第30話 私、連絡を待っています
聖剣を手にした光は、湧き場所を感知することができるようになった。
それも、発生したばかりの湧き場所がわかるようになったのは良かった。
今のところ、自衛隊や警察よりも先に湧き場所を見つけることが出来ていた。
しかし、今後、遠方であったり、何かしらの事情ですぐにその場へ行けなかったりすると、先越されてしまうことも十分考えられる。
そうなった時は、そうなった時に考えるしかないだろうと三人は話し合っていた。
だが、ここ最近の、おそらく発生したばかりの湧き場所は全部こちらで封印できているはずだった。
そして、また“勇者君が岩を斬るよ”コーナー撮影の日がやってきた。
麗子は、郁夫おじさまから、もし問題が起こるようならば、今後も含めこのコーナーの撮影を中止にしてもよいと言われていた。
そう話すと、光は残念そうだった。
見学者との交流があるこのコーナーを少し気に入っていたからだ。
「でもまぁ、身バレするのはマズイから、しょうがないと思うわよ」
「そうだよなぁ」
麗子の言葉に少しばかり気落ちしている光の様子を見て、ゼノンが慰めていた。
「しばらくは仕方ないね。もし、コーナーが無くなったら、その時はお出かけしないか?」
「どこへ?」
「釣りにいってもいいし、山登りに行ってもいいし。ヒカルが行きたいところに付き合うよ」
「おう、釣りはいいな」
少し機嫌が良くなった光を見ながら、麗子は内心、(光君とゼノン君の二人で行くのかしら、二人で行くのかしら)と勝手にドキドキ思っていた。
何気にゼノンは異世界にいた時の猛烈なアタックぶりを影に潜ませ、光の信頼を得るべく動き、友人としての地位を確実なものにしていた。
「君は釣りがうまいから、たくさん釣るだろうな」
「おう、任せろよ。たくさん釣って、焼いて食べてもいいしな。キャンプをしてもいいな」
そうこうしているうちに、撮影現場へ向かっていた車が停車した。
そこは広々とした川原だった。左右を今、紅葉しつつある山々に囲まれ、川原には灰色の丸い石がごろごろと落ちている。
遠目からでもすでに見学者の姿が見える。
前回と同じく四十人ほどだろうか。撮影禁止を告知文に載せていたため、前回のような機材を持ち込んだり、スマホを手に持つ者はいない。
皆、手持無沙汰なのか、ぶらぶらと川の周りを歩き回っている。
今回も撮影時間に合わせて来たために、川原には先に司会を務めるキングスブラザーズの梨本ルンと竜二が来ていた。
目出し帽を被り、車から降りてきた光達に手を振っている。
「こんにちは。今回もよろしくお願いします」
光はすかさず頭を下げて挨拶をする。
「よろしくね。今日も見学人は多いね」
「撮影禁止にして頂いて、ありがとうございます」
麗子はそう言ってぺこりと頭を下げた。
「いやいや、面倒なことにならなければそれでいいからね。本当、面倒な人は勘弁だなぁ」
「そうですね……」
ちらりと麗子は視線を向けると、川原には前回来ていた人々と同じような顔ぶれがあった。
東都大学の教授と学生達である。
今回は注意事項を守って、機材は持ち込んでいない。
彼らは黙り込んでじっとこちらを眺めている。
撮影禁止とはいえ、小型カメラを隠されたりしたら、わからないだろう。
「じゃあ、早速始めようか」
「はい」
スタッフが光を案内し、今日斬る岩のところへ案内する。
それは川原に落ちた大きな岩だった。
昨年の台風の際、川に面した山から崩れ落ちてそのままになってしまったそうだ。
よく見れば、付近には土砂らしきものも堆積している。
光は斬る対象の岩を触って最終確認をしている。
そして、撮影が始まった。
「じゃあ、光君、今日も頼むよ」
「はい」
光は大岩の前に立つと、また一瞬で剣を呼びだし、振りかぶるとそれを斬った。
空気が波立ち、大岩にスッと縦に黒い線が走る。
次の瞬間、大岩は半分に割れた。
おおーと皆が感嘆の声をあげ、拍手が続く。
「さすが勇者君!!」
「すごいぞ勇者君!!」
いつものように、やんややんやと声があがり、光が照れている。
そして撮影は終わり、そのままさっさと撤退しようかという時に、見学者の中から走り寄ってきた若い女性がいた。
髪を肩で切りそろえた二十代くらいの女性だろう。
彼女は光のそばまで走り寄ると、彼の手を掴んだ。
「あの、是非一度、勇者君の話を伺いたいんですが」
光は女性に捕まれた手を開くと、そこには一枚の名刺があった。
東都大学スポーツ科学部助手 相沢南とある。
光の手から、スッとその名刺を取り上げたのは、いつの間にかそばまで来ていたゼノンだった。
「勝手に近寄らないでください」
冷ややかな表情で、絶対零度の声で告げる。
しかし、その相沢という女性はあくまで光に話し続けた。
よくよく見れば、その女性は細身で胸も大きく、顔立ちも整っていた。青いシャツにジーンズ姿でありながら、出るところは出る素晴らしいスタイルをしていた。
彼女がすがるような眼で光を見上げてきたものだから、光はどぎまぎしている様子だった。
「一度でいいですから、是非大学に来てください。私、連絡を待っています」
埒が明かないと、ゼノンは光の手を強く掴むと、止めてある車の方へどんどん歩いていく。
「え、ちょっ、まだ話している途中だけど」
「ああいうのは避けた方がいいという話だよね」
キッとゼノンは光を見つめる。
「……そうだっけ?」
「そうだよ」
そして車のスライドドアを乱暴に開けると、光を中に押し込めた。
「名刺は僕が預かるからね」
「えええええええ」
そして乱暴に車のドアを閉める。
(男の嫉妬は……怖いわぁ)
麗子はチロリと二人を眺めて呟いた。




