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11.弔いの鐘が鳴る地、ザナドゥ

孤児院のシスター・マリア(初登場)視点です

カラーン……カラーン……


乾いた鐘が夕暮れのザナドゥに響きわたる。

弔いの鐘、弔鐘である。

今日も孤児の誰かが死んだ。

誰も知らない昔から毎日鳴っているため、その意味を知らないザナドゥ市民も多い。


シスター・マリアは虚ろな表情で鐘突き台を降りると、まるで自身が死者であるかのような動きで赤ん坊や幼児達のいる部屋に戻る。

まだ22才のシスター・マリアではあるが、顔には深いシワが刻まれ髪には白いものが混じっている。

そう、ここは地獄のような所で彼女はここで5年生きてきたのである。

部屋にはたくさんの赤子と幼児がいるのに泣き声のひとつもあがらない。

あげられない程に皆衰弱し飢えているのだ。

炊き出しはあるが当然十分では無い上に赤子の乳や離乳食となるとまた一段難しい。

泣き声すらあげられぬ幼子をただただ看取るだけしかできない施設。

ここが地獄でなければ何だと言うのだろうか。



マリアは職人夫婦の間の町娘として産まれ、なかなかに美しい器量良しとして良き相手に恵まれるだろうと両親にも期待されていた。

自分でもちょっと良い職長の息子と結婚して跡目を継げるだろうと、庶民としてはバラ色だがささやかな夢を抱く素朴な少女であった。

しかし素朴な夢がかなう程度で許すほどマリアの美しさは並みでは無かった。

貴族の縁者の目についてしまったのである。

庶民としては破格の金額を渡され、やはり素朴な両親はこれなら大切にしてくれるに違いないと喜んでマリアを送り出した。

貴族筋の愛人として、愛情は無くとも良い暮らしだけはできる。

庶民としては抗いがたい運命をマリアはそう受け入れた。

だが、その良い暮らしはわずか半年で終わる。

元より貴族の気まぐれな遊び。

少しでも飽きが見えたら捨てられる運命だった。

庶民出身のマリアはそんな事には気付かず、主の寵愛を長引かせるための効率的な努力ができなかった。


半年でいきなり屋敷を追い出される。

もちろん周到に、使用人の男を何人もくわえこんで遊んでいたからだと無実の罪を被せられた。

パジャマ姿で裸足のまま、仕方なくよたよたと実家に戻る。

両親の困り果てた表情での出迎えが、マリアに居場所が無くなった事を教えてくれた。


あてどなく歩きほうけて町はずれの教会の前に

たどり着いたマリアは何とはなしに祈り、それを見かけた僧達に保護された。

そして簡単な教会の作法を覚えると孤児院へと配属され、シスター・マリアとなったのである。


自分が不幸である、という印象は常にシスター・マリアの中にあったが目の前に広がる孤児院の地獄を見ると不幸にも上には上がいると思い知らされた。

シスター・マリアの奮闘が始まる。



1年目、シスター・マリアはシスター仲間や子供達を励ましながら頑張った。

2年目、シスター・マリアは無力な自分達に嘆き悲しみ耐えた。

3年目、シスター・マリアは神に怒り、呪いながら心を壊した。

4年目、シスター・マリアは心が死に、虫になったかのように子供達を看取るようになった。


そして5年目、ついに頭がおかしくなりきったのか謎の声が頭の中に響くようになった。

始めの内はモゴモゴした音でしかなかったが、何ヵ月もするとはっきりとした言葉として聞こえるようになった。


『世界は終わるべきか? お前が終わらせるか?』


「何言ってんの……この世なんてとっくに終わってんのよ。 目の前の地獄が見えないなんて言わせない」


『我は世界廃滅の七大罪がひとつ、怠惰(スロース)。 我が名を唱え、我に願うといい。 世界よ、止まれ、と……』


「うっさいわ。 お前が死ね」


何が怠惰だ。 神が怠惰だからこそ地上がこんな有り様なのだ、とシスター・マリアは思う。


なぜか最近、猫を一匹孤児院の周りで見かけるようになった。

不思議な猫で常にシスター・マリアをじっと見つめている。


「ごめんね、猫ちゃん。 ここには肉のひとかけだって足りてないのよ。 町の方がまだマシだから町へお帰り」


カラーン……カラーン……


今日も孤児の誰かが死んだ。

弔いの鐘を鳴らす。




そして遂に6年目、救いが突然やってきた。



泣く力も無い赤子を抱き、優しくゆするも声すらあげぬ。

所在無く孤児の門の前で心を空にしていると、岡を登ってくる一人の不思議な男性。

その周りにたくさんの5才から12才くらいの子供達が色鮮やかな服を着て元気に飛び回っている。


「あれは……あの子供達は……」


何人も、いや大半に見覚えがある。 面影がある。

孤児院に一度預けられつつもすぐに自立し、町でやっていくと誓った子供達だ。


子供達はシスター・マリアに気付くと笑顔で駆け寄ってきた。

あっという間に囲まれる。

子供達が口々に「食べ物持ってきたよ!」「服持ってきたよ!」「暖かい毛布あるよ!」と。


シスター・マリアは一瞬で気付いた。

そうか、やっと世界は終わったのだ、と……

あるいは自分が死んだだけかも知れないが、どうせ同じ事だ。

もう苦しみに悩む日々は終わったのだ。


シスター・マリアは現実を正しく認識できなかった。

天を仰ぎ安らかな笑顔になる。


「そう、皆も十分苦しんで昇天したのね。 死後にそんな綺麗な服を着れるなんて」

「シスター? 僕達死んでないよー?」


「いいの、いいのよ。 死の苦しみなんて覚えている必要もない。 さぁ中に入って皆の話を聞かせてちょうだい」

「ご主人様ー! 何かシスターが変ー」


子供達にご主人様と呼ばれた男は岡を登るのに体力を消耗したらしく、手をひらひらさせて大丈夫みたいなハンドサインをしている。

子供達は天使になったに違いない。

と、すれば子供達がご主人様と呼び親しむこのお方は……

神の使徒とされる、始まりの大賢者様か。

片田舎の町に神話がやってきた。

シスター・マリアは混乱に混乱を重ねた頭でそう結論づけた。

だが、混乱の果てに事実の一端を掴んでもいたのである。


子供達が孤児院に飛び込み、食事の準備を始める。

始まりの大賢者様が赤子達の部屋に行き、不思議な片眼鏡をかけるとため息が漏れた。

やはり状態は酷いのだろう、とシスター・マリアは理解する。

始まりの大賢者様は独り言が多いタイプらしく、シスターマリアが近寄って耳を傾けるとこれまた聞いた事もないような言葉が並ぶ。


「軒並み瀕死だ。 こりゃ手間だな。 アイテムボックスから……あったあった。 僧侶系ツリー第9階位の祈念腕輪。 これでいっか」


「【完全治療の聖域(サンクタム オブ キュアフーリィ)】」


青白い聖典紋(魔法使いの魔方陣に相当する)が部屋いっぱいに広がり、赤子と幼児達が淡い光につつまれた。

かと思うと泣き声の大合唱がシスター・マリアを耳を全力で攻撃する。

赤子や幼児はこんなにも大きな声が出せる事をシスター・マリアは6年目にして初めて知ったのである。


「さ、早く乳や離乳食を食べさせてやってくれ。 魔法でも飢えと疲労だけは治せないんだ」


赤子と幼児達を次々と本堂へ運ぶ。

ここに炊き出しの乳や離乳食、食べられる子にはふやかしたフルグラが所狭しと並べられていた。

どれもシスター・マリアが見た事もないものだったが今は赤子達が優先だ。

子供に何人か手伝ってもらって大急ぎで運び込む。


赤子達を全部運び終えたシスター・マリアが始まりの大賢者様に報告しようと部屋に戻ると、大賢者様が難しい顔つきになっていた。

2人の動かぬ乳幼児。 召されたのだ。

大賢者様の到着まで持ちこたえられなかった。

仕方ない。 シスター・マリアも無言で祈りを捧げた。



「まいっか。 やっちゃえ」


大賢者様が妙に軽い言葉を口にすると、腕輪を別の物に付け替えた。


「【死者完全蘇生の大聖域(アークサンクタム オブ レイズデッドフーリィ)】!」


大賢者様は今、何と祈念を唱えたのか!?

とたんに召されていたはずの2人の乳幼児が泣き出した。

シスター・マリアは戦慄する。

自分はたった今、死者が復活する様を見た!

しかし一瞬で冷静になる。

そういえば世界の終わりではそこまで珍しい現象では無いのかも知れない。

そもそも世界が終わったのだからまだ生きてる死んでるなんて言ってる方がおかしいのだ。

終わった世界万歳。

赤子が泣き声もあげられぬ世界が維持されるくらいなら、さっさと終わって生も死も無くなってしまえばいい。


「あれ、どこかからまだ声が聞こえるな……」

「はて、本当に。 赤子と乳幼児はこれで全員ですが」


「……この部屋の2階と地下ってどうなってるの?」

「ええと、上はシスター・クレアとシスター・サーラの部屋で、下は……ああっ! 死体安置所(モルグ)です!」


まさか、まさか!

シスター・マリアは地下へと走り出す。

何日も何ヵ月も前に召された子達までが……!?

階段のある扉を開けた時点で確信せざるを得ない泣き声の大合唱。


ここまでの奇跡にまみえるなんて。

終わった世界に感謝を。


「まずいな……明らかに世話人が足りない。 ここにはシスターが3人しかいないんでしょ?」

「はい、でも赤子達が死んでるよりマシですよ! 一度死んだこの命、いかようにも働いてみせます!」


大賢者様は子供達に指示し、なぜかシスター3人をそれぞれの自室に閉じ込めた。

鍵なんて無いので軟禁ですらないが。


テーブルの上に隙間無くパンやら穀物を磨り潰してミルクにひたしたフルグラというものやハムやらジャムで埋め尽くされ、山盛りになっている。

天使の子供達いわく「シスターが元気じゃないと赤子達も元気になれない、とご主人様のいいつけです。 テーブルの上の物を全部食べて、このお酒を飲んでひと眠りするまでは出ちゃダメ、だそうです」


何を言ってるのかシスター・マリアには良く分からない。

まぁ伊達に5年も飢えていないからテーブルの上の食べ物なんて一瞬だ。

大賢者様の言い付けなら仕方ない、お酒も飲もう。

貴族の愛人時代に飲んだのとは違う、何かのお酒を果実と水で割った軽い飲み口でスイスイ飲んでしまう。

心地良い疲労感と酔いが交互に押し寄せてきてベッドへ向かう。

ベッドはいつの間にか毛布が敷かれ、さらに何枚も重ねてくるまるようにと置いてある。

あんなに柔らかそうな毛布に何枚もくるまったら、弾んでどこかに転がっていってしまわないだろうか。

しかし終わった世界ならそんな楽しい事もアリだ。

あるいはこのまま永遠の眠りにつけるのかも。

天使の子供達の笑顔と赤子達の元気な泣き声を頭の中にリフレインさせながらシスター・マリアは眠りについた。


生まれてこの方、一番幸せな寝入りだった。

一瞬で寝入ったのが残念に思うくらいに。



目が覚めた。


あれ? 世界の終わりは? 永遠の眠りは??


見ると毛布に何重にもくるまっている。

テーブルの上には飲み残しのお酒と食べかけのハム入りパン。

おかしいな。

終わったはずの世界が続いてる……


意味が分からず部屋を出ると、シスター・クレアとシスター・サーラも首をかしげている。

2人とも私と似た事を考えているに違いない。

しかしこうなると、いよいよ疑う余地が無くなってくる。

一番年上のシスター・サーラがシスター・マリアとシスター・クレアの手を震えながらも優しく握り包む。


「これは夢では無いのかも知れません。 私は自分の心が壊れたと思っていました」

「私もです。 死に際に見る夢だと」


やはり、とシスター・マリアは頷く。

自分の事を全力で棚上げして、2人に告げる。


「もはや疑う余地などありません。 ザナドゥ孤児院に大賢者様の救いが訪れたのです」


3人は現実を認め、長い間耐え忍んだ苦労が報われた事を知った。

いつまで続くかは分からない。

しかし、赤子が大きな声で泣ける時代が来たのだ。

3人は肩を組むようにして泣いた。

思えば自分達も涙なんて枯れていた。

そうだ、涙ってこんなに熱いものだったのか。



弔いの鐘はもう鳴らない。

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