聖王の手先
カッパ!
「――!」
三時間もの長きにわたる死闘の末、ようやくジャムの蓋が開いた――!
「おおー! ようやく開いたぞ! やったー!」
今まで戦ってきたどんな敵よりも苦戦したのかもしれない……。辺りはもう真っ暗になっている。小さくガッツポーズしてしまったのは内緒だ。
「フッ。魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンに、不可能は――無い」
周りには誰もいなかった。
私が実力でジャムの瓶を割らずに蓋を開けたというのに、その決定的瞬間を人っ子一人見ていなかった。ガッツポーズを小さくした自分が恥ずかしい。
――どうせ誰もいないならもっと大きくガッツポーズするべきだった……。飛んで……ジャンプして喜ぶべきだった――。
仕方なく一番近いところの家の扉をノックすることにした。
コンココン、コン!
「あのー。ジャムの蓋がやっと開いたんですけれど……」
扉が少しだけ開くと、先ほどジャムを手渡してきた女が呆れた顔を見せた。
「あんた……まだいたの」
諦めは悪い方なのだ。しつこいのとは訳が違う。
地道な努力を認められ、なんとか家の中に入れてもらった。ジャムの蓋を開けてくれたお礼にといって、ジャムを食べてもいいと言ってもらえた。
賞味期限が切れた苺ジャムは……絶妙な苦味と酸味がした。お腹がくだらないか心配だ……。せめてスプーンくらい貸して欲しかった。手から食べるジャムは……食べにくい。ガントレットだから指が入りにくい。ペロペロ。
「ご馳走様でした。味はともかく腹は膨れた。仕返しに、なにか私にできることがあれば手伝おう」
「……本当にいいの」
換気扇の掃除とか緩んだ鍋の取っ手を締め付けるのとかは得意だ。あと、自動開閉折り畳み傘も修理したことがあるぞ。……中のバネが何度もビヨ~ンと飛び出して苦戦したのは内緒だ。
「あんたみたいなよそ者を信用していいのやら……」
「遠慮することはない。申してみよ」
「話すと長くなりますが……」
「……」
長いのは勘弁してほしいのだが……「申してみよ」と言ったあとでは分が悪いぞ。
――聖王と名乗る者の手先がこの村の金銀財宝や食料、中学から高校生くらいの若い女を次から次に連れ去ったと聞かされた。それに逆らった村の若い衆はSMより酷いムチ打ちの刑にされ、すっかり「病みつき」と呼ばれる病にかかってしまったらしい。
聖王か……聖なる王? いったい何者だろう。魔王様に相反する立場のくせに、その手先がやっていることは魔王様より酷い……。いや、漬物石をしょわせて城からダイブさせる魔王様のほうが、やっぱり酷いと思う……。どっちもどっち。どっこいどっこいだ。
人間同士のよくある小競り合いか……ならば展開もベタ過ぎて冷や汗が出そうだぞ。そもそも、私は魔族。人間同士のいざこざには付き合っていられない。早く魔王城に帰らなくてはならないが……どうやって帰ればいいのか……分からない……。帰りたいのに帰れない……。
「あんた、ひょっとして聞いてるフリして寝てただろ」
「――! ジュル。寝ていないぞ。ちゃんと聞いているぞ!」
なぜ目を閉じて聞いているフリをして寝ていたのがバレたのか――首から上は無いのに!
話の途中で、ビクッとしたのかもしれない。
「女よ、村を助けて欲しいのはよく分かった。だが、魔族を頼るということは、人間を裏切り魔王様の僕となることだ。それなりの覚悟が必要だぞ」
「それなりの……覚悟?」
ゴクリと唾を飲む。
「他の人間達にイケずされたり、村八分にされたりする。かもしれない」
「それは否めないわ……」
「人間が魔族を頼りになどしてはならない。裏切られて……辛い思いをするだけだ」
私達魔族が! それに、腐った苺ジャムとは到底釣り合わない――。
「もし聖王からこの村を守って貰えるのなら……村一番の美女を捧げます」
美女だと? 鼻で笑ってしまうぞ。ないけど。
「私は魔族だ。人間の女になど興味はないのだ」
さらには若い女は連れ去られたと言っていたはずだ。その村一番の美女が……胸小さめの女子用鎧を身に付けていれば話は別だが……。
――女子用鎧はコレクションとして幾つあってもいい。
「……このまま村にいても、いつかは聖王の手先に見つかってしまう。そうなればわたしは……」
「まて。……ひょっとして、村一番の美女って、お前の事なのか」
女はこくりと頷いた。
「そうですけど」
うん。自信過剰。それか、究極の過疎地。
「世話になった」
席を立とうとした。人を見かけで判断してはいけないという言葉が、今は少しだけ耳に痛い。
「あー待ってよ、酷いわ助けてくれるって言った! お願い! 聖王の手先は容赦しないのよ。食べ物や若い女を根こそぎ連れ去ってしまうの!」
「根こそぎでも大丈夫だったのだろう」
容赦してくれて良かったじゃん。
「ずっと隠れていたのよ。それに、最近はアラサーまで連れていかれるのよ!」
「……ひょっとしてお前もアラサ……」
思いっきりスネを蹴られた。
「痛い! 暴力反対!」
「失礼ね! わたしはまだ二十代前半よ、フン!」
全身鎧だからそれほど痛くはなかったのだが、面倒くさいぞ、年齢が気になる年頃の女性は。
「守ってくれないなら、さっさと出て行って! 人を呼ぶわよ」
人を呼ぶって……。
「……仕方ない」
椅子から立ち上がった。
「次に聖王の手下が来るのはいつごろか分かるのか」
どうせ魔王城には帰れそうにない。一度くらいはその聖王の手先とやらを追い返してやろう。
魔族のやり方で――。
「あいつらは決まって満月の夜に来るのよ。ちょうど今日がその日よ」
だから村人たちはあんなに竹やりを持ってピリピリしていたのか……。
ひょっとすると、村を滅茶苦茶にされてしまうくらいなら、この女を差し出そうと思っているのかもしれないなあ……。
ヒヒーン! パカラ、パカラ。
「――! 馬の声だ。いや、蹄の音だ」
もしくはその両方だ。家の外から聞こえてきた。
「やだ、本当に来たんだわ! わたし怖い!」
慌てて机の下に隠れる女……地震と違うぞと指摘したい。
「ヒャ―ッハッハッ! おい村人ども、聖王様のために食料を出しな!」
「さっさとしないと村に火を放って滅茶苦茶にしてしまうぞ!」
「大人しく食料を差し出せば、大人しく帰ってやるぞ」
「大人しく出さなければ、たくさんの聖王の手先を連れてくるぞ~。ヒッヒッヒッ? ヘックション!」
やかましいクシャミをする男だ。
「隠れていなさい」
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