第30話 エオルの炎雷
ジェラルド達が剣の材料を集めている頃。
——ガルスマンの鍛冶場から少し離れた森の中、「祈りの滝」。
女魔導士エオルと鎧騎士ブリジットは茂みの中で何かを待っていた。
「出て来ないわね」
「本当にいるのでありますかなぁ? ジェラルド殿の言っていた真竜ザアドは……」
「私も本で読んだことがあるの。電撃を操る竜。ソイツは確かに祈りの滝に潜むと言われているわ」
エオルが杖を握りしめる。
「なんとしてもソイツを観察して、電撃魔法のヒントを得ないと……」
「なぜにそこまで?」
エオルはヴァルガンとの戦いで火炎魔法を切り裂かれたことであることを考えていた。
「火炎魔法は直線に放つ火球。ヴァルガンにとって予測しやすい攻撃よ。烈火魔法は威力が弱い。だから……」
「予測しにくい電撃魔法を習得したいということでありますな」
「ブリジットを復活させた時に電撃を見てね、思ったの。電撃……ううん雷なら私でもできるかもって」
「雷魔法……でありますか? そんなの聞いたこと無いであります」
「考えてることがあるの」
昔、本で読んだ魔法——電撃魔法の源流になる「古代魔法」が擬似的にでも再現できれば……私にとって強力な武器になる。
炎しか使えない私でも……ううん。炎しか使えない私だからこそやるのよ。
エオルの脳裏にブリジットを復活させた時のことが蘇る。
あの時、走り回るブリジットの持つ鉄の斧に吸い寄せられるように電撃が当たった。
電撃は火球とは違って斬られない。そしてヴァルガンの槍を狙えば……。
ヤツに、ダメージを与えられる。
エオルはずっと気にしていた。あの遺跡での戦いで自分の魔法が役に立たなかったこと。そのせいでジェラルドが大けがを負ったことを。
そして、古代の「雷魔法」の話をジェラルドに相談したところ、彼が教えてくれたのだ。
真竜ザアドがこの祈りの滝に隠れ潜んでいることを。
◇◇◇
さらに長い時間を茂みで待つ2人。ブリジットが諦めそうになるのをエオルがなだめ、やがて夜が近付いた頃。
それは現れた。
「ほ、ホントに出て来たであります……っ!」
「しっ。完全に現れるまで黙って」
それは金色の竜。しかし、竜と呼ぶには余りにも異質な姿をしていた。
「翼どころか手も足も無いであります。アレじゃ蛇……」
「いえ、アレは間違い無く竜よ」
「なぜそう言えるのでありますか?」
「それは……」
「我を見ておる者がいるな?」
金色の竜がギョロリと目を回し、周囲を見渡した。
「あ、あんな見た目なのに言葉を話したであります……っ!」
「アレは魔王の放ったモンスターじゃない。古よりこの世界に存在する者よ。魔王はああいう者達を真似て他のモンスターを作ったの。だから真竜。オリジナルだから」
「む、難しいでありますな……」
真竜ザアドが天に向かって顔を向ける。そしてスンスンと匂いを嗅ぐと、エオル達の隠れる茂みへと目を向けた。
「そこかぁ!!」
ザアドの巨大な尾が茂みへと叩き付けられる。咄嗟に茂みから飛び出した2人の間を尾が通り抜けた。
「あ、危なかったわ……っ!?」
「ど、どうするのでありますか!? ジブン達が見つかってしまったであります!」
エオルが真竜を観察する。電撃を発生させる袋のような器官に、全身を包む黄金の鱗。それが、書物で見た姿そのものであることにエオルは息を呑んだ。
この真竜が放つ電撃は原初からのもの。電撃の発生プロセスを見れば、きっと発動原理が分かるはず。
「人の子か」
縦に長い瞳孔がエオル達を捉える。それに睨まれた瞬間、エオルの体にガクガクと震える感覚がした。恐らく、自分よりもずっと強い相手。その意識がハッキリとエオルの脳内に刻み込まれてしまう。
真竜が首を振るった。
「我は今機嫌が悪い。くだらぬ理由で我を待ち伏せしたとなれば、八つ裂きにしてやろう」
「く、くだらなくなんか無いわ!」
エオルが精一杯の声を振り絞る。
「あ、貴方の電撃魔法を見せて欲しいの! 魔王軍の幹部を倒す為に!」
「魔王……か。興味が無い」
「ま、魔王に世界が支配されても良いでありますか!?」
「我には関係無い。帰れ」
真竜がそう言った瞬間。
「火炎魔法!!」
エオルが火炎魔法を放つ。
真竜の胴体に火球が直撃する。
「……なんのつもりだ?」
「私達はアンタを討伐しに来たの! さっさと倒されなさい!!」
「どうしたのでありますかエオル殿!? 観察に来ただけじゃ……」
「こんな所で止まってられないの。ここで引き下がったらジェラルドが殺される! アンタそれでもいい訳?」
「そ、そんなことは」
「ジェラルドはね。私に烈火魔法の使い方を教えてくれたの。火炎魔法しか使えなかった私に」
エオルがブリジットの頭を掴む。
「この意味がアンタに分かる!? 私が!! 初めて使えたの!! 火炎魔法以外の魔法を!!」
エオルの目に涙が滲んだ。
「……アンタだってジェラルドがいなかったら助けられなかったかもしれないのよ? ダメなの……死なせたりなんかしちゃ……」
「そうで、ありますな。皆ジブンを復活させてくれた恩人。誰一人死なせる訳にはいかないであります!」
「そうでしょ。なら覚悟決めなさい!! ここは命張る所よ!!」
エオルが自分に言い聞かせるようにその両頬をバンと叩いた。
「行くわ!」
「行くであります!」
ブリジットが雄叫びを上げ、2人が真竜へ向かう。
「虫ケラが」
真竜が口を開く。首元の器官が小刻みに震える。
「カアアアァァァァ……ッ!!」
大気が、周囲の木々が、真竜を中心に震え、その全身が電撃を帯びる。
振動?
あの器官の振動で電撃を発生させてるの?
いや、摩擦、か。それと魔力が混ぜ合わされて……。
「見えた! 雷の原理!」
ガパリと真竜が口を開く。電撃が集まり、周囲に眩いまでの光を放つ。
「来るわ! 斧を投げて! 早く!」
「……!? 分かったであります!」
「電撃ブレス!!」
真竜の口にから凄まじい電撃が放たれる。
「行けええええ!! であります!!」
放たれた電撃へと全力で斧を投げ飛ばすブリジット。巨大な斧が電撃に当たると、バリバリと電撃を放出しながらブレスが止まる。
放出された電撃が直撃し、周囲の木々が真っ二つに裂かれてしまう。
しかし、そのおかげで電撃の力が分散され、エオル達は無事だった。
「た、助かったであります……」
「ふむ。防いだか。だが次は……」
「次は無いわ!」
エオルが地面へと火炎魔法を放つ。周囲の草木が燃え、辺り一面を炎が照らす。
炎の熱気により、上昇気流が発生する。それと共に目視できるほどの魔力がエオルから湧き上がり、風に乗って流れが生まれていく。
「風が……空に向かって吹いてるであります」
「熱い物は上へ向かう。そこに魔力を流せば……っ!」
上空に登った熱された空気が、急激に冷やされ雲が生まれる。魔力の混じった雲が作られていく。
「よし! 裂火魔法!!」
魔法名と共に小さな火球が複数現れ回転を始める。
エオルが杖を向けると、火の輪となった裂火魔法が上昇気流の中へと飛んで行く。
「回れ!!」
本来であれば弾けさせるタイミングで、エオルが烈火魔法を高速で回転させる。
それにより。
上昇気流に回転が加わる。竜巻のように回転した風が、魔力を帯びる。そして、その上空の雲も気流によって、回転が始まる。
「雲が回っているであります……」
「ボケッとしてないで早く斧拾って、アイツにブッ刺して!」
「り、了解であります!」
ブリジットが地面へ刺さった斧へと走る。
「何をするつもりか知らんがさせるかあああ!!」
真竜がウネリを上げながらブリジットを襲う。
「ジェラルド殿は恩人! それに、ジブンには奪われた仲間を連れ戻す使命があるであります! ヴァルガンを倒して旅に出るであります!」
捕食しようと開かれた真竜の大口目掛けてブリジットが飛び込んだ。
「何!?」
予想外の動きに面食らう真竜。真竜の攻撃をギリギリで交わしたブリジット。鎧騎士が竜の足元へと滑り込む。
「ウオオオオオオオ!!」
ブリジットが竜の体へと向け、斧を振りかぶった。
「崩壊打っ!!」
ブリジットの渾身の一撃が神竜へと放たれる。
「ぐあぁ!?」
竜の胴体深々と巨大な斧が突き刺さる。真っ赤な血飛沫をあげながら竜がのたうち回った。
「今であります!!」
「何をする気だ貴様ら!!」
怒り狂う竜の頭上には、エオルによって人工的に作り出された雲。烈火魔法が発生させた気流が回る。
それが魔力渦巻く雲に摩擦を引き起こし、雷の音を鳴らす。
「アンタお得意の電撃よ!!」
杖を高らかに上げたエオルが魔法名を告げる。
彼女が見た古代魔法。その擬似再現。炎しか使えない彼女が編み出したオリジナルの魔法名を。
「炎雷魔法!!」
告げられた魔法名と共に、巨大な雷が真竜へと落とされた——。
直撃する炎雷魔法。果たして真竜ザアドは……?