閑話 第31.5話 少女への頼み
エオル達が合流した少し後。
——レッドツリーの村。
まだ太陽が完全に顔を出していない暗がりの中、村の外れではジェラルドがロナの修行を見ていた。
ロナが目を閉じ、ルミノスソードへと手をかける。
「同時に力を解放しろよ」
「うん」
「ブリジット。頼むぜ」
「行くであります!!」
ブリジットが胸に抱えた小石をロナへと投げ付ける。
「いくよ」
ロナが目を開く。それは力の証、赤い瞳へと変化していた。
彼女を包むオーラと共に、その身体能力が飛躍的に向上する。
ルミノスソードを引き抜き、石を一閃すると斬られた石は真っ二つとなり、地面へと転がった。
「まだまだ行くぞ! 気を緩めるな!」
「うおおおぉぉ! であります!!」
ブリジットが連続で石を投げる。鎧騎士の人間離れした力で投げ付けられた石が、弾丸のようにロナへと向かう。
「はぁっ!」
ロナが石をルミノスソードで断ち切っていく。
「くっ!」
1つ逃した石がロナの顔へと向かう。
「剣は斬るだけじゃねぇと教えたろ!」
「!? そうだ!」
咄嗟に刀身を体に引き寄せ、投げ付けられ石へと当てる。軌道を逸らされた石はロナの頬を掠めて通りすぎた。
「石を斬る訓練なんて何の意味があるのよ?」
様子を見ていたエオルが柵へと寄りかかる。
「ヴァルガンの得意技の中に投擲の技がある。それに対処する為だ」
「ふぅん。ジェラルドはそんなことも知ってるのね。不思議」
「いや、知らねぇことばかりだからよ。せめて知ってることくらいはロナに教えておいてやりてぇんだ」
「ふふ。師匠らしいじゃない」
いつもより真剣な表情の男を見て、エオルはうっすらと笑みを浮かべた。
「ぜ、全部で207個……投げ終えたであります……」
全ての石を投げ終えたブリジットが膝をつく。
「ありがとねブリジット」
普通の瞳に戻ったロナがブリジットを抱き起こした。
「よし。じゃあ次はエオルの炎雷魔法の訓練だな」
「師匠。僕は残ってもいいかな?」
「どうした?」
「ちょっと1人で集中したくて」
真剣な表情のロナの気持ちを察したように、ジェラルドは頷いた。
「分かったぜ。終わったらガルスマンの爺さんの所へ戻ってな」
「うん」
◇◇◇
ジェラルド達が去った後、陽が高く昇るまでロナは1人で剣を振るった。
「はぁっ!!」
彼女の脳裏に豪将の槍が映る。突き、薙ぎ払い、叩き付け。それをイメージしながら攻撃を与えていく。
「力を使ってギリギリ対応できる……力が消えてしまわないよう気を付けないと……」
イメージ上のヴァルガンが槍を振り上げた時、後ろから声をかけられた。
「ロナさん」
「……っ!?」
声に反応したロナが、振り振り向き様に剣撃を放つ。
「え、あ! 止まれ止まれ!!」
ロナが勝手に動いた体を止めようと叫ぶ。それに呼応するかのように瞳の色が元の金色へと戻った。
「わ、わっ!?」
己の体を無理やりに止めるロナ。あまりに強引に急ブレーキをかけた為に地面へと転がってしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「いててて……ってあれ? サリアさん?」
声の主は回復魔導士のサリアだった。
「ごめんなさい。何だか邪魔してしまったみたいで」
サリアが手を伸ばす。
「怪我していませんか? 回復が必要なら……」
「ううん。大丈夫」
ロナがサリアの手を取り立ち上がる。
「師匠ならいないよ」
「いえ、貴方に用があって」
「僕に?」
「ジェラルドは何も話してくれないですが、何か危険なことをするのですよね?」
「……うん」
「そう……ですか」
暗い顔をするサリア。そんな彼女を見てロナは複雑な心境になった。
「サリアさんは何も聞いてないの?」
「ふふ。あの人は昔からあの調子ですから」
「あの調子?」
ロナが首を傾げる。
「ほら、ジェラルドって適当なことばかり言うでしょう?」
「師匠は適当なことなんて言わないよ? だって伝説の戦士だし!」
サリアはジェラルドの性格を知っていた。適当なことや嘘ばかりつくことを。しかし、純粋にジェラルドを尊敬する少女にサリアは面食らってしまう。
「は、はは……そうね。そういうことにしておきましょう」
サリアは、大人な対応をした。
「聞きたいのですが、ジェラルドの眼帯が切れたことはありますか?」
「眼帯? ううん。僕は見たことないなぁ」
「そう。なら良かった」
安心したようにサリアの表情が柔らかくなる。
「……? あ、そうだ。師匠がこの村にいた時のこと教えてよ。聞きたいな」
◇◇◇
ロナはサリアからジェラルドの過去、この村に滞在していた時のことを聞いた。
ガルスマンの元で仕事をし、税を徴収に来た役人を丸め込んで、逆に金を巻き上げてしまったこと。
サリアの治療を手伝う為にボロボロになって森までアイテムを取りに行ったこと。
でも実はその患者が貴族なのを知っていて高額な報酬を要求したこと……他にも様々なことを。
「な、なんだか僕の想像してた話とは違うね」
「ふふ。貴方がその場で見ていたらまた違う風に見えたかもしれませんね。あの人が何かする相手は、ほとんどが悪い噂が立つ人ばかりでしたし」
「そうなのかなぁ?」
彼女が見たことの無い師匠の姿。でも、それは今のジェラルドに繋がっているようで……その全てがロナには新鮮だった。
「いつもあの人は弱……いえ、自信に満ち溢れていて、時々無茶苦茶なことを言う時はあったけど……そのおかげで助けられたことも沢山あるの」
話していたサリアの顔が、急に憂いを帯びる。
「どうしたの? サリアさん」
「どんなに自信家の伝説の戦士でも、不安になることはあります」
彼女がロナの両手を取る。
「だからね。もし、あの人が不安そうにしていたら支えてあげてくれませんか? 私には、出来ないことだから……」
「う、うん」
「それが言いたくて。何をするのか知らないけれど、成功を祈っています」
去って行くサリアの背中に妙な寂しさを感じて、ロナは彼女を引き止めた。
「あ、あの……サリアさんと師匠は、どういう関係なの?」
「今は何の関係もありませんよ」
「い、今は?」
ロナの真剣な顔を見て、サリアが考え込む。
「ただの知り合いですよ?」
サリアの答えを聞いて少女は安心したような笑みを浮かべる。
「頑張ってね。ロナさん」
サリアは、大人の対応をした。
次回からいよいよジェラルド達がヴァルガンとの決戦へ……どうぞお見逃しなく。