曖昧
形が曖昧な関係とは、よくわからないものだ。
そして、どこまでも終わりが見えずに日々が過ぎ去って行くのだ。
その曖昧とは今、私の目の前で続いていた。
朝の知らせがやって来て、そっと目を覚ました。
「ん…眩しいな。」
朝の日差しが視界と重なり思わず手でさえぎる。
窓からは、見飽きた雪がチラチラと降っている。
いつもと比べれば降り具合が少ないなと思いながら、体制を整えるために一旦横に手を下げる。
その弾みで暖かく、硬い何かが腕に当たった。
顔に似合わず動揺するが、ポーカーフェイスは崩すこと無く、ゆっくり後ろを向いた。
そこには…
「ん〜、おはよう。ミゼルカぁ〜。」
なんてことだ。
「なんでお前がここに入り込んでるんだ。ルイス…」
より一層冷たい視線を、目の前にいるこの変質者に向けるが、彼が怯むはずも無くニヤリと微笑んで私の頰に手を伸ばしてくる。
「お前は、つくづくふざけた奴だな。」
その手を見逃すはずも無く、彼の手を直前で掴むと勢いよく引っ張り、魔法で作った氷のナイフを容赦無くふるった。
「おっとぉ〜、相変わらず君は危ないことをする。」
ふざけた声で余裕を見せるルイスは鋭い刀を指先でつかんで受け止めるが、勢いには逆らえずにそのまま私に押し倒された。
「衝動的なのもいいけど、朝からこの体制はきついなぁ〜。」
いくつかの意味を思いつくがどう言う意味かは考えないようにする。
「それはこちらのセリフだ。人の寝室に入りこむとはいい度胸をしている。…当然死ぬ覚悟があってのことだろうな。」
そのまま首元にナイフを持って行きながら、私は心底気に食わない視線を向ける。
こんな状態になっても彼は余裕を振りまいている。
「まぁまぁ、一旦感情を落ち着けよっか。僕はこれでも幸せなんだよ、朝から君の本来の姿が見れて。」
「気持ち悪い言い方をするな。」
彼の上に乗っかっていることは今はどうでもいいが、問題はコイツの頭だな。
「気持ち悪いなんてとんでもない。君のオッドアイも、結ばれてない水色の長い髪も、全部美しいよ?」
嘘偽りの無い顔がすでに彼の手遅れを物語っていた。
これは速やかに排除した方がいいみたいだ。
私とこの世界のためにも
「言いたいことはそれだけか?…以上ならとっとと死ね。」
ナイフとルイスの手が喉元で押し合う中、私は右手を固定して、もう片方の左手で氷の刃を生み出した。
そのまま指先で一本の刃を放つと見事に横に避けられた。
「おっとぉ、危ない。危ない。」
そのせいで刃は下にあった枕を貫いた。
最悪だ。
「…チッ!!」
舌打ちを盛大にすると彼は黒い笑みを浮かべて腕の力を強めた。
!!ーーーーバタン
「う゛…。」
彼が力で私を押し切ると、美しく氷のナイフを掴んで、もぎ取って破壊する。
握り潰したナイフは粉々に光輝き消えていく。
そして私の目の前に映るのは、見慣れた天井とルイスのドアップした綺麗な顔だった。
「これで形成逆転だね。どうする?負けを認めるのかい?」
「おい、顔が近い。鼻息かかってるんだけど…。」
冷めた瞳で言うが彼はクスリと笑って調子に乗ったように言う。
「もっと近づこうか?」
「出来るものならな。だが触れたとしても私は何も動じないだろうな。そんなことより、も!!…離れろ!!」
接近されてる事をいいことに、足を素早くルイスの腹部に持っていくが、マズイと判断したのか一瞬で姿を目の前から消す。
「暑苦しい。」
体を起こすと手で仰ぐようにする。
「怖い怖い。」
気配のする後ろに顔を向けると窓の前に笑みを浮かべて腕を組んで可憐に立っていた。
「やっぱり君は冷静だね。何をしても、なびかない。面白い婚約者だよ。」
執着を見せるその瞳は私に一筋だった。
彼が何を考えているのか、長年かけても読めない。
そして、何故私にここまで絡んでくるのかも。
「誰が婚約者だ。私の同意がない以上、その話は始めから破綻している。からかうのもいい加減にしろ。」
もともと、家同士の関係を強化するために、同い年である私が彼の婚約者の候補に挙がっただけだった。
もちろん、私に結婚願望がないため直ぐに話を突き返したが
「まぁ、そんなに拒否しない。…おっと、もうこんな時間か。すまない、私用があってね。僕はそろそろ、この部屋を出るとするよ。」
さっきまでのしつこさは何処へやら、あっさり別れを告げると彼は私の部屋から出ようとする。
そして、出る直前でこちらを振り向く。
「後で会えたらまた話すとしょう。」
もはや返答を返す気すら起きず、そのまま彼が去っていく姿を見届けた。
ルイス・ブラットノワール、何を考えているか分からない不気味で危険な男。綺麗な顔立ちと声、数々の女性が心を奪われるのはきっと彼の本性を知らないからだろう。
その一面を知る私は常に彼とは一線を引き、距離を取るようにしていた。
だが、彼は私から離れることは無く、時として利用し、時としてもて遊ぶ。
先程のように。
本当の彼は未だ掴めないままだが、知らない方が良いのかもしれないと本能が私に言っている。
だからこそこの曖昧な関係を終わりにする日を待ち望んでいた。