第34話 断ち切る運命
ジェラルドの元へとエオルが駆け寄って来る。
「ジェラルド。雷のエネルギーは溜まったわ。後はアイツに落とすだけ」
エオルが杖を操作しながら雷雲を見た。エオルの動きに合わせて雷雲が渦を巻く。その中では電気エネルギーが光を放っていた。
「ロナのおかげでヴァルガンの目は潰した。ヤツは雷雲に気付いてねぇ……なんとしても決めるぞ。エオルはいつでも発動できるように準備しておけよ」
「分かってるわよ」
エオルが横たわったロナを見る。ボロボロになりながら1人で戦った少女を。
「この子が……必死になって作ってくれたチャンス。絶対に無駄にしないわ!」
「頼りにしてるぜ」
「あったりまえよ。あのトカゲ野郎に目に物見せてあげるわ」
コクリと頷いたジェラルドは、全力で駆け出した。ロナが弾き飛ばしたヴァルガンの槍へと——。
◇◇◇
「頭蓋割り!!」
ブリジットがその体全体のバネを使い大斧を振り下ろす。
「貴様も少しはマシになったが……全くダメだ。あの娘ほどではない」
ヴァルガンが頭上で槍を振り回すと突風が巻き起こる。
「うわっ!?」
一瞬体勢を崩したブリジット。その胴体めがけてヴァルガンが蹴りを叩き込む。
「ぐうっ!? め、目が見えないはずなのに、なぜでありますか!?」
「このオレが視界を奪われた如きで弱体化するとでも? 甘いんだよ!!」
ヴァルガンがその槍でブリジットを突き刺した。
「うあ"ッ!!」
「作られた魔導騎士如きが真の戦士に勝てると思うなよ!!」
「そんなの……! 関係無いであります!!」
槍に貫かれたブリジットが、ヴァルガンの腕をガシリと掴む。
「……なんのつもりだ?」
「貴様はここで負けるであります! ジブン達が絶対に!!」
「ふん……無駄な足掻きを」
ヴァルガンがブリジットから槍を引き抜く。
が。
「……何?」
ヴァルガンはブリジットの力を侮っていた。本来、生物は己の体を傷付けないよう、その力にリミッターがかけられている。
しかし、魔導騎士はその肉体が存在しない。あるのは無機物で作られた鎧だけ。
だからこそ、ブリジットは尋常ならざる力を発揮することができるのだ。
己の鎧と引き換えに。
その力の影響で……メキメキという音共にブリジットの鎧が歪む。
「ぐ……っ!? 離せ!!」
ヴァルガンがブリジットを蹴り飛ばす。しかし、豪将の腕を抱いたまま丸くなったブリジットは、一切力を緩めない。
「絶対に離さないであります!!」
「こんなことをしても何の意味もない!! 決着など着くはずも——」
「いや、お前はもう終わりであります!!」
ブリジットがそう告げた直後、鎧騎士の目に黒い眼帯の男が映る。
豪将が投擲した槍を振りかぶった男が。
「うおらああアアアアア!!!」
飛び上がったジェラルドがヴァルガンの肩に槍を突き刺す。
「が、あああああああッ!?」
苦しみの絶叫を上げるヴァルガン。豪将に向かってジェラルドは言い放った。
「装備を手放すっつーことはな……こういうことなんだよ!!」
ジェラルドの声に怒気がこもる。
それは、ロナを傷付けた豪将への怒り。
それは、作戦の為とはいえ見守ることしかできなかった自分への怒り。
その怒りを解き放つように彼は叫んだ。
「エオル!!! 今だぁあああああ!!!」
叫ぶと同時にジェラルドがブリジットを抱えて走り出す。
その瞬間を待ち侘びたように女魔導士が天へと杖を上げる。
「よくも私達のロナをやってくれたわね!!」
杖が回転する度に上空の雷雲が渦を巻く。
エオルがその杖をヴァルガンへと向けた。
「炎雷魔法!!」
直後。
限界まで蓄積された雷のエネルギーが不規則な動きでヴァルガンへと向かう。
「この感覚……電撃魔法か!? しかし当たらなければどうということは無い!!」
ヴァルガンが大きく飛び退く。
「無駄よ!!!」
エオルが左手を握ると、電撃がヴァルガンを追った。
肩に突き刺された金属製の槍をめがけて。
「な、なんだと!?」
膨大な雷のエネルギー。まるで真竜のようにウネリを上げたそれが、豪将を飲み込んだ。
「ぐああああああああああああ!!!???」
稲妻が辺りに飛び交う。
雷運で暗くなった周囲に朝日のような眩さが巻き起こる。
「が、あ、あ…………」
真っ黒に焼け焦げた豪将は、そのまま動かなくなった。
◇◇◇
「動けないであります……」
「私も……魔力を全部……使い切っちゃった、わ……」
「た、倒したでありますか?」
ブリジットの視線の先には黒焦げになったヴァルガンが立ち尽くしていた。
「いや、まだだ。まだ光になってねぇ」
ジェラルドが懐から回避・素早さ・攻撃力上昇ポーションを取り出し、3つを一気に飲み干す。
「やっぱり、そうよね……」
ヴァルガンへと歩いて行くジェラルド。そんな彼を見てエオルが声をかけた。
「ジェラルド……死なないでね」
「分かってるっての」
「ロナを1人にしちゃダメよ……」
「心配すんなって。元からこの展開は計算通りなんだよ」
嘘である。
ジェラルドがガルスソードⅡを手に入れたのはあくまで保険。できれば先ほどまでの戦いでトドメを刺したかったというのが本音であった。
本当は今にも逃げ出したいぜ……だがよ。
チラリと3人を見るジェラルド。
エオルは座り込み、ブリジットは横たわって身動きがとれない。ロナは先ほどから意識を失っている……ジェラルドには3人が既に限界を迎えていると見てとれた。
コイツらは、俺の為にここまでかけてくれたんだ。
ここで引いたら俺は……俺じゃねぇ。
コイツらが信じてくれた「俺」じゃねぇんだ。
「任せとけ。しっかり俺がケリ付けてやるよ」
ジェラルドがゆっくりとヴァルガンへと歩み寄る。
剣の間合いへと入った時、黒焦げになった豪将の皮膚がパラパラと落ち、ヴァルガンは再び息を吹き返した。
「はぁ……っはぁ……っ……貴様らぁ……よくも……!?」
ヴァルガンが肩の槍を引き抜く。両眼を失い、その体はボロボロ。しかしなお湧き上がるオーラ……豪将の顔は明らかに先程までとは違う「怒り」を抱いていた。
「この気配。弱き男か……っ!」
「お〜やっぱり全身再生するんだなぁ」
ジェラルドが軽い口調で話しかける。
「ふざけた男が……貴様を殺した後全員八つ裂きにしてやる……」
「へへ。豪将さんよ。俺の運命。俺の死。全て断ち切らせて貰うぜ」
炎模様の眼帯の男が、抜刀の構えを取る。
ふざけた口調は彼の虚勢。
尊大な態度は精一杯の強がり。
その心の内は不安で満たされている。
だがそれでもなお、ジェラルドはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
その全てが己に力を与えてくれると、彼は信じているから。彼は、自分自身を信じていた。
弟子の瞳に映った己を、信じていた。
「一撃で殺してやる」
ヴァルガンが槍を叩き折る。
ジェラルドの間合いでは槍は不利と判断した豪将は、長い槍の切先を剣のように持ち、上段の構えを取った。
「ほざいてろ。テメェは伝説の戦士ジェラルド様に打ち倒される運命なんだよ」
「大した力量もない男が!」
ヴァルガンがジェラルドへ向けて踏み込む。
「無理かどうかはやってみねぇとなぁ!!!」
「死ねえぇぇぇ!!」
振り下ろされる豪将の切先。
回避上昇ポーションの効果で、ジェラルドがその攻撃を紙一重で避ける。
鶏模様の剣を抜刀し、魔王軍豪将へと一撃を放つ。
「ガルスソード!!!」
逃走回数254回——。
ジェラルドの最大の一撃がヴァルガンに深い傷を刻み込む。
「ぐぅぅぅ……っ!? だが届きはせん! やはり浅いんだよ!!」
しかし、一撃を受けたヴァルガンはなおも倒れない。
「終わりだ弱き男よ!!」
ヴァルガンが切先を返し、ジェラルドを斬り上げる。
「がはっ……!?」
「ジェラルドぉ!?」
大地へ落ちるガルスソード。
周囲にこだまするエオルの叫び。
空を舞う体、飛び散る血飛沫。
「やはり貴様は弱い男だ! 同じ手を何度も使いやがって!!」
響き渡るヴァルガンの声。
眼帯が宙を舞う。
切り裂かれた眼帯が。
炎が描かれた眼帯が。
突如。
眼帯に青い炎が灯る。
それと同時に……ジェラルドの体にも青い炎が燃え上がる。
「この熱……反魂魔法だと!?」
驚愕の表情を浮かべるヴァルガンをジェラルドの隻眼がギョロリと睨み付ける。
ジェラルドがずっと装備していた「反魂の眼帯」。
それは……装備者が致死量の攻撃を受けた時、1度だけ身代わりとなる装備。彼の財産の半分を注ぎ込んだ高額消費アイテム。
まるでその魂の炎を再燃させるかの如き生命の炎が宿った眼帯。
それが、ジェラルドをかろうじてこの世へ繋ぎ止めた。
「……っ!」
右目を失った男が、大地へと踏み止まり、再びヴァルガンの懐へと飛び込む。
ジェラルドの右足が大きく踏み込まれる。
腰の鞘からガルスソードと同じ輝きが放たれる。
「うおおぉぉぉ!!」
ガルスソードⅡ。
鶏の模様が眩く光り、先ほど与えた斬撃と同じ軌跡を描く。
「クソがああああああ!!」
再び振り下ろされる豪将の切先。
しかし。ジェラルドの方が速かった。
ガルスマンがグランチタニウムと刀身を調整し、僅かに上げた抜刀速度。
そのほんの一瞬が、勝敗を分けた。
一閃。
その後訪れた静寂。
さらにその数秒後。ヴァルガンの叫びが、荒野に響いた。
「が、あああああああああああああああああああ!!!」
全身から光が放たれ、その肉体が光となっていく。
空へと昇っていく光を見つめ、ジェラルドはポツリと呟いた。
「終わった。俺の、戦い……」
仲間、装備、そして己の命。
全てを賭けたことで、最弱の男は、運命を覆した。
ついに運命を乗り越えたジェラルド。
次回。大団円のはずが、ジェラルドは姿を消していて……?
次回は7/4 7:10投稿です。最後までぜひご覧下さい。
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