魔王様、空にお城を浮かばせる必要はございません
「なぜだ!」
「逆に問います魔王様、なぜ空にこの魔王城を浮かばせる必要がございましょう」
魔王城を浮かばせても何もメリットなどございません。……もしや、耐震補強工事の一環? 浮かんでいれば揺れない?
「知れたことを」
絢爛豪華な玉座からゆっくりと魔王様が立ち上がられると跪く私に背をお向けになり、肩越しに睨みつける……。
「予の力を世に知らしめるのだ」
青白い顔で悪い表情を見せる魔王様に鳥肌が立つ。……ニヤリとおほくそ笑んでいらっしゃる……。微妙な駄洒落だったことに気付いていらっしゃるのだろうか――。
「魔王様は力を見せびらかさなくても、立派に十分お強いです」
無限の魔力はもはやチートです。とは言えない。
「うむ」
「……最強にして最強でございます」
「うん」
うんって……。
誰か私以外の者も一緒に「魔王様お強い!」と叫んで欲しいぞ。
いつも魔王城玉座の間には私と魔王様の二人。……二人ぼっち? もう私が何と言おうが魔王様は信じてくれない。
納得してくれない――。
城を空へ浮かべるなど……ピンポン球をフーフーしてプカプカ浮かべる玩具とは訳が違います――桁違いに。
「想像を絶するエネルギーが必要になります」
「魔族であれ人間であれ、重力に逆らい高い所へ上がろうとするのは古より遺伝子に書き込まれた本能なのだ。高い所から下界の者を見下ろすのは最高に気分がよかろう」
魔王様は高い所がお似合いになるとは口が裂けても言えない。そもそも、私は首から上がない全身金属製鎧のモンスターだから……裂ける口が羨ましい。
「地べたに寝転がって見上げるのも、まんざらでもないです」
「まんざらだ」
即答ですか……。
「それに下から見上げる魔王城は、ただの土や石の塊。見栄えが悪く、人間共は『底の手入れができていなくて草』と笑いものにすることでしょう」
草も生えないでしょう。
「では、下部を半球型に整えるのだ! さすれば威圧的かつ高級チックになろう」
両の掌を見せてクイっと上げる。寝言は寝て言って頂きたい。
「そんな費用や無駄な労力は魔王軍にございません」
そもそも、お城の下部を半球型にするって……なんだ。ジブリの見過ぎか? それとも彗星帝国か? ……冷や汗が出るぞ、古過ぎて。
「昔から圧倒的な力を見せつけるために城を空に浮かばせたと古文書に書いてある。絶対的な力の象徴は、やっぱり空飛ぶ城なのだ。さらには常識を逸脱するような強力な兵器がぶら下がっていれば、恐怖とほんの少しの興味が脳の奥底に隠れてしまったアドレナリンを呼び起こす事間違いない!」
アドレナリンを呼び起こしてどーするの! ……首から上がない私にもあるのだろうかあどれなりん……。
「しかし、空を飛ぶものは必ずや落ちます。危険です。デンジャーです。ただですら魔王軍において今年は労災が多発しておりますのに、なぜゆえに危険を自ら犯そうとするのですか」
ちょっと意味分からないや。
「予には――危険を承知でもやり遂げなくてはならないことがあるのだ」
「――!」
いつも「安全第一!」「売上第二!」とかおほざきになられているくせに~!
「空に浮かぶ魔王城。そこからパーッと広がる雄大な景色。すべての地上はこの魔王の物となったのだ。それを空から実感したいのだ」
……いったいいつからすべての地上が魔王様の物になったのか逆に聞きたい。聞けない。……選挙結果が出ていないに当選したと言いふらすようなものだぞ。
魔王軍四天王である私、宵闇のデュラハンに与えられた使命はただ一つ。魔王様の暴虐を未然に防ぐこと――。
「魔王城を空に浮かべると……揺れますよね」
「……多少は揺れるかも知れぬ」
本当に多少の揺れで済むのでしょうかねえ。
「じゃあ魔スタバや魔食堂のガラスのコップや食器がガチャンガチャンと音を立てて割れてしまいます。あー可哀想だ」
「……卿は、嫌なことを申すなあ」
それが目的でございます。……火に油を注いでいるようで冷や汗が出るが、ここはなんとしても食い止めなくてはならない。――魔王城のため。魔王城で暮らすモンスター全員のために――。
「それに、魔王様は無限の魔力で空を飛ぶこともできますよね」
「うむ。自慢ではないがな」
魔法がまったく使えない私にとっては自慢にしか聞こえないのだが……。
「だったら、ご自身一人で飛べばよろしくなくて?」
「よろしくない! ちっともよろしくなくてないー!」
再び玉座から立ち上がると、魔王様は両手を大きく天井へと上げた。
「この巨大な魔王城を周辺の土地ごとゴゴゴゴゴと地響きを上げて大空へと浮かべてこそ人間共に予の強大な力を見せつけることができるのだ」
「……」
見せつけてどうする――自慢したいだけなのか? 頭が痛いぞ。……首から上は無いのだが。
「一人でプカプカ浮かんで飛び回っていても、『あの魔王、暇なんだぜきっと』と思われるだけだろうが、このバカチンが!」
――バカチンって言わないで、冷や汗が出るから。
本当は毎日が暇で暇で仕方ないくせに~!
「では、そんなにやりたければ魔王様お一人の力でどうぞ。私は何も協力いたしませぬ」
立ち上がって魔王様に背を向ける。あー足が痺れた。
「いいもん」
いいもん……って。可愛くない。
「絶対に後悔しますよ。いつものように」
「絶対にしない。絶対にしない」
なんで二回もおっしゃるのだ。……腹立つ。
だが、魔王様の暇つぶしで城など浮かばせられたらたまったものではない。魔王城の耐震補強工事は、殆ど何も終わっていないのだ――。
さらには、魔王城内にはたくさんの飲食店舗がある。コップに並々と注がれた「お冷や」がこぼれないように魔王城を浮かべるなど……いくら魔王様であれ無理に決まっている――。
東京魔スカイツリーのエレベーターのように静かに上昇できる筈がないのだ。……乗った事ないけれど――。
魔王城が傾けば、それは大地震どころの騒ぎではなくなる。タンスが倒れ、お昼寝中のスライムが潰されてしまったり、宝箱の位置が攻略マップからズレてしまったり……傘立てが倒れて傘の骨が曲がったり……曲がった傘は逆に治ってしまったり……甚大な被害は避けようがない――。全自動洗濯機が傾いた状態だと……脱水のときにドンゴロドンゴロと奇怪な音を発するに決まっている――。
傾いたまま飛ぶ魔王城……それこそ人間共が手を叩いて喜ぶのではなかろうか。
……ゆびを指して大笑いされるのではなかろうか。
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