくよわよわメイドで、剣も魔法も才能がなく、それどころかメイドの才能もないのが俺の目に映っている」


「しょ、しょんなぁ……。元メイド天才美少女冒険者デビューの夢が……。じゃ、じゃあ、それこそ私をしごくよりも他の人をしごいたほうが。ほら、あのテイラー家のお嬢様、若くして魔法に秀でた方がカイル様に師事することを望んでらしたじゃないですか。ね、そちらにしましょ?」


「いや、ほかならぬお前でなくては駄目なのだ。メルよ」


 俺は駄々をこねるメイドの肩に両手を置き、じっとその目を見て説得を試みる。


「きゅぅん」


 なんか目をハートにしているぞ。言っておくが俺はそれなりに顔がいい。貴族なんてみなそんなもんだ。長年にわたって顔がいいのと顔がいいのが交配し続けた結果でもある。だが、俺がやりたい事には顔の良し悪しはまったく関係ない。


「おい、メル。俺に惚れるのはいいが、やることはやってもらうぞ」


「はっ! ダークスマイルに心を奪われるところでした。やっぱり陰のある男性って素敵ですよね! って、これはなんですか?」


「棒だ」


「見たらわかります! これで何をすれば……」


「もちろん素振りだ。ほら、まずは1000回……、いや、1192回だな。いいか、ちゃんと数えろよ。その回数が来たらちゃんとやめるんだ。絶対に超えるなよ? 超えたらワインだぞ」


「は、はひっ! メル、素振り始めます! いち、に、さん!」


 こうしてメルの育成が始まった。

 Sランク冒険者を育て終えた俺がなぜ、ステータス最弱なメイドのメルを育てようと思ったのか、それはすぐに分かる。俺の見立てが間違っていなければ、だ。


「ひぃ、せん、ひゃく、きゅうじゅう、ひいひい、せんひゃくきゅうじゅういち」


 修行回は盛り上がらないから途中は飛ばした。


「せん、ひゃく、きゅうじゅうに……、せん――」


「メル! そこまでだ。棒を置け!」


「はひゃぁ! す、すみません」


 へろへろになったメルが危うく回数を超えるところだった。


「よし、休憩だ。そのままじっとしてろ。ああ、息は整えていいぞ」


「は、はひぃ」


 息が上がって汗だくのメルをじっと見る。俺の神眼は対象のステータスを完ぺきに読み取ることができる。


「よーし、思った通りだ。限界が下がっていない。メル、次は庭に出て50mダッシュだ!」


「ええっ! も、もう体が動きませんよ。それに私はお掃除もしないといけないし」


「大丈夫だ。お前の掃除は他のメイドが喜んでやってくれる手はずだ」


「しょ、しょんなぁ~」


 『代わりのお掃除? 喜んで! なのでカイル様はしっかりとメルにつきっきりでお願いしますね』などとメルの代わりに俺の犠牲になりたくないメイドたちは言っていた。皆大人だ。


 そして50mダッシュを、19セットやらせたところで止めて、目を回して泡を吹いているメルの事を神眼で見てみたところ――


「やはりだ! 俺の考えは正しかった! この方法なら限界値が下がらずにすべてのステータスが伸ばせる!」


 俺はこれまでSランク冒険者を育ててきた。そのいずれも得意なステータスを伸ばす育成方針だったのだが、そうすると他のステータスの伸びが悪くなる感覚があったのだ。それでも一芸に特化したステータスの冒険者は強い。足りないステータスは仲間で補うのが常識なため、問題は無かったのだ。


 育成を受けていない新人冒険者だとしても、ある程度年齢を重ねているのであれば、生活しているうえでステータスに凸凹ができてしまうものだ。

 その点、ステータスオール底辺のメルはまっさらなキャンバスと同じ。俺の思い通りにステータスを伸ばして、他のステータスの伸びが悪くなる直前で止め、全体のステータスを満遍なく上げる。上げたステータスの総量が多ければ多いほど、さらに上限値がアップするので、さらにギリギリを目指して育成していけば、ステータスオールSも夢ではないというわけだ。


「おい、メル! いつまで寝てるんだ! 次は正拳突きを1万2000回だ! ふはははは、楽しくなってきたぞぉ!」


「わ、わたしは、たのしくないですぅ……うえっ……」


 しまった。さすがに限界か。まあいい。時間はたっぷりある。なんせ俺は貴族の三男坊。仕事はしなくてもいい身分だしな!


 ◆◆◆


 話を戻すが、俺は先日までSランクパーティ竜の牙のメンバーだった。俺の戦闘能力は底辺のFランク。

 他人を伸ばすのは得意でも自分となるとその力は及ばない。そもそも自分を鍛えようと思ったことは無い。

 そんな俺が何故Sランクパーティにいたかというと、鍛えた成果を見るのが好きだからだ。強くなってくるとダンジョンで育成した方が効率がいいのもあるが、そもそも俺は鍛えた力がどこまで伸びたのかを直接見て理解するのが好きなのだ。


「だ、だからってぇ、むりむりむりぃ! カイル様、私にはむりですぅ!」


 目の前には首をぶんぶんフッて不可能をアピールするメイドの姿がある。

 何をもって無理だと言うのか。


 そして彼女の目の前にいるのは、サーベルタイガー。鋭く突き出た二本の大きな牙を持つ肉食の魔獣だ。


「問題ない」


「ももも、問題ないわけないじゃないですか! Cランク冒険者パーティが二つくらいでようやく倒せるレベルの魔獣ですよあれ!」


「仕方ないだろ。近くで手ごろに出会える魔物がこれしかいなかったんだから。ほら、ファイッ!」


「ファイッ! じゃないですよ! ひぃぃ!」


「や、やはりだめじゃったんじゃ。わしらの村もこれでおしまいじゃぁ。無料だなんて騙されたんじゃぁ」


 今のセリフは村長。村を襲う魔獣を退治してくれという依頼を出してたからこれ幸いと無料で引き受けた。


「大丈夫だメル。俺を信じろとは言わん。だが、今までお前がやってきた修行を信じろ。修行はウソをつかない」


「修行が信じられないんじゃないですかぁ! あんな修行で強くなれるわけありませんっ!ぎゃぁぁ、き、きたぁ!」


 ぶつくさと文句の多い奴だ。無理な相手にぶつけるわけないだろ。


「ほら、来たぞ。今のお前ならアリをつぶすようなもんだ。どーんとその胸を貸してやれ。あ、胸は無かったな、すまん」


「すまんじゃないです! ぎゃぁぁ、牙がぁ!」


 ギラリと光る牙が今まさにメルに突き刺さらんとするが――


 ――ガギッ


「がぎっ?」


 恐怖で目を瞑ってしまったメルが奇妙な音に、うっすらと目を開けた。


「おおっ! さすがは鍛え上げた鉄壁の胸。サーベルタイガーの牙なんか文字通り歯牙にもかけない!」


「あわ、あわわわ、あわわわわっ!」


「どうしたメル、ほら、反撃だ。今のお前のステータスならハリテ一発で倒せるはずだ。パンチ、パンチ!」


「い、一張羅のメイド服がぁぁぁぁ!」


 ――ばっちーん


「うむ。ステータスはウソをつかないな」


 一撃でサーベルタイガーをのしたメルの姿に俺はうんうんとうなづいた。


「おっとそうだ。防御力もきちんと見ておかないと。どれどれ?」


 俺は呆然としているメルに近づくと――


「おぉ、さすがだ。傷一つ無い。綺麗なもんだ」


 破れた服の隙間から除く肌を観察し、指で触れて無傷であることを確認した。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁ! カイル様のえっちぃぃぃぃぃ!」


 ――ばっちーん


 うげっ……。


 俺はそこで気を失った。


 ◆◆◆


 これはやがて俺が【神域に導く者】と呼ばれるようになる物語。

 ヴァリニャーグ家のできの悪い三男坊が好き勝手やって無自覚にSSSクラス冒険者を育て上げていくお話のほんの始まりに過ぎない。

お読みいただきありがとうございます!

いつも通りオチが落ちなかったので、続き形式に落ち着きました。

たまにはこんな主人公を書くのも面白いですね!


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現在執筆中の長編です。ぜひ読んでみてください!

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