魔王様、大ピンチ!
「ひーこそばいぞよ。ヒャッヒャッヒャ!」
「笑わないでください! マジで怒りますよ!」
首筋にムヒをタップリ塗ると、魔王様が鳥肌を立ててお喜びになられる。
「首筋は弱いのじゃ!」
「しらん」
魔王様の弱点など、まったく興味ないわい。
「……」
魔王様は両手を上げたままだ。窓から見える景色が移り変わり、魔王城の裏山はすでに見えなくなっている。
少し浮かばせて戻すと思っていたのだが、本気でこのまま魔王城を移動させる気なのだろうか。だったら海に不時着するのだけは勘弁して欲しい。たぶん沈むから。
「ま、眩しいぞよ。眩しくてクシャミが出そうだぞよ」
クシャミもデンジャラスだ。「ヘックションくそ~い!」で魔王城がグラッと傾くかもしれない。玉座の間の東側の分厚いカーテンを閉めて差し上げる。魔王城は東に向かって飛んでいるのか……。
「魔王様、眩しいとクシャミが出る派でございましたか」
眩しい物を見るとクシャミが出るという感覚が……理解できない。太陽の陽射しを見てもクシャミなんか出やしない。蛍光灯でも出るらしいが……。
「むしろ胡椒の方が誘発されます」
「顔ないやん」
「……そうでした」
いや、顔がなくてもクシャミくらい出ます。根性で出せます。
「ああ……おしっこしたい」
よく見ると魔王様は内股でいらっしゃる――。青白い頬に淡い朱が差していらっしゃる。
「すぐに用意します。しばし御我慢ください」
……しかし、魔王城内にあっただろうか……尿瓶。
尿瓶が間に合わずにガビーンなど、笑い話にもならない。最悪の事態になるのであれば……オマル? もしくはペットボトルで代用できるだろうか。
500㎖のペットボトルでも……事足りるのだろうか……。2Lは大き過ぎる気もする。いや、そんなことよりも、果たしてペットボトルの先っちょが魔王様の先っちょより……。
「はやく! 急ぐのだデュラハン! 予は見た目以上に切羽詰まっておるぞよ――!」
「申し訳ございません――!」
魔保健室から借りてきたガラスの尿瓶を手にして玉座の間に戻ると、玉座の間では四天王の一人、妖惑のサッキュバスが魔王様の両脇の下をくすぐっていた――。
「コチョコチョコチョ~」
「ぐおお。駄目だ、サッキュバスよ! くすぐったいからやめるのだ! だめ、だめ、落ちるから! ――ほんとにやめて~! むふふふ」
――アホか! と怒鳴りそうになったのを必死に飲み込んだ。魔王様も「むふふ」と笑うな!
サッキュバスは黒い尻尾をクネンクネンとさせ、魔王様の我慢する姿を楽しんでいる。
「駄目って言われると、もっとやりたくなっちゃうのよね~。魔王様可愛い~。コチョコチョコチョ」
「ぐふふ、むふふふふ」
「やめろサッキュバス! この高さから魔王城が落ちれば、城は跡形もなく廃墟と化す――!」
跡形もない城を廃墟と呼んでいいのかは疑問だが、今はそんなことどうでもいい。
「コチョコチョコチョ」
「ぐふふ、むふふ」
魔王様の笑い方……。
「その手を放せサッキュバス! 今すぐに! 放さないなら容赦はしない!」
常日頃から腰に下げている白金の剣に手を掛けて本気なのをアピールする。これで止めないのなら剣を抜いてでも止めさせる。サッキュバスは小さな黒い羽で空を飛べるのかもしれないが、魔王城内には飛べないモンスターの方が圧倒的に多いのだ。レベル1のスライムとか、レベル2のスライムとか……私もその代表格だ。
「やだ、デュラハンったらこわーい。もう放しているわ。でもね、コチョコチョコチョって言うだけで魔王様お喜びになるのよ。コチョコチョコチョ~」
両手を上げている魔王様の耳元で囁く。
「プーププッ、ムフフフフフ」
何がツボに嵌ったのかっ!
「笑っている場合じゃありませぬ――!」
――我慢しているおしっこだって、笑った拍子に出ちゃうかもしれません――。もはやこれでは……ガマン大会ではないか。命懸けの……? いや、お城懸けの――!
「違う所にもたっぷりムヒ塗ってあげよっか~」
「やめんか!」
どこへ塗ろうと言うのか――破廉恥な!
「あーら、どこに塗ると思ったの、デュラハン」
……先っちょ。とは言わない。顔が赤くなる。
「ええい、うるさい! これから魔王様は用を足すのだ。さっさと出て行け!」
「あー面白かった」
「……」
このドSめ……。同じ四天王として嘆かわしい。プンプン。
「は、早くするのだデュラハンよ! 予は丸腰だぞよ」
だまらっしゃい!
生暖かい尿瓶の中身を男子トイレに捨てて、手洗い場で水洗いする。いったい何をさせられているのだろうか。
トイレの窓からは……雲海が広がっている。いったいどこを飛んでいるのだろうか……。
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