第34話 すげーショック
今まで湧き場所の発生した現場は、なぜか首都圏近郊で、遠い場所で発生することはなかった。
だが、今回、初めて自分達の居住地から遠い場所で発生することになった。
「長野県か」
「新幹線を使えば、日帰りで行けるけど、どうする?」
麗子ちゃんの問いに、俺はうなずく。
「行くしかないよな……。親にはどう話そう」
ため息が出る。
発生したのは平日の昼間である。
授業を終えて東京駅まで出て、それから新幹線で長野まで移動して……浄化とかの処置をとり、また新幹線でとんぼ帰り。
兼業勇者は忙しい。
「学校終わってから、またゼノンのところに泊まると言って出るしかないな」
「そうだね……」
そう決めると、俺はラインで母親に連絡を始めた。
「この間、ゼノンが母さんに挨拶してくれたから、前よりは怒らなくなったんだけどな」
「挨拶したの!!」
麗子ちゃんが食いついてくる。
なんだよ、その勢い。
「ああ、ゼノンの奴はハンサムだから、うちの母親なんかぽや~として見てたな。妹も、モデルみたいだと言ってた。女受けいいな、やっぱ。ゼノンのところに泊まるなら良いって言ってくれたぜ。本当、顔のイイ奴は得だな」
「お父上にもいつかご挨拶したい」
「……なんで父さんにまで挨拶するんだ。必要ないだろう」
「…………ぼくにください的な。キャッ」
麗子ちゃんが小声でぶつぶつ言いながら、顔を赤らめている。
唐突に赤面して奇声を上げる彼女の行動も不可解だった。
「よし、ラインでの報告も完了。じゃあ、放課後、長野だな」
そして放課後になった。
鞄をコインロッカーに預けていく。学校帰りだから、制服で移動するしかない。
相変わらず、学校を出てからもつけられている感覚がある。
奴らは新幹線に乗った後もついてくるんだろうか……。
「もう、ついてきていることは諦めるしかないね」
麗子ちゃんはそう言った。それから気を取り直すように、東京駅で新幹線の中で食べるお弁当を買おうと言った。
「たくさん種類あるから、迷うね」
「俺は肉のお弁当にする」
「これとか美味しそうだよ」
和気藹々と、お弁当とお茶を買って新幹線に乗り込む。
だんだんと冬が近づいている気配があり、空気もどこかひんやりとする。
新幹線の窓に映し出される木々も紅葉の葉が落ちているものも多い。
「冬になったら、スキーに行くのもいいね」
麗子ちゃんは窓の外を見ながら言った。
「スキー、俺得意だぞ」
俺がそう言うと、新幹線の隣の座席に座ったゼノンが笑い出した。
「そうそう、君、異世界でもスキーするとか言って、急に木を伐り出したことがあったよね」
「だってちゃんと異世界にもスキー板があるなんて知らなかったんだよ。自分で作るしかないかとあの時は思ってたんだ」
「ああ、覚えてる。聖剣がスゲー切れるとか言いながら、木を薄く切っているのは罰当たりだと神官さんは言っていたわね」
麗子ちゃんは遠い目でどこかを見ているようだった。
「懐かしいな……」
「懐かしいね」
なんとなくしんみりとしてしまった。
現場は長野駅からまた少し離れたところで、俺達はタクシーを呼んで移動した。
少し離れたところでタクシーから下ろしてもらう。
こんな人里離れた森の中で、湧き場所が発生したのは初めてだった。
俺はすでに二体、ゴブリンが湧き出しているのを把握していた。
「ゼノン、麗子ちゃんにはお前がついていてくれ」
「わかった」
収納庫から聖剣を取り出す。
聖剣を使うのは久しぶりで、ソレが久しぶりに使われることを喜んでいると感じていた。
街中で聖剣を使うと威力が強すぎるので、普段使うのは“ふつうの剣”だった。大岩を斬ると一発でダメになるが、“ふつうの剣”は9999本もストックしていたので、別にどうってことはない。
こうした誰もいない森の中なら、聖剣を使用しても問題ないだろう。
暗闇の中、ギャギャと鳴きながら走っているゴブリン。
俺は聖剣を振りかざした。
「どりゃ」
途端、聖剣から白い光が真っ直ぐに飛び出して、それが離れたゴブリンの身体を貫通する。
貫通した勢いで、森の木々までバキバキバキと倒していく。
「な、なにやってるのよ!!」
それを見た麗子ちゃんが金切り声をあげた。
「あー、ちょっとやりすぎた。久しぶりだから、感覚がつかめなくて」
「ゴブリンはぐちゃぐちゃになっているし、後ろの森は破壊するし。もう一匹のゴブリンは聖剣じゃないので倒しなさい」
「わかったよ」
俺はぽりぽりと頭を掻いて、聖剣を収納庫にしまい、“ふつうの剣”を取り出した。
その時、プツンと後ろ脚に……ちょうど太腿の裏あたりに痛みを感じて、そこを見る。
「…………」
見ると、小さな注射器が俺の後ろ脚に刺さっていた。
そして、視線をやると森の中に、麻酔銃を構えた男が二人いた。
「倒れないぞ。もう一回撃て!」
男二人は震える声で叫ぶ。
俺は太腿に刺さっている注射器を引き抜いて、地面に落とした。
ショックだった。
すごいショックだった。
「ヒカル」
ゼノンが麗子ちゃんを放り出して全速力でそばまでやってくる。
俺をぎゅっと抱きしめ、麻酔銃を撃とうとしている男達を憤怒の表情で睨みつけていた。
「同族の勇者に、お前達はよくもそんな!!」
怒気というのか、空気がピシリピシリと音がして張り詰めている。
その怒りの気だけで、ゼノンの足元に大きく地面にヒビが入り、真っ直ぐに男達の方角へと伸びていた。
見上げると、彼の緑の眼の瞳孔は怒りのあまり、縦型になっていた。
まさに怒髪天を衝くという感じ。
でも、俺は呆然としていたんだ。
だけど、さすがにゼノンが自分の自慢の槍を呼びだして、麻酔銃の男達を串刺しにしようとした時は慌てて止めた。
「いい。俺にはこうした薬の類は効かない。それは知っているだろう」
そう。勇者である俺は異常耐性もMAXにしている。いかなる毒も効かないのだ(酒は除く。酒は飲みたいのでそこだけはMAXにしていない)。
「知ってる。ヒカル、知ってるさ。でも、君は」
俺は顔を両手で覆ってしまった。そして天を仰ぐ。
「すげーショック。俺、後ろから撃たれた。まさか、あいつらが撃ってくるとは思ってなかったから」
「ヒカル」
「もう帰る」
俺はスマホでタクシーを呼んだ。
麗子ちゃんはすでに浄化は終えていて、俺達のそばまでやってくると心配そうな表情で言った。
「大丈夫? 光君」
「ああ、大丈夫。だけど……」
だけど、すごいショックだった。
一匹ゴブリンを殺すのを忘れていたが、もうどうでもいいと思っていた。
きっと、残った男達が倒してくれると思ったからだ。




