第16話 幽霊屋敷の戦い
さらに数日の道のりを超え、ジェラルド達はドーケスの館へとやって来た。
辺りは夕方。夕陽に照らされる洋館は、周囲とは不釣り合いなほど立派な外観をしていた。
ジェラルドが周囲を確認する。
周辺に見張りの兵士がいねぇ。普通の貴族の館なら絶対ありえねぇな。
「うぅ……髪がパサパサ。水浴びなんてするんじゃ無かったわ……」
「エオルが水浴びしたいって言ったんでしょ? 文句言わないでよ」
「お前らちょっと静かにしろって。今から屋敷に入るんだからよ」
ジェラルドが2人を集める。
「いいか? 2人共作戦通り動けよ。人間が出て来た場合は間違いなく操られてる。ファントムトーカーが現れるまでは危害は加えるな……ロナはこれで良いよな?」
ロナがコクリと頷く。
「ファントムトーカーは人を招き入れる為に来客は拒まない……だったわよね?」
「ああ……ヤツら日光がある内は姿を表さない。その間に人を招き入れ、深夜に襲う」
「忘れちゃダメだよエオル。狙うのは操り糸。それを切り離せば助けられる」
「忘れる訳ないでしょ」
「よし……行くぞ」
ジェラルドが館の入り口をノックする。
しばらくすると執事らしき男性が戸を開けた。
「……何かご用で?」
無表情な執事。普通の人間とは違和感のある顔付き。ジェラルドはそれに気付かないフリをして考えていた台詞を口にした。
「すまねぇ。俺達旅の途中なんだが、日没までに次の町まで辿り着けそうにねぇんだ。今夜一晩泊めてくれねぇか?」
執事がジェラルド達を見渡す。
「男性1人に女性が2人、ですか」
「ダメかな? 僕達もうクタクタで……」
一瞬考えるような顔をした後、執事はにこやかに笑った。
「いえいえ。お困りの方を助けるのは我らが主人のモットーですから」
◇◇◇
執事に連れられ屋敷の中を歩く。屋敷内では複数のメイド達とすれ違った。
結構な人数の人間が操られてるな。これは。
執事の隙を見てエオルが耳打ちして来た。
「あの執事、急に良い人にならなかった?」
「品定めしてたんだろ。それより、日が落ちるまで襲われないからって気を抜くなよ」
「分かってるわよ」
2階へ登り、客室へと通される。
「この部屋をお使い下さい」
そこはベッドが2つにソファーが1つの小綺麗な部屋だった。
「有り難く使わせてもらうぜ」
部屋に入ろうとするジェラルドを執事が呼び止める。
「何をおっしゃっているのですか? 貴方は別室に案内致しますよ」
「し、師匠は同じ部屋で大丈夫! 僕達冒険者だから気にしないよ!」
「2部屋も使わせて貰うなんて悪いしな」
「いけません。同じ部屋に男女を案内したとなれば私がご主人様から怒られてしまいます。東館にもう一部屋ございます。そちらへ」
……やっぱり分断してくるよな。
仕方ねえ。ここは大人しく言うこと聞いとくか。
「分かったぜ。だけど荷物はこの部屋に置かせてくれ」
そう言うと、ジェラルドが皮袋を置いた。
「ロナ、エオル。この荷物頼んだぜ。俺は自分でなんとかするからよ」
チラリとロナの目を見たジェラルドは部屋を出て行った。
◇◇◇
部屋に通されてから1時間。日もすっかり沈み、月明かりが窓から差し込んだ頃。
ロナとエオルの2人は戦闘の準備を整えていた。
「師匠の荷物の中に薬草がある。エオルも持ってて」
「ねぇ」
「なに?」
「なんでロナはアイツのことそんなに信用してるのよ」
「師匠だし」
「そうじゃなくて。普通あり得ないでしょ。一緒に寝たり抱きついたり……アンタが田舎者だったとしても普通それぐらい気にしない?」
その質問にロナが腕を組む。
「なんで気にするの?」
「なんでって……母親に教わらなかったの?」
「母親なんていないし」
「え、他に家族は?」
「いないよ。僕は気が付いたらシンノ村で生活してたから」
背を向けるロナを見つめ、エオルはなんと声をかければ良いか迷ってしまう。
エオルはロナのようなタイプは初めてだった。知識としてそのような人間もいるのは知っていたが、こうして接するのは。
そっか。この子、ジェラルドに懐いているんだ。ただの師匠じゃなくて……だから私に警戒するのね。
「……まぁいいわ。見過ごしてあげる」
「見過ごすって?」
「ロナがアンタの師匠とイチャついてもってことよ」
「い、イチャ……っ!? 僕は別に……」
「なんだ。ちゃんと恥ずかしがるのねぇロナも」
「う、う〜」
顔を赤くするロナを見て、エオルの中で彼女に対する印象が少しだけ変わった。
ムカつくけど、いいか。私の方が年上だしね。我慢してあげよう。
「待って」
突然。ロナの表情が変わる。
「敵が動き出したみたい」
ロナ達がドアを見ると、ガチャガチャとドアノブが回っていた。
「ジェラルドなら……向こうから声をかけるわよね」
2人が身構える。
「エオルは作戦通り糸を狙って。今なら操り糸が見えるはず」
ロナがそう言ったと同時にドアが勢いよく開く。
「ニンゲン! ニンゲンンンンン!!!」
目が血走ったメイドが部屋へと突入して来た
「ごめんね!」
ロナが剣の鞘で相手のみぞおちを突く。
「う"あ"っ!」
悶絶するメイドが月明かりに照らされる。すると、その体はあやつり人形のように糸で繋がれていた。意識を失わせ人形のように操る——ファントムトーカーの持つ能力の糸が。
「今だよエオル!」
「最小……最小出力で……」
エオルがブツブツと呟きながら杖を糸へと向ける。
「火炎魔法!」
エオルの杖から小さな火球が放たれる。
「ぎっ……」
その火が糸に当たると、他の糸へもあっという間に伝播しメイドを糸から切り離した。
その場に倒れ込むメイド。ロナが彼女へと声をかける。
「メイドさん! メイドさん!」
「う……あれ? 私……なんで……」
「今から簡単に状況説明するわよ。理解はしなくていいから私達に従いなさい」
……。
混乱するメイドを落ち着かせながら、なんとか状況を飲み込ませるエオル。メイドは彼女の腕を掴むとゆっくりと立ち上がった。
「僕に着いて来て」
先頭を進むロナにメイドを連れたエオル。彼女達が廊下へと出る。
「逃すかァ!ニンゲンン!!」
「ごめん! 痛いよ!」
新たに襲いかかったメイドを鞘で殴り付ける。単調な動きのメイドは受け身を取ることができず、階段を転がり落ちていった。
「し、死んでない! ……よね?」
「息してるから大丈夫よ! それより早く! 先にこの人を脱出させるんでしょ!」
階段を降り、倒れたメイドを通り過ぎ、2人は1階の広い部屋へと入った。
ロナが迷わず窓ガラスを叩き割る。
「ほら、早くここから逃げて!」
「は、はい」
椅子を踏み台にメイドが外へと逃げ出す。
「ニガサンゾ!」
「エサァ……ニンゲン……」
新手の敵が部屋へと侵入する。メイド達は生気の無い顔で2人を取り囲む。
「5人……」
「趣味の悪い幽霊ね。こんなに侍らせるなんて」
同時に襲われるたら対処できない……私に広範囲の魔法が使えたら……火を弾けさせるあの……。
……。
あ。
そうか!
エオルが杖を構えた。
「ロナ。私の後にいなさい」
「え? でも5人だから手分けして倒した方が……」
「いいから。今ならできそうな気がするの」
「ニンンゲン捕まえるウウウウ!!」
「オマエモォォォエサにナレェェッ!!」
メイド達が不揃いな動きでエオル達へ向かう。
「そうよ! あの焚き火の時の感覚を応用すれば私にだって、できる!!」
エオルとロナの周囲が熱気に包まれる。
5人の敵を見据えながら、エオルが新たな魔法名を告げた。
それは、彼女が膨大な時間を費やして知識だけは持っていた火炎魔法の発展系。
彼女の経験不足により発動できなかった範囲攻撃魔法。
「烈火魔法!!」
エオルの杖から小さな火球が現れる。
「チイサイ!」
「バカメ、ソンナ魔法ハ効カヌ!」
メイド達が顔を見合わせて笑い始める。
「ソンナモノ、何ノ意味モナイ!」
笑うメイド達の背後にうっすらと影が見える。糸にの伸びる先に漂う不穏な影が。
「ファントム・トーカー本体? でも残念だったわね。お人形遊びはおしまいよ」
杖の先端から新たな火球が現れる。
1つ。
2つ。
3つ。
4つ。
5つ。
小さな火球が現れては、杖の先端を回転していく。やがてそれは本来の火炎魔法と同じ大きさの輪となった。
杖から離れた火炎の輪が天井へと昇っていく。
「弾けろ!!」
エオルが叫んだ瞬間。
火炎の輪が弾け飛び、部屋中に火球を飛ばす。
それぞれの5つの火球がさらに弾け、天井を炎の幕が覆う。その炎がメイド達を操る糸へと引火し、一気に燃やし尽くした。
「グ……ア……」
「チ、カラガ……」
エオル達に迫っていた5人のメイドが、音を立てて床へ倒れ込む。
「ナニィ!? 貴様アァ!?」
姿を表したファントム・トーカー。白い人型の影が空中に現れる。
その影にヒスイの剣を構えたロナが飛び込んだ。
「後ろにばっかり隠れて!」
ヒスイの刃先が十字を描く——。
「クロスラッシュ!!」
「ギャアアアアアアアアッ……ア……ア……」
十字の斬撃が刻まれ、ファントムトーカーが消滅する。そして、経験値の光が2人へと吸い込まれていく。
エオルが安堵の息を吐き、杖を肩に担ぐ。
「まさか焚き火がヒントなんてねぇ……ジェラルドに1つ借りね」
「ほら、師匠ってすごいでしょ?」
「ま、そういうことにしておいてあげるわ」
ロナは無邪気な笑顔を見せた。
エオルの新魔法で危機を乗り越えた2人。一方その頃ジェラルドは……。