開かずの……蓋
いったい何メートル地面に突き刺さっただろうか……。あまりの痛さに足の先がピクピクしている……。首の骨が折れるかと思ったが、どうやら無事だったようだ。ていうか、奇跡的に生きている。もともと首もない。
「ペッぺ」
顔が無いのに……口には土が一杯入った……。これが……おおよそ皆が期待していた結末なのか……。まだ全身を激痛が走っている。激痛の疾走感がハンパない。
「こんなところで……負けては駄目だ。早く這い上がって魔王城の雄姿を確認しなくては――」
魔王様は一日で世界を一周するとおっしゃっていた。ってことは、時速数千キロで遠ざかっていく。うかうかしていたら見えなくなってしまう――。
必死に体をくねらせて這い上がる。こんな事なら頭からではなく足から地面へと落ちるべきだった……首から上は無いのだが。
何とか逆立ち状態のまま地上へと出たのだが、もう空には何もなかった。カラスが飛んでいる。
おいてき……ぼり?
ここ……どこ?
「ひ、人! 空から人が落ちてきた――!」
後ろから急に声がして振り向くと、よく日に焼けた女が驚きの表情で立ち尽くしていた。
「人ではない。私は魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンだ。顔が無いのだぞ、人じゃない事くらいは一目で分かるだろう」
立ち上がり鎧に着いた土をパラパラと払う。ミミズや大根の葉っぱも肩から払いのける。卵の殻もあるってことは……ここは畑なのか。
「ひぎゃああああああー!」
慌てて耳を塞いだ。悲鳴が大き過ぎてうるさい。子供か!
「そんなに驚くことはない。私は心優しいモンスター……だよ」
ニッコリ微笑んで見せたのだが、顔が無いので表情では伝わらないようだ。
「顔が無いのに喋ったわ! 誰か助けてー!」
「……」
驚くところは、そこ? 全速力で走って逃げていってしまった……。こんな時、顔があったら良かったのにとつくづく思うのだ。
待っていても魔王城の連中は誰も私なんかを迎えに来てはくれないだろう。
仕方なくトボトボと女が逃げていった方へと歩いた。運が良ければ食事や風呂やフカフカのベッドにありつけるかもしれない……。
しばらく歩くと、小さな小さなショボい村に辿り着いた。村中を木の柵で囲っているようだが、小鹿の頭突きでも容易に倒せるだろう。
「うわあ! 本当に顔無しだ!」
顔無しって呼ばないで。みんなアレを想像するから……。
「……顔無しではない。魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンだ」
村の番人も私の姿に気付くや否や、ダッシュで逃げていく……。フッ、どうやら力づくで食料と風呂とフカフカのベッドを手に入れねばならぬようだ……。
――?
何人もの村人がぞろぞろと竹やりやクワやスキを構えて集まってきた。剣を持っている者は一人もおらず、おおよそレベル1の村人だ。クワやスキで私に敵うと本気で思っているのだろうか……。ソーシャルディスタンスを守っているのか知らないが、一定の距離内には近付いてこない。
ザワつきの中から、「本当に顔がない」とヒソヒソ声が聞こえるのだが、それはもっと小さい声で言って欲しいぞ。
「ゴホン……。こんにちは。私は自分で言うのもなんですが、怒っても恐くないモンスターです」
挨拶が通用するのだろうか。もう「こんばんは」の方が良かっただろうか。
「うお、本当に喋った! 顔が無いのに!」
「じつは鎧の中に顔があるんじゃないのか!」
「……」
「我が村に何用だ!」
「用と言うほどではないのだが……。少しの食料と水とフカフカの……」
「もうこの村には差し出せる金銀財宝や食料などない! 帰れ!」
「そーだそーだ!」
竹やりの先が……ブルブル震えている。
「フカフカのベッドもねー!」
「「出て行け!」」
「……」
やはり人間と魔族の間に刻まれた傷は深い。まだ村に入っていないのに「出て行け」は酷いだろう。こうも歓迎されると逆にドッと疲れるぞ。
「だれも歓迎などしとらんわい!」
仕方なく背を向けて歩き去ろうとしたとき、
「ひょっとして、お前、神様か」
――?
「なに、神様だって?」
村人同士でどよめきが起こった。いったいなぜそうなる。あ、ひょっとしてC3P〇現象か? たしかに全身金属製鎧姿だが……冷や汗が出る。
「神様などでは……」
いや、ここは神様のフリをした方が良いのかもしれない。食料を恵んで貰えるかもしれない。朝から何も食べてない。朝ごはんは食べたが、それは「朝から何も食べてない」に該当するのだろうか。
「我が村には昔から伝わる伝説があるのじゃ」
白い髭の年老いたヨボヨボの爺さんが村人を掻き分けて出てきた。この村の村長ってところだろう。長老かもしれない……もしかすると婆さんかもしれないが、どっちでもいい。
「わしの婆さんがいつも言っておった。『空から雨以外の者が下りて来て、それは……ええっと……あれじゃ、村に幸福をもたらす神様だろう』と!」
「「おおー!」」
……大丈夫だろうか、その信憑性。
「言われてみれば確かに、雨以外の者だ!」
「本当だ! 雪も≒雨だもんなあ。たぶん」
≒って……略し過ぎだろう。≒って「ほぼほぼ」と読むのかもしれない……。
「ああ。アラレや雹も雨だもんなあ。たぶん」
ずっと向けられていた竹やりが下ろされた。
「……いいのか、そんな即興で作ったような伝説を信じてしまって。私は神などではない。さらには人間の敵、魔族なのだぞ」
オレオレ詐欺とかにまんまと引っ掛かるタイプだとバカにされるぞ。引っ掛かったのが恥ずかしく警察にも言えない恥ずかしがり屋さんだとバカにされてしまうぞ。
「いい、いい。悪い人には見えないから」
……人ではないことに気付いているのだろうか。ゆるキャラのように中に人が入っていると思われているのだろうか……。
「神様ならお願いがあります!」
村人の奥の方から私の前へと一人の女が歩み出てきた。先ほど私を一目見て悲鳴を上げて逃げた女だ。
「もしあなたが神様だと言うのなら……」
証拠でも見せろといいたいのだろう。
「誰も神などと言った覚えはないのだが」
女は背に隠していた小さな丸い瓶を目の前へと差し出してきた。
「……このジャムの瓶の蓋を開けてみせて」
「――ジャム?」
一瞬、ガクッとなったのは内緒だ。ガラスの瓶に入った赤色の苺ジャムを手渡される。
「そうだそうだ! もし神様ならそのジャムの瓶を開けてみろ!」
「ああ、俺だって挑戦したが、ビクともしなかったんだ!」
「開けるんだぞ! 割って中身を出したって、ちっとも偉くないんだからな!」
「「そーだ、そーだ!」」
くっ、こいつら……他力本願! 寄ってたかってジャムの蓋すら開けられない分際で――。
「……フッ、しかし上等だ」
今の私も村人に頼ろうとしている。他力本願なのは同じ。……仕方ない。背中のリュックを肩から外すと、ドスンと漬物石の重みで地面に落ちた。
「「おおー!」」
おおー! の意味が分からない。これは魔王様の漬物石なのだから、捨てて帰る訳にはいかないのだ。
「貸すがよい」
「はい」
両手のガントレットで割らないように力を込めてジャムの瓶を開けるのは難しい……。村人から信頼を得るためには、力の差を見せつけるだけでは駄目なのだ――。
――村人の期待に応えて信頼を得なくてはならないのだ――。
「ゆくぞ、グヌヌヌヌ……」
ゴクリと村人が無言で見守った。
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