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第15話 あ……頭が痛いわ。勇者君……。

 その後、“勇者君が岩を斬るよ”コーナーはなかなか好評で、今日までもう三回公開されていた。

 台風の後に、庭先に転がってきた大岩を割ってほしいというものや、大岩があったせいで迂回していた道を真っ直ぐ通れるように大岩を割ってほしい、というものやら。

 意外とニーズがあった。

 

 その都度、公開撮影の告知をすると、近隣の子供達がわらわらと集まってきて「勇者スゲー」と歓声を上げてくれるのを聞いて、光は悪くない気分でいるようだった。

 田舎の方へ行くと、岩を割ったお礼に野菜や魚をもらうこともある。そういう人との触れ合いも楽しかった。


 だが、ある時、撮影現場で事件が起きた。

 いつものように、大岩を剣で斬り、皆の拍手をご機嫌で受け止めていた目出し帽姿の勇者の前に、半泣きの子供が現れた。

 エグエグ泣きながら、勇者のそばにいく。


「タローが……、タローが落ちちゃったの。勇者、助けて」


 子供に案内されて、撮影班、司会のキングスブラザーズ、勇者一行+見学者達は、だだっ広い畑の中にいた。

 そしてその畑に、木の板で覆われた暗い穴を見つけた。


「これは何?」


 光が尋ねると、聖女の麗子が言った。


「コンクリート製の古い井戸っぽいわね。木の蓋で閉じていたのが、ずれていて……。あああ!!」


 中をのぞきこんだ麗子が声をあげた。


「中にワンちゃんがいる。落ちちゃったのね」


 深さは十メートルほどあろうか。中からキャンキャンと鳴く声がする。狭い中反響する。


「うわ、かわいそうだな。早くなんとかしてやろうぜ」


 キングスブラザーズの竜二が顔をしかめながら言う。


「水はほとんど枯れているみたいだな。犬も底にいる感じだし」


 誰かが懐中電灯で中を照らす。ただ、深さのせいで先はよく見えない。犬の声だけが響いている。


「ロープを持ってきて、それを誰かが伝っていけば」


「こんな井戸、一人でもぐるのコエーよ」


 皆が好き勝手に言っている中、目出し帽の勇者は、ためらいも見せず井戸に向かって足から飛び込んだ。


 それには皆、「えっ?」と声を上げ、一瞬の沈黙の後、絶叫のような悲鳴があがった。


「ちょっとちょっと、勇者君。あんた何飛び込んでるの!! 大丈夫か!!」


 司会のキングスブラザーズのルンが、井戸の縁に手をかけ、中をのぞき込むように叫ぶ。


「うわうわ、ヤバいよ。これ深いでしょ。勇者君、自殺? 中でぐしゃってなってねぇ」


 見物人達もざわざわしている。


 ただ、聖女の麗子は頭を抱えてしゃがみこんでいた。

 そばのゼノンが困った顔をして、麗子のそばに立っている。


「あ……頭が痛いわ。勇者君……。ねぇ、まだ撮影しているわよね」


「撮影してる」


 ゼノンが答える。


 カッカッカッと音がした。それはコンクリートの壁を蹴る音だった。

 しばらくして、目出し帽子姿の勇者が柴犬の子犬を胸に抱いて井戸から顔をのぞかせた。

 子供は泣きながら叫んだ。


「タロー、タロー!!!! ありがとう勇者、ありがとう」


「よいしょ」


 勇者は井戸から抜け出すと、子犬を子供に手渡す。

 カメラは二人の姿をアップにして、周囲の人々は拍手していた。


「やるな、勇者」


「スゲーぞ!! 勇者」


「さすがだ勇者!!」


 勇者光は頭の後ろに手をやり、またエヘヘと照れていた。

 それを見て、麗子ははーとため息をついた。


 そして井戸をのぞき込む。


 光は、壁に足をひっかけて登って来た。

 深い深い井戸に単身飛び込んで、怪我もしない。井戸の底にいた子犬を踏み潰すこともしない。

 命綱もつけずに飛び込み、そのまま道具も使わず足だけひっかけて登りきる。

 それは、普通の人間にできることだろうか。


 いや、そもそも大岩を斬るのだって、普通の人間にはできない。


 だんだん、彼のそばにいるとこうした異常を見ることに感覚が麻痺してくるのか、今まで番組内で一緒にいたキングスブラザーズの若者達も呆然と驚くが、ツッコミはあまり入れ無くなっていた。


 反対にツッコムようになったのは……


「また、ネット掲示板に書き込まれるわね」


 見ると、照れている勇者の周りでスマホを構えて撮影している人達がいた。

 最近では、某掲示板に“勇者検証班”なるスレッドまでできて、撮影動画がアップされている。

 彼の異常を感じ始めている人が、確かに存在し始めているのだ。


 勇者君は猪突猛進といってもいいくらい、考えなしだから。

 嘆いている聖女のそばで、竜騎士のゼノンは少しだけ笑って言った。


「そういうところが、ヒカルのいいところなんですよ。誰よりもまっすぐで、勇敢です。そんな勇者だから、僕は彼が好きなんです」


「うんうん。ゼノン君はそのままヒカル君を純粋に愛していて頂戴。悩むのは…………うん、私だけでいいわ」

次回は掲示板回ですが、掲示板回の配信は同日に配信します(その日は通常話+掲示板回の話の二本配信になります)。それは今後も同様です。

そのため、本日は第15話+第16話(掲示板回)の二本を配信します。

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