『オリハルコン』は直せない
某所のお題を消化する小説です。
お題:ドワーフ
轟々と燃える炉の中から、真っ赤に焼けた鉄を取り出す。金床の上に置いたそれを、構えたハンマーで思い切り叩く。
響き渡る金属音。弾け飛ぶ火花。
異なる金属を重ね合わせ、折り返し、その強度を上げるためにひたすら叩く。
炎の音と鉄の音。場を支配する音は二つのみ。番台を挟んだ向こう側には売り物が並んでいるが、それを見て回る客の姿はない。
町を離れて山道を登ること三十分。この場所へ来るにはそれだけの労力が必要である。麓の町民が農具や調理器具を買いに来ることもあるが、決して頻度は高くない。一度買えば、人の一生分くらいは使えるからだ。そうでなければ、何かの拍子にここの存在を知って、興味本位で覗きに来る物好きくらいだ。
頭の隅の隅でそんなことを考えていると、どうやら本当に物好きが来たらしい。入口にぶら下げているベルの音が、尖った耳に聞こえてくる。気だるげに息をつくと、打っていた鉄を樽の水に放り込み、よっこいしょと立ち上がる。鉢巻が吸い切らなかった額の汗を拭い、番台の方へ向かう。
「……ほう、魔術師に修道女、剣士二人、いや、一人はどっちメインだ? まぁいいや。バランスは悪くなさそうだが……九十九人が二人とは珍しい」
まっさきに目が行くのが服装や装備なのは、職業病のようなもの。そこから視線を上げていき、相手の顔を見てわずかに目を見張る。黒いローブや白い修道衣の少女の姿は、よく見る格好だ。だが男二人、というよりもその二人の黒髪は、ここのような内陸部では珍しいものだった。ましてや一人は、遠く離れた島国の、着流しと呼ばれる装束姿。人より長く生きている身でも、何十年かに一度、いや百年に一度単位でしか見たことがない。そんなレアな人物が現れたのだから、驚くのも無理はなかった。
着流しの男が、軽く頭を下げる。
「この身は確かに。なれど――」
「もうお一方は、島国連合九十九の出身ではありません。こちらは聖門の彼方、日本から参られました、当代の『勇者』様です」
「なんだと? サンクトゥスが喚んだとかいう話は何となく耳に覚えがあるが。こいつがそうだってのか」
修道女の言葉に眉根を寄せて、『勇者』と呼ばれた少年を見る。相手はというと、こちらを見上げて間抜けな面を晒していた。
「……え、これが、ドワーフ? だ、ダークエルフとかでなく?」
「おう小僧、俺がドワーフでなんか文句あんのか」
ドスの利いた声音で言い放ち、鍛冶師は少年を睥睨する。
少年がイメージする『ドワーフ』とは、人間よりも背が小さく、屈強で髭もじゃというものだった。
しかし、今目の前にいるのは、浅黒い肌の大男。髭面というよりかは無精ひげで、視線と同じく尖った耳が、人間とは異なる種族を感じさせる。人間だと五十代ほどに見える顔つきだが、果たして。
「ご無礼申し訳ありません。門の彼方は、こちらとは理を異にする世界です。同じ言葉でも、示す内容が異なることもございましょう。以後気をつけますので、ここは一つご容赦いただきたく」
「そこまでへそ曲げてるわけじゃねぇがな。んで? 俺ぁこの鍛冶屋のアイザックだが」
そう名乗った鍛冶師が四人に目を向けると、修道女が会釈し名乗りを始めた。
「失礼いたしました。私、門教聖域サンクトゥスより、勇者様の旅に同行しておりますアミリアと申します」
「ミーミルの魔術師、リオ・ベラドンナよ」
「黒井津譲二。日本からきた勇者だ」
「クロウ・レイス。以後、よしなに」
シスター・アミリアを筆頭に、順に名乗りを上げていく一行。特に驚くこともなく、アイザックは訪ねる。
「で? 要件は何だ?」
「あっ、そうだ、本題だ。こいつ!! こいつを見てくれ!!」
思い出したように声を張り上げ、ジョージが何かを番台の上に載せてくる。赤みがかった光沢のある金属の棒が二本。否、それは一本の剣が、中ほどで両断された姿だった。
長さとしてはブロードソードといったところか。刀身はやや分厚く、刃も丸まっていて到底役に立たないように見える。そんなものを造った覚えはないが、しかし、鍛冶師はどこかで見たような覚えがあった。
「なんだこの鈍は……いや、なんか見覚えがあるような……こんなもんを作った覚えはないが……」
「嘘だろ!? ここで造られたって話を聞いて来たってのに!! 『勇者の剣』だぞ。オリハルコンだぞ。ドワーフが造ったんじゃないのかよ!?」
ジョージが声を張り上げてまくしたてる。その中身が、アイザックの耳に引っかかった。
「うん? オリハルコン? 造った……あぁ、そうか、そういうことか。あん時のあれをまた見る日が来るとはなぁ」
心当たりを思い出し、話が見えて得心する。特に感情もないような顔で、こともなげに言い放つ。
「なるほど、それなら確かにここで造られてたやつだ。親父の仕事だ。だが正確じゃねぇな。こいつぁドワーフが『オリハルコンを目指して造った魔法金属の試作品の一つ』だ。本物のオリハルコンは、この世のどこにもありゃしねぇ」
その言葉に、四人は驚きの表情を見せた。顕著なのがジョージで、目に見えて愕然としているのが分かる。
「……うそ、だろ? だって、ドワーフが造った伝説の魔法金属だって、かつての『英雄』が使った魔法剣だって……」
「門の向こうでもそういう話があるのか。残念なことに、門のこちら側でもオリハルコンってのは伝説の上にしか存在しねぇ金属だ。ドワーフがその再現、あるいは実現に向けて研究しているがな」
言いながら、番台にある剣の残骸を手に取る。その断面を見ながら、アイザックが続ける。
「金属と魔力を融合させる発想は昔からあるが、今だに成功してるとは言い難い。混ぜるだけならできるが、元々相性がよくない。故に剣に混ぜた魔力はほっとくと空気中に抜けちまう。そうなると金属の結合も緩むから立っていた刃も丸くなる」
「じゃ、じゃあ、『勇者にしか使えない』とか『勇者にしか抜けない』ってのは――」
「あ? 何かに刺さって抜けなくなってたのか? だったら刺さったあと長いこと放置されて、魔力が抜けて膨張したから抜けなくなったんだろ。おまけにこいつぁ結構な魔力を注ぎ込んでたはずだから、当初のまともな形を維持しようと思えば、確かにかつての英雄くらいの魔力を剣に預けなきゃなんねぇな。一般の戦士系の奴はそこまで魔力鍛えねぇし、魔術師ならやれるかもしれねぇが、そもそも魔術師は剣に興味ねぇ。あるいは興味ある奇特なのが出てきたとして、自分が持つ魔力のほとんどを取られるのは恐怖を感じるこったろう。だから抜けるやつがいなかった。そんなとこだろ……にしても、ずいぶんと綺麗に斬られたもんだ。誰がやった?」
「不肖、手前が」
呟くような鍛冶師の疑問に答えたのは、無表情のクロウだった。アイザックが尋ねる。
「九十九の剣士か。何故?」
「恥を忍びて申し上げれば。道中、このジョージと意見を違え、武を示さんとした際に」
「……ハハッ、喧嘩に負けて斬られたってのか。こいつぁ傑作だ。その差してるやつでか? 見せてみろ」
言われたクロウが、帯に差していた刀をアイザックに預ける。アイザックは躊躇いなく抜き放ち、刃筋を確かめる。
「相変わらず、九十九の鍛冶はいい仕事してやがる。お前さんの手入れもちゃんとしてるな。斬鉄をやったにしちゃ刃こぼれが少ない。ずいぶん腕が良いようだ」
「恐悦至極」
「まぁこのままじゃあもったいねぇからな。直しと研ぎ入れてやる。三日ほど預かっていいか?」
「構いません。よろしくお願いします」
「おう……で、お前はどうする?」
クロウの刀を鞘に納め、ジョージに目を向ける。少したじろぎながら、ジョージが口を開く。
「ど、どうするって……?」
「事情は分かった。俺のとこに来たのは、コイツを直してほしいとかそういうことだろう。だが、こいつぁさっきも言ったとおり試作品の出来損ないだ。紛いもんで満足されちゃあ俺らドワーフの名折れに繋がるってなもんだ。剣が欲しけりゃあ他のをくれてやる。だがこいつを直せってのは御免だな」
「そ、そんな!? 伝説の勇者の剣だぞ!! 勇者の象徴だぞ!! この剣無くして何が勇者だと――」
「小僧、勘違いしてんじゃねぇぞ。確かにこいつはかつて英雄が使った剣、英雄が持ってた剣だ。だがな、『この剣を持ってたから英雄になった』んじゃねぇ。『英雄たる偉業を成した男がこの剣を持っていた』だけだ。当時の英雄が何にこだわったか知らねぇが、そんでもドワーフが折れるに足るもんがあった。だからこいつを持てた。だが今のお前からは、そんなもんは何も感じられん。今後もそいつを使うつもりなら、そいつでなきゃならねぇ理由引っ提げて出直してこい。話はそれからだ」
有無を言わさぬアイザックの剣幕に、少年は完全に気圧された。相手が黙り込んだところで、鍛冶師は女子二人に目を向ける。
「で、あんたらは用向きは?」
『と、特にないです』
「じゃあ話は終いだ。三日後に来い。今日はもう閉店だからな、帰った帰った」
二振りの剣を番台に置いたまま、アイザックは四人を店から追い出し、看板をひっくり返して鍵をかける。しばらくはジョージが何か喚いていたが、仲間に宥められて退散していった。
二百年ほど前のことを思い出し、溜息を一つ。
「あれが当代の『勇者』ねぇ……前のとは違うな」
そう呟くと、残された剣を工房へ運ぶ。アイザックは炉の様子を見て、火力の調整を始めた。