着地……失敗?
あ、渡り鳥が魔王城にとまって優雅に毛づくろいをしている……。
玉座の間の緊迫感とはかけ離れたのどかな姿だなあ……。
玉座の間の窓から普段は見られない雲の上の眺めを楽しんでいた。魔王様には申し訳ないが、雲の上の景色はちょっと楽しい。まるで魔飛行機に乗った気分だ。雲の形って本当に全部違うんだ……。
「ああ、バランスが崩れる! 傾くから……追っ払ってくれ」
追っ払う?
「えっ? 渡り鳥程度の重さでバランスが崩れるのですか」
「そうだ。魔王城を浮かばせるのには絶妙なバランス感覚が必要なのだ」
本当かなあ……。自分だけ腕上げてずっと突っ立っているから眺めを楽しんでいる私を羨ましく思ったのではないだろうか。渡り鳥なんかよりも城内を歩き回っているモンスター達の方が絶対に重いはずだぞ。
「魔王城のバランスを保つのは、立って靴下を履くのよりもよっぽど難しいのだ」
「御意――?」
立って靴下を履くのって……全身鎧の私には無縁中の無縁。それって難しいのだろうか。
「はーやーくー」
「あ、すみません」
急いで玉座の間を飛び出した。
やはり魔王城なんか空に浮かべてはならない。よけいな仕事ばかりが増える――無理やり増やされる。
魔王城玄関の掃除ロッカーから箒を取り出すと、渡り鳥達が集まっているところへと走った。
箒でなくとも、いつも腰に身に付けている白金の剣で追っ払っても良かったかもしれない。いや、渡り鳥ごときに白金の剣を抜いては、宵闇のデュラハンの名が廃る……か。
箒を頭の上にかかげ、渡り鳥達を威嚇する。
「散れ! 渡り鳥ども! 自分の翼で飛びなさい! サボるな!」
「「ガーガー!」」
一斉に全羽がこちらを睨みつける。腹立つわー。
「シッシッ! あっちへ行け! 飛べ!」
箒をブンブン振り回しながら追い掛けると、バサバサと渡り鳥の群れが魔王城から飛び立っていった。
「「ガッテムガー!」」
ブリッ!
「……」
口の悪い渡り鳥め。飛び立つ時に放ったフンで芝生が汚されているのが……腹立たしい。肥料になるからと割り切れない自分が情けない……。
雲海の彼方に飛び去って行く渡り鳥を見送り、恐る恐る下を覗き込む。
――! 遠く離れたところに地上が見えているではないか――。
「た、助かった――。いや、助かるかもしれない!」
まだ助かる保証がないので喜べないのが辛い。箒を掃除ロッカーへ投げ入れて急いで魔王城四階の玉座の間へと向かう。
階段を一段飛ばしで駆け上がる――。
「魔王様、陸地が見えてきました!」
助かった! これでなんとか着陸できる。
「あの広い沿岸に着陸しましょう! ゆっくり。恐る恐る」
窓から外を眺めながら、高度を下げるように手でジェスチャーする。グーにして親指を立て下に向ける。
「ならぬ!」
魔王様に一括されてしまった。
「――ホワイナット~! 何故ですか、イミフです! ぜんぜん意味不明でぜんぜん分かりません!」
魔王様は今の状態を絶体絶命のピンチと感じていらっしゃらないのか。何時間両手万歳を続けるおつもりか――。数週話引きずる元気玉か――! オッス、冷や汗がでるぞ!
「元の魔王城があったところまで戻るのだ!」
それって、世界一周して元どーり?
「どーして! なんで! 理解できません。あんな辺境の地に魔王城があるよりも、もっと拓けたこの地の方が勇者や人間共も攻めやすくて盛り上がります」
魚釣りもできます。海水浴もできます。魔王様の青白いお顔も夏の日差しで小麦色になります。
「いつもいつも『勇者はいつになったら攻めてくるだ』と楽しみに待っているのは魔王様ご自身ではありませぬか」
あんな標高の高い山々に囲まれた辺境の地に魔王城があれば、いくら待っても勇者は到達できませぬ。そのくせ夏は暑いし冬は寒いし雪降るし。梅雨時はジメジメして過ごしにくいし脇汗かくし。
過ごしやすい期間なんてほんのチョットだけだ。今日も……最も遅い夏日を記録した。冷や汗以外の汗が出る。
「そやけど、ここの土地は予の土地ではないし――元々の魔王城の土地も固定資産税を払い続けなくてはならぬぞよ。誰もあんな土地買ってくれぬぞよ」
「……」
魔王様はいったい誰に何を払わせられているのだろう……。冷や汗が出る。固定資産税。
ここは剣と魔法の世界です。法律と税金の世界ではございません――。
「それよりも、陸地が見えてきたなら丁度いい」
両手を上げたまま魔王様が呟く。何がちょどいいのか分からないが、嫌な予感がするのだけはよく分かる。ピンとくる。
「ちょっと魔王城から降りて、下からどのように魔王城が見えているのか確かめてくるのだ」
「御冗談を」
降りたら最後、二度と魔王城に戻ってこられませぬ。私は瞬間移動の魔法も使えない。
「そこのパラシュートを持ってゆけ。飛行魔法が使えぬ卿でも無事に地上に下りることができる」
「……いつの間に……」
玉座の間の隅っこに、迷彩柄のリュックがいつの間にか置いてある。魔王様はこの高さからバンジージャンプ……いや、スカイダイビングをしろと言っている。
「最初から一人だけで飛ぶのは禁止ではなかったでしょうか……」
失神すると確実に死ぬから。
「あー腕がだるい。もーだめかも。早く! 早く下から天空を浮かぶ魔王城の凛々しい姿を一目でもいいから見てきてくれ! 頼む!」
魔王様、ひょっとして、お腕がお限界なのか――。
「分かりました! 魔王様のためにこの宵闇のデュラハン、タンポポ綿毛の如く地へと参りましょう! その後、ごゆっくりとご着陸下さい――!」
テイクオンミ―して下さい! アハ。
「……」
急いでリュックを背負うとずっしり重みを感じた。厚手のパラシュートはそれなりの重さがあるのだろう。リュックからは紐が1本だけ出ていて「引く」とマジックで書いた付箋が付いている。これを引けばいいのだな。
「頼むぞよ」
「お任せください。魔王様もご武運を――」
タッタッタッタッタッタッタッタッ、タラッタッタラッタ!
「とうっ!」
魔王城の玄関から出ると、雲の海へと向かってダイブした――。身体を大の字にしてバランスを保つ。
……雲が厚くて魔王城がぜんぜん見えない……。さっきまで陸地が見えていたのに、いったいどういう風の吹き回しだ。まんざらでもなさそうだな。山の天気は変わりやすいってやつ。
――仕方がない。着地してから天候の回復を待って見るとしよう――。
全身金属鎧の私でも……このパラシュートで大丈夫なのだろうか。そもそも、誰が使うために準備された物なのだろう。スライム用なら……まず助からないだろう。
雲から抜け出ると早速パラシュートの紐を引いた。
――ブチッ。
音とともに紐が千切れたか……フッ、マジでドン引くぜ。
「――想定内! むしろ誰もが予想した結果! ハーッハッハッ?」
笑ってる場合ではないだろう。落ち着け、冷静になるのだ。遠かった地上がどんどん近づいてくる。背中のリュックを強引に開き、なんとか中のパラシュートを広げようとしたのだが……。
「こ、これは……漬物石!」
リュックの中には年季の入った丸くてスベスベした大きな漬物石が一つ入っていただけだった。漬物を漬ける時に上に乗せて重石にするやつだ……。
魔王様、私はアンデットではございません。漬物石を背負わせて高度八〇〇〇mからダイブさせるなんて……。
――殺意以外の何も感じることができま
――ちゅどーん!
「あんぎゃー!」
意識が遠のく。タクアンよりも……ぬか漬けの方が……好きだ……ガクッ。
読んでいただきありがとうございます!
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