交差点のミュージカル
いつもの道をいつもの時間帯にいつもの疲れた足取りで会社と家を行き来する。僕の人生はいつも同じことの繰り返しだった。
いつものように会社で上司から押し付けられた仕事を残業してやっとこさ終わらせる。よれよれの上着を羽織って鞄を持ってタイムカードを切って会社を出て帰宅する。
誰もいないガラ空きの電車に乗って家の最寄り駅で降りる。家まで続く通りを歩いて帰る。通り沿いのお店はすでに電気を消し、草の揺れる音さえしないほど静かで暗い通りを歩いていく。その道はまるで僕のこれからの人生を表しているようだ。
もう少し先に行ったところにあるコンビニで弁当でも買って帰ろうかな。暗い通りを暗い気持ちで通るそんないつも通りの毎日。
でも今日は違った。
交差点に差し掛かり、信号が赤だったので足を止める。ここは夜中は車がめったに通らないからいつもなら赤だろうとお構いなくわたってしまうが今日は向かいに信号待ちをしている女性がいた。僕だけが信号無視というのも少し恥ずかしい。
雲が動き、月明かりで女性で照らされる。僕は彼女を見て目を丸くした。まるで舞踏会にでもいくような恰好をした彼女、そして月明かりに映るその顔はこれまでの人生で見たどの女性よりも麗しい。
ふと彼女が僕の方を見て目を細めて笑うとスカートを軽く持ち上げて、お姫様のようにお辞儀をする。その姿は月明かりのスポットライトに照らされるミュージカル役者のよう。
と、思っていると僕の体は勝手に動きだし、次は僕が彼女に紳士のようなお辞儀をして応える。
いつの間にかいつもは通ることのない車が今日に限っては大通りのように行き来している。車の喧騒に混じるようにミュージカル調の音楽が僕の耳に聞こえてくる。
彼女はその音楽に合わせるようにステップを始める。僕の体も勝手にステップを始めた。曲が盛り上がりはじめ、彼女は妖精のようにひらひらと舞う。それに合わせるように僕もダイナミックに踊る。なんと信号のピクトグラムまでもが音楽に合わせて踊りだした。
車が走る道を挟んで僕らは踊る。車越しに彼女の姿を見る。そんな不思議な時間を過ごす。曲が静かになり、信号が青になると近づき横断歩道の上で彼女の腰に手をまわし踊り終わる。
彼女はそっと耳打ちをする。
「今のあなたなら大丈夫」
気が付くと信号が青に切り替わるところだった。彼女はいない。
あれが夢だったのかはわからない。それでも僕は街灯の灯る道を歩き出した。