第5話 その男、最弱にして不敗
魔族の尖兵を見たロナは体を震わせた。
「アイツ……す、すごい殺気だよ」
魔族を観察しながらジェラルドが思考を巡らせる。
確か魔族の尖兵のレベルは26以上はあったはず。それに、ロナは今の戦闘で力使い果たしちまったしな。
今のロナじゃ、勝てねぇ。
……ヤツの現れたタイミングとしては最悪だな。
ジェラルドがロナを庇うように立ち塞がる。
「まぁまぁ。こんな子どもが魔王に勝てる訳無いって。な? ここは1つ穏便に……」
「脅威の芽は今のうちに摘んでおく!」
「話くらい聞けっての!?」
尖兵が真っ直ぐロナへと突撃する。
「ロナ! 逃げるぞ!」
「きゃっ!?」
ジェラルドがロナを抱え上げ走り出す。彼の唯一持つスキル「にげる」が発動し、青い光がその体を包んだ。
逃走速度の向上によって戦闘を遮断するスキル……それによってジェラルドの身体能力を飛躍的に引き上げる。
が。
「雑魚が! 逃す訳無いだろう!」
尖兵が低空飛行し、ジェラルドの後を追う。
森を駆け抜けながら、ジェラルドが一瞬尖兵を見る。
あの速さ、中ボスクラスか。やっぱ逃げ切れねぇな。
どうする? 戦うか?
金も今までのタメも無くなるからやりたくねぇけどな。
ジェラルドがチラリとロナを見る。
「ど、どうしたら……」
まだ戦いを覚えたばかりの少女は不安げな顔で後方を見つめていた。
クソ。利用してるだけだろ俺は。
……だけど、ロナが死んじまったら俺も道連れだ。
仕方ねぇ。今は命張る時か。
「ロナ。俺が足止めする。お前は逃げろ」
「そんな! 師匠だけ残して行けないよ!」
「心配すんなって。あんなヤツより俺の方がずっと強い。負ける訳ないぜ。余裕だっての」
もちろん嘘である。
「でも……」
「ロナがいたら俺が全力出せねぇからな〜。あの角曲がったらお前を下ろす。そしたら茂みに隠れて森の終わりを目指せ。街で会おうぜ」
ジェラルドが懐から火炎呪文の巻物を取り出し、尖兵へと向かい投げ付ける。
巻物から放たれた炎が森を焼き、尖兵の視界を遮った。
「ぐっ!?」
尖兵が怯んだ好きにジェラルドはロナを逃した。
「今だ。行け」
「師匠……死なないで。僕まだちょっとしか教わってないよ」
「まかせとけって」
彼女を安心させるように笑みを浮かべ、ジェラルドは尖兵へと向き直る。
「ぐ……っ!? 貴様、雑魚の分際でよくも」
「雑魚雑魚ってよぉ……分析魔法でも使ってんの?」
「当たり前だ。私は魔王軍の脅威を排除するのが役目……その程度の魔法は持っている」
なるほどねぇ。それじゃあ、ハッタリの類いは意味ねぇか。
……。
じゃあ別の方法で行くだけだ。
ジェラルドは大袈裟な仕草で尖兵の後方を指差した。
「あ!? 魔王デスタロウズ様!?」
「何!?」
振り返った尖兵へ向けジェラルドは拳を叩き込む。
「オラァッ!!」
しかし。その拳はあっさりと尖兵に止められてしまった。
「なぜ魔王様の名を知っていたか知らんが……そんな手にかかる私ではない。バカが」
「お前がな」
ジェラルドのドラゴンメイル……そのガントレットがガチャリと開き、中から丸められた紙のような物が飛び出した。
尖兵の視界に、丸められていた紙がハラリと開き、文字が露わになる。
呪文のような……古代文字が。
空中にふわりと舞ったそれは、魔法の巻物だった。
「爆発呪文の巻物!? 貴様!?」
尖兵が咄嗟に顔を庇った瞬間。
猛烈な爆風が巻き起こる。
「ぐあああああ……っ!?」
焼けこげた顔を拭い、尖兵が辺りを見回す。先程まで目の前にいたジェラルドは消えていた。
「しまった!? 逃げられ!?」
「んな訳あるか。もっかい爆発呪文を食いやがれ!」
後ろからジェラルドの声と共に何かが投げ付けられる。
「同じ手を食うか!」
尖兵が振り返り、その物体を腕で払う。
しかしそれは先程の巻物ではなく……薬液の入った小瓶だった。
小瓶が割れ、中の薬品が尖兵に降りかかった。
「ぐおおおおおっ!? ど、毒液……っ!?」
尖兵の体が緑色に染まっていく。それと同時に尖兵は苦しみにもがいた。
「じゃあな!」
ジェラルドがスキル「にげる」を発動し、森へと向かって走っていく。
「がっ……あ……クソがああああああ!!」
飛び上がった尖兵が先程とは別次元の速さでジェラルドを追う。
「死ねええええええぇぇぇ!!」
尖兵がその鋭利な爪から斬撃を放つ。
「あぶねぇ!?」
ジェラルドが逃げながら斬撃を避ける。空間を歪ませた斬撃は、近くの木々を真っ二つに切り裂いた。
「一撃でお陀仏だなこれは」
「絶対殺してやるからなぁ!! 貴様ぁ!!」
「10、9、8……」
ジェラルドが数字を数えながら放たれる斬撃を避け、逃げ続ける。
隙を見て再び小瓶を取り出す。彼はその瓶に満たされた青い薬液を一気に飲み干した。
それは回避率上昇ポーション。その効果がジェラルドに現れた瞬間——。
彼は前方の木を蹴り、再び尖兵へと駆け出した。抜刀の構えを取り、真っ直ぐと敵の懐へと飛び込んで行く。
「諦めたか! 死ね!!」
尖兵が放つ攻撃をジェラルドが交わす。その鋭利な爪先がジェラルドの頬を掠めたが、彼は一切気にすることなく次の攻撃へと身構えた。
「6、5、4……」
尖兵がいくらその爪先を向けようとも、ジェラルドは全て紙一重で交わす。
「な、なぜ当たらん!? 私より圧倒的に弱い男に!?」
それは、ジェラルドが飲んだ回避率上昇ポーションの効果なのだが、怒りに支配された尖兵にはそれに気付く余裕すらなかった。
ジェラルドが数字を数える。
「3、2、1……」
それは、毒液が与えるダメージが、彼の射程範囲に届くまでのカウント。
「あああああ! 死ねええ雑魚がああああぁ!!」
怒りの余り大振りになった尖兵の隙を突いてジェラルドが剣を抜く。
「ガルスソード!!」
剣に刻まれた鶏の刻印が眩い光を放つ。
その光が……尖兵を一閃した。
「な……!?」
尖兵が斬られたはずの胴体へと目を向ける。
「斬られて……ない?」
自身がダメージを追っていないと感じると尖兵はバカにしたような笑い声を上げた。
「はははははは! 雑魚が! 貴様程度の力で私は」
「いや、終わりだよ」
ジェラルドがそう言い放った直後。
尖兵の体に深い傷が刻まれ、その全身から光が溢れ出す。
「が、あ"あああああああああああああ!!」
いくら尖兵が傷口を抑えようとも光は溢れ出る。
「ば、バカなぁあああ……」
驚愕の表情を浮かべたまま、尖兵は光となって消滅した。
その光は、ジェラルドに吸収されることなく天へと昇って行く。
その光景を見ながら、ジェラルドは吐き捨てるように呟いた。
「またタメ直しだよクソ」
ジェラルドの剣「ガルスソード」
臆病者の証——鶏模様の刻まれたその剣は、逃げた回数だけ一度だけ斬撃の威力を上げる武器。世界に数本あるガルスソードの1本。
それは伝説の剣でも、なんでもない、ただの一振り。武器職人の遊び心で作られただけの剣。
だが、スキル「にげる」を持つジェラルドにとって、唯一自身の能力を超える一撃を放てる一振りであった。
ジェラルドがロナに言った「強くなりすぎた」という言葉。それは一部は本当かもしれない。ジェラルドのレベルは10が最大値である。彼はこの2年でそれを嫌と言うほど味わった。
どれだけザコ狩りをして自身を強化しようとしても全く意味が無かった。
ゲーム上ですぐに退場するジェラルドはレベル10までしか設定されていない。
それが彼の限界。
それ以上自分の能力を強化することはできない。
現実と混雑するようなこの世界においてはまるで呪い。そして迎えるべき死の運命。世界そのものがジェラルドを不要だと言っているようだった。
ジェラルドの旅は、自分の限界を知ることから始まったのだ。
だからこそ、ジェラルドは自身の限界で戦う装備を、戦略を編み出した。
だからこそ、ジェラルドは勇者を育てることを決めた。
全て自身の頭で考え抜き、周到に準備したからこそ、ジェラルドは絶対の自信を持っていた。
運命を覆せると心から信じていた。
その自信は、彼の生きる意思そのものであった。
ジェラルド初戦闘回でした!
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