第50話 偽物達の悲哀
ロナ達がアゾム女王の話を聞いている頃。
——ブレードラ地方。ケイト渓谷。
空間が歪む。それは移動魔法の証だった。わずかに空いた隙間から黒い粘液が、ドロリと地面へ流れ落ちた。
液体はスライムのような塊となり、脈動を繰り返す。
大きく、徐々に大きく……。
拳ほどの大きさだった黒い塊が膨れ上がり、人の形状を形作る。やがて、周囲の粘液が流れ落ち、その中から銀髪のダークエルフ……フィリアが現れた。
傷一つ無い肌。しかし、その弱々しい動きは、彼女が相当弱っていることを告げていた。
「わ、私がここまで……」
フィリアが己の手を見つめる。
「再生魔法を使っていなかったらと思うとゾッとするわね」
ロナへ倒される瞬間。フィリアは攻撃では無く再生魔法を放っていた。彼ら魔族の中でも強大な魔力を持つ者のみが扱える上級魔法。死の淵に陥った時、己を再生する魔法であった。
それを己に使ったということは、あの瞬間、彼女はロナに殺されることを覚悟したということに他ならなかった。
「この屈辱……必ず返して見せるわ」
「随分な姿だな」
「だ、誰……っ!?」
暗闇の奥から聞こえる声。フィリアが目を凝らすと、真っ暗な中にローブに身を包んだ男が浮かび上がる。それは彼女が最も良く知る人物、魔王軍知将シリウスだった。
「シリウス。なぜこんな所へ?」
「心配だから見に来たのさ」
彼の言葉にフィリアが頬を染める。しかし、それも悔しそうな表情へと塗り替えられてしまう。
「嬉しいけど……こんな姿、見られたくなかった」
「気にするな。すぐに忘れるさ」
「シリウス……」
彼女の潤んだ瞳がシリウスを見つめる。
そんな彼女に。
シリウスは魔法名を告げた。
「重力魔法」
突如、フィリアの全身が大地へと叩き付けられる。
「かはっ!? シリウス、な、にを……?」
戸惑いの表情を浮かべる彼女の顔を、シリウスは一切感情の籠らない目で見下ろした。
「心配だから見に来たと言っただろう?」
フィリアにかかる重圧がさらに強くなる。
「ぐうぅ……!?」
「君のことだからな。隙を見て逃走しているだろうと思っていた」
「か、は……く、苦しい……」
「だが、幸運なこともあった。私より魔力の強い君が弱ってくれたことだ」
フィリアにかかる重力魔法。それが、明確な殺意を持って発動されていることに、フィリアは気付いてしまう。
「な、何故? わ"だしは……あ"なたを……」
「模造品の感情などいらない」
「あ"」
フィリアへとかかる重圧が臨界点を超え、彼女が跡形もなく消滅する。
その衣服だけが残され、経験値の光となった。
彼女から溢れ出した光がシリウスへと吸い込まれ、彼の体が淡く光る。レベルアップを告げる光。彼は仲間であるフィリアの命を、己が糧とした。
「お前の望み通り1つとなれただろう」
フィリア。お前はその感情をオリジナルだと思っていたようだが、違う。
「我ら幹部はデスタロウズが作り出した傀儡。オリジナル達の模倣をしているにしか過ぎない」
嘘なんだ。全て。
「だが、これで確信した。あのロナという子供が模造品というのは紛れも無い事実」
はは。ずっと追い求めていたというのに面影すら無いとは……所詮私もマガイモノだな。
「まぁいい。後は見守るだけだ。あの娘の成長を」
シリウスが移動魔法を発動し、闇に溶けていく。
その姿は、まるで己以外の全てを拒否しているようだった。
そう。全ては嘘。
私は……私達は……デスタロウズがこの世界に来る以前の記憶より生み出した存在にすぎない。
オリジナルも、この世界に存在しない。私達の物語に何の関係も無い。
偽りなんだ。私の生きる時間も、世界も。
私にとって大切なものなど、何もない。
私にとって唯一本物だったのは……。
ドロシー。君だけだ。
シリウスには何やら別の目的がある様子。次回は再びジェラルドとロナの話をお送りします。