第五話:ドロシーと出会う
洞窟の前の山道を、肩掛けカバンを抱えたスカート姿の女の子がドタバタと走っている。
髪の毛は金髪。それをポニーテールでまとめている。
女の子の背後に青色のスライムが迫ってきた。
どうやらスライムに襲われたらしいな。
「キャ!」
女の子がスっ転んだ。
スライムが今にも襲いかかろうとしている。
まあ、助けてやるか。
あれは最弱スライムだな。
俺は鼻くそ弾をスライムに向けて発射。
ドスッ!
あっさりと命中して、スライムは崖から転げ落ちて行った。
「あいたた」と足をおさえて痛がっている女の子に、フワフワと浮かびながら近づいて声をかけた。
「おい、大丈夫かよ」
「あ、はい、助けてくれてありがとうございますって……ひえー!」
女の子は俺の姿を見て、仰天しているようだ。
腰を抜かしたのか、腕をつかって這いつくばりながら逃げようとしている。
「あ、あの、私、食べても全然美味しくないですよ!」
「別にお前を食べるつもりはないよ」
下あごの牙を使って女の子の背中の襟をひょいと引っかけると、洞窟まで運んでやることにした。
女の子は空中で両手足をバタバタ動かして騒いでいる。
「本当に美味しくないんですよー! 信じてー!」
「だから食べるつもりはないって言ってんだろ」
洞窟の中に入って、エディが使ってた軟膏薬を見せる。
「それを転んですりむいた足にでも塗ったらどうだ」
「あ、はい、ありがとうございます。で、あの薬を塗り終わったら、食べるんじゃないですよね」
「だから食べねーよ! だいたい、俺は石しか食わないんだ」
女の子が足に軟膏薬を塗っている。
たいしたケガではなさそうだ。
「それにしても、なんでこんな辺鄙な山道を歩いてたんだ」
「私はここからもっと上の方にある別荘に住んでいたドロシーと言います。魔法の修行をしたくて出てきました。そしたら途中でスライムに襲われたんですよ」
「スライムも倒せないのに旅に出るって、お前大丈夫なのか」
「はあ、なんとかなるかなあって」
なんだか能天気な女の子だなあ。
ここからもっと山奥って相当なド田舎だな。
別荘に住んでいたって、どこぞのお嬢様かね。
「魔法使いなら、軟膏なんて塗らなくても自分で治せないのか?」
「えーと、一応回復魔法は使えるんですけど、私はほんの初心者なんで、自分のケガは治せないんですよ」
エディの奴もケガした時は回復魔法なんて使わずに軟膏を塗ってたなあ。
あの野郎、初心者程度の魔法使いだったのか?
なにがエリートだよ、落ちこぼれじゃねーか。
情けない奴だ。
しかし、その落ちこぼれの魔法使いに負けた俺はもっと情けないな。
「ところで、岩石男さんはなんでこんなところにいるんですか」
「ん? なんで俺が岩石男って知ってるの」
「山道を下る途中で旅の人から教えてもらったんです。ここら辺に岩みたいなモンスター岩石男がいるけど近づかなきゃ大丈夫だろうって。冒険者ギルドから通知があったそうですよ」
ふーん、一応、ギルドにはちゃんと報告してくれたんだな、この前来た冒険者の連中は。
「けど、大丈夫と言われたわりにはずいぶん大騒ぎしてたじゃねーか」
「だ、だって、すごい怖い顔してるんだもん、岩石男さん」
まあ、こんな凶悪な顔をした巨大な岩のモンスターが近づいたら誰だって気が動転しても仕方がないか。
俺はドロシーに事の顛末を話した。
元は人間だったのに、ろくでなしの魔法使いエディにモンスターに変身させられて、三年間の約束で小間使いとしてこき使われていたこと。
そのエディって奴は俺の上に乗っかっては、麓の村へ行って泥棒やら痴漢などをしていた人間の屑だったってこと。
そして、そのエディが突然死んで、俺は人間に戻れなくなって困っていること。
しかし、お偉い魔法使いなら戻せるかもしれないってこと。
但し、こんな姿で山を下りて、お偉い魔法使いを探すためにウロウロしていたら、冒険者とかにたちまちモンスターとして退治されるかもしれないってこと。
冒険者ギルドの通知が全ての冒険者に知らされているとは限らないからな。
「まあ、そういうわけで、後二年、この洞窟に住んでいようかどうしようかと悩んでいる最中なんだ」
それを聞いたドロシーが言い出した。
「だったら、私と一緒に行けばいいじゃないですか」
「どういうことだ」
「岩石男さんは乗り物ってことにして、私が上に乗ってれば冒険者たちとかにも攻撃とかされないんじゃないですか。そして、偉い魔法使いを探して岩石男さんは人間に戻してもらう。私はその方に弟子入りさせてもらうってことで目的は一致ですよ」
確かに女の子が乗っていれば、冒険者の連中もいきなり攻撃はしてこないだろう。
いい考えかもしれん。
「そうだ、ちょっと待ってくれ、この本を見てくれよ」とエディが棚の裏に隠していた本をドロシーに見せる。
「これは魔法の本か。もしかして、俺が人間に戻る方法とか書いてないか」
ドロシーが中身を見る。
「うーん、私にも何が書いてあるのかさっぱりわかりません。魔法の本かどうかもわからないです」
「しょうがねえ、捨てるか。どうせエディのエロ本だろ」
「いえ、一応カバンの中に入れときます」
ドロシーは本をカバンにしまって立ち上がると、
「じゃあ、出発しましょう」と言った。