第四話:エディの頓死
そんなわけで、毎日エディに虐められながらも逆らわず、とりあえず小間使いの更新日である一年が経つのを首を長くして俺は待っていたわけだ。
今は首はないけど。
そして、もうすぐ一年が経ちそうになった頃。
その日、エディが酔っぱらいながらも、机に座って珍しく本を読んでいた。
読むというより懐かしそうに眺めている感じがしたなあ。
「なんの本読んでいるんだ。魔法の本か」
「うるさい、この醜いモンスターが。その顔を見ると気分が悪くなる。そうだよ、魔法の本だよ。今、手段を考えているんだ」
醜いモンスターにしたのはお前だろーが。
あと、手段って何のことだ?
「いいか、この本は俺の魂がこもったもんなんだぞ」と本を指さしてなんだかエディが偉そうに言いやがるから、
「エリートのあんたが使える高尚な魔法のやり方が載っている本か」とちょっと嫌味っぽく聞くと、なぜか奴は黙ってしまった。
どうしたんだと思っていると、突然エディがランプのガラスカバーを開けてその火を本につけた。
「おいおい、何してんだよ。その本はあんたの魂とやらがこもった大事なもんなんだろ」と俺がびっくりしていると、
「うぜーぞ! ああ、そうだよ、大事なもんだ! さっさと火を消せ、モンスター!」と相変わらず支離滅裂な言動をわめくエディ。
仕方なく、俺はバケツをくわえて中の水を本にかけて火を消してやった。本の分厚い表紙をちょっと燃やしただけで中身は大丈夫そうだ。
すると、
「馬鹿野郎! なんで消したんだ! どんな思いで俺が火をつけたかわかってんのか! この本はあってはならないもんなんだ!」とエディが怒りだして鉄の棒でまたもや俺を殴りまくる。
痛い! 痛い!
ああ、こいつはもう完全に頭がおかしくなっちまったんじゃないのか。
さっさと人間に戻ってこいつから離れたい。
顔も二度と見たくない。
俺は不快な気分になって洞窟の入口に戻った。
その夜、もうすぐ一年経つけど、エディの奴、俺を人間に戻してくれるのかなあとなんとなく不安になっていると、洞窟の中からゴツン! という大きい音がした。
なんだろうと中に入ってみるとエディが仰向けでぶっ倒れている。
「おい、エディ! 大丈夫か、しっかりしろ!」と呼びかけるが、全く反応がない。
どうやら酒瓶を踏んで、今度は後ろにひっくり返って地面に後頭部を打ったらしい。
だから言わんこっちゃない。
息をしていない。
思わず、「ざまーみろ! 天罰だ!」と喜んだが、よく考えてみれば俺は人間に戻れなくなったのか?
焦った俺はなんとかエディを生き返らせようと、体を揺らしたり鼻くそ弾を心臓あたりにぶつけたりして刺激を与えたが全く効果無し。
エディは死んでしまった。
こういう魔法って、かけた本人が死ねば解けるもんじゃないのかと期待したが、全くその気配はない。
俺は呆然とした。
思わず怒りでエディの死体をぺしゃんこにしてやろうと思ったが、一年近く同居していたので、なんとなくこんなろくでもない奴でも多少の情がわいてきた。
洞窟の軟らかい土の部分を口の牙を使って掘って埋めてやることにした。
けど、途中で面倒になった。
適当に浅く掘ると、俺を連れ出すときに使っていた布にくるんでエディの亡骸を浅い穴に放り込む。後は、そこら辺の土を盛って埋めてやった。盛り上がった山の上には、酒の空瓶に雑草の花を差して、瓶の表面に「エディの墓」と牙で刻んで置いてやった。
まあ、こんくらいでいいだろう。
この変態痴漢野郎にはもったいないくらいの墓を作ってやった。
それから、俺は何か元の人間に戻れる方法がないかとエディの机や棚を探すが、酒の瓶ばかりだ。
そう言えば、昼間にエディが読んでいた本はどこだ?
ちょっと棚をずらしてみた。
すると、その本が見つかった。
棚の裏に置いてあった。
口の牙を使って、ページをめくるが何が書いてあるのかさっぱりわからん。
棚の裏にコソコソと隠すなんて、エディのことだからこれも実は魔法の本じゃなくていかがわしい本じゃないかな。
本には変な小さい薄い箱が挟んであった。人間の手のひらサイズの大きさだ。
裏表紙に付いていたようだが、なにかの拍子に取れてしまったらしい。
真っ白いカードが大量に入っている。
これは、このいかがわしい本の付録かね。
魔法をかけると裸の女の絵が浮かんでくるとか。
多分、そうだな。
なにが、魂がこもった本だよ。
エロ本じゃねーか。
エロ本が自分の魂とはエディらしいな。
とにかくどうにもならんことだけはわかった。
それにしても、俺はこれからどうなってしまうんだろう。
その夜は眠れなかった。
おかげで次の日の昼間、眠くて洞窟の入口でうつらうつら状態でぼんやりとしていたら、例の『痴漢のエディ』を生け捕りに来た冒険者パーティーが俺に襲いかかってきたってわけだ。
あの冒険者パーティーの魔法使いの女は、偉い魔法使いなら元に戻せるんじゃないかと言ってたなあ。
しかし、偉い魔法使いとはどこにいるのか。
探そうにも、このいかにも凶悪なモンスター姿で山を下りたら、たちまちここら辺をウロウロしている冒険者の連中に血祭りにされてしまうのではなかろうか。いくら俺が元は人間だって言っても聞いてくれないだろうな。大きい布でくるまって自分の姿を隠そうと思ったが、あれはエディの埋葬に使っちまったし。
もしかしたら、一年経てば魔法も解けて元の人間に戻るんではないだろうかと考えた。
もうすぐ一年経つはずだ。
一年更新とかエディが言ってたもんな。
俺はそれに期待してみることにした。
その後、エディも死んだことだし、することもなく洞窟の入口で漫然としていると、麓の村のガキどもが四、五人やってきた。遠くから木の陰に隠れて俺を見物してやがる。
「あれがモンスター岩石男だぞ」
「うわー! 凶悪そう」
ガキどもが怖がりながらも楽しそうに騒いでいる。
なんだ、肝試しにでもきたのか。
それとも動物園で怖い動物の檻の前にきた気分かね。
うざいから鼻くそ弾を威嚇射撃。
ヒュー! と音を鳴らして、見事ガキどもが隠れている大木に命中。
「ギャー!」と叫んでガキどもは逃げて行った。
それにしても、モンスター岩石男って、そういう名前が定着しちゃったのか、俺は。
その後もたまにガキどもが見物に来るくらいで、他は平和そのものだ。
冒険者たちが乱入してくることもない。
そうこうしているうちに、今日、一年過ぎたのだが。
全く変わらない。
それとも最初にかけられた魔法で三年経たないと人間に戻れないのだろうか。
つまり、あと二年はこのモンスター姿か。
もしかしたら一生このままなのか。
俺は憂鬱な気分で洞窟の入口の前にただ漫然とたたずんでいた。
すると、山道の方から悲鳴が聞こえてきた。