第25話 生き延びるために
巻き起こる爆発。
しかし、ヴァルガンは槍を回転させ、襲い来る爆風のダメージを最小限に抑えていた。
「小癪なことを……っ!?」
被りを振るヴァルガンの目の前にジェラルドが飛び込む。
「うおおおおおおおっ!!」
鶏模様が黄金の輝きを放つ。その眩さにヴァルガンの赤い光が細くなる。
「何だ……この光は」
逃走回数254回。
鞘の中を刃が走る。
「ガルスソード!!」
今まで放った中で最大の一撃。ガルスソードの能力を限界まで引き上げた一撃。
それがヴァルガンを捉え——。
「それが貴様の最大攻撃か!!」
ヴァルガンが両腕を開く。
「マジかよ……受けられるってことか!?」
黄金の輝きを放つ斬撃がヴァルガンの体に傷を刻み込む。
「ぬ、ううううううううぅぅ!!」
しかし、ジェラルドの最大の一撃を受けてなお……魔王軍豪将は微動だにしなかった。
「一撃としては重かったが、この程度か!」
ヴァルガンの拳がジェラルドの溝落ちに叩き込まれる。
「がっ!?」
体がくの字に曲がるほどの威力。ジェラルドにとってその一撃を受けることは、賭け以外の何者でもなかった。
い、一撃でこの威力かよ。防御力上昇ポーション飲んでなけりゃ……ヤバすぎる。
ジェラルドの右腕。そのガントレットから回復の巻物が飛び出し、緑色の光が彼を包み込む。
残ってた回復魔法の巻物、使っちまったな……。
「回復か」
ヴァルガンがジェラルドの首を掴み、床へ叩き付ける。
「がは……っ!?」
「師匠!?」
「ジェラルド!?」
ロナとエオルが駆け寄ろうとするのをヴァルガンが睨み付ける。
「お前達はそこで見ていろ。この男が殺されるところをなぁ!!」
「やめて!!」
ロナが叫ぶ。しかし、彼女の叫びとは裏腹にその体は恐怖で動かなかった。
「やめ……て……、師匠……が……」
「どうした男!! 貴様も戦士だろうが!!」
再び石畳へと叩き付けられる。轟音と鈍い音が辺りにこだました。
「があああっ!?」
「貴様のその成りは飾りか!? 戦士ならば反撃してみせろ!!」
何度も何度も叩き付けられるジェラルド。朦朧とした意識の中で、彼は眼帯に触れた。
眼帯は無事……だ……まだ、死んじゃいない……。
ヴァルガンが部屋中に響き渡るほどの声で咆哮する。
「うおおおおおおああああああ!!!」
明らかに怒りのこもった声、明らかな失望。竜の大男が初めて見せた激しい感情だった。
「期待させやがって!! 小賢しい!! 弱い男だクソがあああ!!」
「へ……へへ……めちゃくちゃ怒ってるじゃねぇか……」
ジェラルドがロナへと視線を送る。彼女は悲しみと怒りが入り混じった表情でジェラルドを見つめていた。
あの顔……もうちょい……か……。
「当たり前だ!! こんな雑魚を殺した所で何の意味も無い!! カスだテメェは!!」
ヴァルガンが声を荒げる。それが、彼にとって「強き者と戦う」ことが如何に重要なのかを告げていた。
「カス? 上等だね」
ジェラルドが手を伸ばす。しかし、巻物を放とうとしたその腕は、ヴァルガンに叩き伏せられてしまう。
「ぐっ……!?」
「させる訳ないだろうが」
……ちっ。流石に手の内見せ過ぎたか。
「オレのこの怒り。どうやって鎮めてくれる? 強者と戦えると思ったのによぉっ!!」
「……そんなこと言ってる場合かよ? 俺はとんでもない秘策を持ってるかもしれねぇぜ? 逃げなくて良いのかよヴァルガン」
もちろん嘘である。
それはジェラルドという男が自分を奮い立たせる為の嘘。
そして……。
本当の切り札を呼び起こす為の賭けである。
「欺瞞に満ちた言葉などいらん!!」
ヴァルガンが槍を向ける。
「もういい。貴様など何の価値も無い」
「師匠を……っ!?」
周囲の空気が変わったことを、ジェラルドは見逃さなかった。
これで大丈夫、だ……ロナ……は……。
「死ね。弱き男」
ジェラルド喉元にやりが突き刺されようとしたその時。
声が響いた。
「奪おうとするなぁああああああ!!」
冷たい声と共に放たれる風の斬撃。それがヴァルガンへと襲いかかる。
「その技か。それは既に見た」
ヴァルガンが槍で風の斬撃を切り払う。
が。
真っ二つに引き裂かれたのは……。
魔王軍豪将の愛槍の方だった。
「な……に?」
槍を引き裂いた風の斬撃が、豪将へと直撃する。
「ぐああああああっ!?」
竜の体に深々と刻み込まれる傷。それは、明らかにヴァルガンの放つ物と同質の威力を持っていた。
「な、何だ!? ただの小娘がなぜこれほどの威力を……」
ヴァルガンが一瞬見せた隙。
その瞬間を突いて勇者の称号を持つ少女が懐に飛び込む。
「師匠を離せぇっ!!」
放たれる一閃。
ジェラルドを掴んでいた豪将の左腕は、次の瞬間には中を舞っていた。
「ぐ、おおおおおお!!」
解放されたジェラルドが地面へと落ちる。彼の視界には明らかに異質な空気を纏った弟子が映った。
赤く変容した瞳。全身から放たれる禍々しいオーラ。それは普段の純粋な少女からは想像もできない姿だった。
やっぱりな……そろそろだと思ってたんだ……。
腕を吹き飛ばされた豪将。しかし彼はその姿とは裏腹に歓喜の声を上げた。
「ふ、はははははは! 良いぞ! 今の攻撃はオレの鬱屈とした気分を吹き飛ばしてくれた!!」
ヴァルガンが力を込める。
「は、あ"あああああぁぁっ!!」
切断された腕から、新たな腕が生える。
ジェラルドの元に駆け寄っていたエオルがその光景に息を飲む。
「り、竜人の傷は再生するって本で見たことがあるわ……本当だったの……」
「いいぞ小娘ぇ!!」
ヴァルガンが素手でロナを襲う。ロナはその槍を弾いてその胴体へと剣を叩き込んだ。
「ぐっ!? だがなぁ!!」
ヴァルガンが拳を放つ。それをヒスイの剣で受け止めるロナ。その威力は凄まじく、ヒスイの刀身が一瞬にして砕け散った。
「ヒスイの剣が……っ!?」
「これで条件は同じ! 殺し合いと行こうか!!」
ヴァルガンの放つ拳を避けるロナ。しかし、徐々に逃げ道を失い、追い詰められていく。
ジェラルドが被りを振り、ロナを見る。
「く、う、うぅ……っ!?」
彼女は苦悶の表情で攻撃を避け続ける。その表情が、彼女の体に限界が来ていることを告げていた。
急激なステータス上昇でロナの体にガタが来てる……無理矢理引き起こしすぎたか。
「このままじゃ、ロナは勝てねぇ。今のままじゃ……」
「ジェラルド!? 喋っちゃダメよ!」
「ダメだ。今話さねぇと……俺達全員殺される……」
「でも……すごい傷なのに……」
ジェラルドがエオルのローブを掴む。
「エオル。魔法を使ってくれ。これ以上ロナとヴァルガンを戦わせるな」
「どうした小娘!! 貴様の全力をオレに見せてみろ!」
拳を振りかぶったヴァルガンに火炎魔法が直撃する。
「……何のつもりだ貴様ら? オレの闘いを邪魔するのならば、先に貴様達を殺してやるが?」
ボロボロの体で不敵な笑みを浮かべるジェラルド。彼は、豪将をペースに引き込む為に自信に満ちた態度で語りかける。
「まぁ聞けよヴァルガン。そこのロナはな、まだまだ強くなるぜ。そう、1週間もあればお前と同等の力を持つ存在になる」
「……聞かんな」
「闘ってみたくないか? お前と同等の力を持つ勇者とよ」
「……」
ヴァルガンの沈黙に、ジェラルドは確信した。
魔王軍豪将は何よりも強き者との死合いを好む。これは原作ゲームと目の前の男とで一切のズレは無い。
「どうだ? このままじゃお前はせっかく強敵となる逸材を殺しちまうぜ?」
「……」
だからこそ、ロナがヴァルガンを倒せる可能性を見せれば、時間を稼げると考えた。例え僅かでも、ジェラルド達が魔王軍豪将を倒す準備をするまでの。
「いいのか? このままいけばお前と対等に戦えるヤツが現れるのは何年先になるだろうなぁ……?」
豪将が苦虫噛み潰したような顔になる。そして……数秒の迷いの後、ヴァルガンは口を開いた。
「1週間。嘘では無いな?」
「ああ。約束は守るぜ」
「……いいだろう。だが、逃げれぬようにはさせて貰う」
ヴァルガンが手に光球を生み出し、ジェラルドへと投げる。
「ぐうううう……っ!」
ジェラルドの苦悶の声と共に光球が身体に埋め込まれていく。
「その魔法が埋め込まれている限り、貴様の居場所は手に取るように分かる」
ヴァルガンがロナへと視線を向ける。
「いいか小娘。1週間後。オレはお前達の前に現れる。お前が逃げればこの男は殺す。それを忘れるな」
「なんで師匠を……っ!? 僕を狙えばいいだろ!!」
怒りを露わにするロナに対し、ヴァルガンは笑みを浮かべる。
「戦士のオレには分かる。娘。お前は『己の物を奪われる』ことを最も恐れている。その恐れこそお前の強さの源泉……だからだ」
そう告げると、魔王軍豪将ヴァルガンが移動魔法の魔法名を使い姿を消した。
その瞬間。ジェラルドから力が抜け落ちる。
「ジェラルド!? ねぇ!! ジェラルド!?」
エオルの声が聞こえる。混濁する意識のなか、ジェラルドは笑みを浮かべた。
へへ……1週間、か。
後悔させてやるよヴァルガン。
俺達に時間を与えたことをよ。
ジェラルドの策略によって何とか生き延びることができた勇者パーティ。しかし、1週間後に再び現れるヴァルガン。彼らはヴァルガンを倒せることができるのか……?
ジェラルドの運命の結末をどうぞお見逃しなく。