テイクオフ魔王城
玉座の間で魔王様と言い合いをしていてもらちが明かない。他の四天王にも魔王様を一緒に説得して貰おうと部屋を出た。コツコツと大理石の廊下に歩く音が響き渡る。
魔王城だけならともかく、周辺の土地って……いったい何トンあるのだろうか。いくら剣と魔法の世界とはいえ、桁違いなことばかりしていては現実味がなく興醒めされてしまうだろう。冷や汗が出る。
廊下の突き当りでは数匹の青いスライム達が今日もはしゃいでいる。
魔王様の命令で最弱とも呼べるレベル1のスライムは魔王城内で保護されているのだ。その代わりにレベルの高いモンスターが最前線で人間共に睨みを利かせ、毎日の平和を守り続けている……。なんか逆のような気がする。
スライム達は私が毎朝ガラスクリーナーを使って綺麗に拭いている窓ガラスにくっ付いて汚している。……ベタベタ触って汚すなと忠告したい。スライムは土足だし全裸だから……決して綺麗とは呼べない。私は自称潔癖症なのだ。
「こら、あまり窓にくっつくではない」
指紋が着くではないか。スライムに指は無いのだが。
「うお、デュラハンか。ビックリした」
「ちょっと見てよデュラハン」
……。
「デュラハン様と呼べ。これでも四天王なのだぞ」
「――これでもってなんだ! 窓から放り出すぞ!」
拳を作って振り上げる。ゲンコツを落とすぞと威嚇する。
「うわ―デュラハンが怒った、怒った~!」
「頭に血が上った~。首から上は無いのだが~キャハハ」
「――調子に乗りやがって!」
「……それはこっちのセリフだぞ」
スライムごときが――。
「……はあ~」
ため息が出る。……スライムも四天王も魔王様にとっては大切な魔王軍の一員なのだ。強い弱いでモンスターの優劣など付けてはならない……そうだ。
「そんなショボい顔してないで、見てみろよデュラハン」
首から上は無いのにショボい顔しているのは分かるようだ……。
「魔王城が浮かび出したよ」
な・ん・だ・っ・と。じゃなくて、・て!
「そんな馬鹿な――!」
慌てて窓ガラスから外を見ると……大地が遠ざかる光景に気が遠くなる……血の気が引く。
見切り発車甚だしいぞ――!
ゴゴゴゴとか、音すらしなかったぞ――!
慌てて玉座の間へと駆け込んだ。
「今すぐおやめください魔王様!」
力づくでも止めさせようと思ったのだが。
「大きな声出さないで――! 気が散ると落ちるから~!」
――!
両手を上にかかげ、背を向けたままそう答える魔王様の声から、ことのヤバさを悟った。魔王様、声が震えて裏返っている――。
――ひょっとして、気が散ると……魔王城が大きく傾き……落ちるのか――蚊トンボのように――!
「落ち着いて下さい! 落ちないでください! 魔王様、そっと、そお~っと元の場所に魔王城を着地させるのです」
「ここからじゃ下が見えんのだ! おまけに窓からの風景も見えぬ!」
――ドジっ子――!
なんで玉座の間で後先考えずに魔王城を浮かべたのかと怒りたい。が、今は怒れない。たぶん魔王様の両手から目に見えない膨大な魔力が放出され続け、魔王城全体をお持ち上げになられているのだ――。
「とりあえず、傾けないでください! 大変な事になりますから!」
ほんの少し傾いただけでも大変な事になる――。
「魔浴場のお湯が零れてしまう……じゃなくて、魔王城の柱に掛かる力のバランスが狂うと崩壊するかもしれません!」
応力とか歪みとか……。
「予にプレッシャーをかけるでない! 自慢ではないが本番に滅法弱いタイプなのだ」
本当に自慢じゃない――! ゴクリと唾を飲みこんだ。だったら魔王城を浮かばすなとド叱りして差し上げたい!
――ちょびっと浮かんだ時点で事のヤバさに気付いて直ぐに戻すべきではなくて?
「まずは落ち着いて下さい、深呼吸です。スーハ―スーハ―」
「スーハ―スーハ―」
「スッスッハッハー」
「スッハッハー!」
魔王様の額に汗が流れている……。ポケットからウエスを取り出して拭いて差し上げた。
なぜ魔王様は平穏な日々を平穏にお過ごしできないのか――。それでこそ真の魔王様と称賛せねばならぬのか――。
「……くっ、首筋が痒いぞよ。両手が塞がっているから代わりに掻いてくれ」
ずっと手を上げ続けないといけないなんて……不便な魔法だ。
「仰せのままに」
首筋を見ると……季節外れの蚊に血を吸われた跡がある。
全身金属製鎧の私には蚊に刺されて「痒い」という感覚がよく分からない。なので羨ましくもある。……いや、やっぱり羨ましくないや。
「ここでございますか」
「そこ、そーそーそこっ!」
「喜んで頂けて光栄にございます」
たわいもない。
「……しかし魔王様、何故ゆえに蚊に刺されるのでございますか。無限の魔力バリアーがあれば蚊に血を吸われることもないでしょう」
「全魔力を魔王城に集中して送り続けておるのだ」
「……」
……聞かなきゃよかった。思った以上にやばい状態なのではないだろうか。魔王城の窓から真横に雲が見えている。もし落ちたらなどと考えてはいけない高さだと思う。
「それにだ、デュラハンよ。自らの体を蚊から守るためなどに無駄に魔力を使ってはならぬ」
「無駄に魔力を?」
「そうじゃ」
無限の魔力があるのだから、それくらい構わないのではございませんこと?
「無限の魔力といえど、この世に育まれた大自然の……大宇宙の恵み。それを私利私欲のためになど使ってはならぬ。それは予の嫌いなチートだ。蚊に血を吸われてもムヒ塗れば治る」
「……」
開いた口が塞がらないのは私だけではあるまい。魔王様は、魔王城を浮かばせる魔力が一番の魔力の無駄遣いってことに……気付いていらっしゃらないのが辛い……。
「聞こえぬのか! 早くムヒを持って来いと言っておるのだ――!」
「――御意!」
慌てて玉座の間を飛び出した。魔薬局に行けば、この時期でもムヒは売っている。ポイントも5倍つくかもしれない。
無事に着陸できれば……目の下にもたっぷりムヒを塗って差し上げたい。
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