夢が現実になった日
ジャラジャラと鎖が擦れる音が響く。
俺の手足が鎖で拘束されていた。当然動くことはできない。
そして、顔を上げて見えるのはいつもの光景。首から上が暗闇に包まれて見えなくなっている大男が立っている。
男が持っているのは、血濡れた巨大な剣。ところどころに刃こぼれが目立ち、錆びているところもある。
見えるのはそれだけだ。あとは暗闇が続いている。
そして何の前触れもなく、男は俺目掛けて持っている剣を振り下ろした。
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「……くそっ。またあの夢かよ……」
寝起きとしては最悪だ。
いつも、鎖で拘束されてあの大男に殺される直前で目が覚める。
「いつからだ。あんな夢を見るようになったのは……」
思い返せば、中学の頃から見るようになったんだったっけな。
「まだこんな時間か……」
充電中のスマホを見ると、午前4時半。アラームは5時に設定してあるが、二度寝するほど眠たくもない。
俺は布団から出て、キッチンへと向かった。もちろん朝ごはんの準備だ。
毎朝、俺は2人分の朝ごはんと弁当を作る。妹と俺の分だ。
「おはよう。旭飛兄ちゃん」
「おはよう。いつもより早いな」
起きてきたのは妹の凛音だ。
「まあね。でも、兄ちゃんはいつも早く起きてるんでしょ?」
「今日はちょっと早めだけどな。ほら、朝ごはんできたぞ」
いつもと同じ、2人だけの朝。
これが天久家の日常だ。
母さんはもうすでに仕事に出ている。
そして父さんは、俺たちが幼い頃に病気で死んでいる。だから記憶もほとんどない。
「ごちそうさま」
そんな事を考えていたら、もう凛音は朝ごはんを食べ終わっていた。
俺もさっさと食べきるとするか。
使った食器を洗い、制服に着替えた。
ちなみに、俺の通う繋碌北高校の制服はブレザーだ。まぁどうでもいいか。
そんな感じで準備を終わらせると、インターホンの音が鳴った。
「天久氏、学校に行きますぞ」
「おい詠治。何だよその喋り方」
「いや、おもしれぇかなって思っただけ。特に意味なし」
こいつは霧間詠治。
同じクラスで、俺たちが住んでるマンションの1つ上の階に住んでいる。
「じゃあ凛音ちゃん。兄貴連れて行くわ」
「はーい。いってらっしゃーい」
妹よ。なぜそんなに棒読みなのか。
「凛音ちゃんって俺に素っ気なくね?」
「かもな」
「それでもさ、あんな妹、俺欲しい。今日の俺の一句はそんな感じ」
こいつ、どうしようもねぇな。
「今、『こいつ、どうしようもねぇな』って思っただろ」
「思ったけど、何で?」
「意外とお前、顔にでるタイプっぽいぞ」
「うわー。まじかー」
「嘘だよ。あとさ、お前ら兄妹って、ほんと似てるよな。面倒になったら言葉に気持ちが込もってないとことか」
そうか。側から見たら似てるんだな。
そんなどうだっていい話を延々と聞かされながら、俺たちは高校へ向かった。
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午前中の授業がいつも通り終わり、俺と詠治は弁当を食べていた。
「今日の旭飛君のお弁当はどんなかなー?」
「昨日とほぼ同じだって。それよりも、お前いっつもパンだろ? 白飯食えよ」
「朝と晩に食ってるから問題ねぇよ。でもやっぱり弁当見てると食べたくなるな。その卵焼きくれよ」
今日の詠治のパンは焼きそばパンだ。ちょっとうまそう。
「じゃあ卵焼き1個とその焼きそばパンで交換な」
「このパンは俺の命の源だせ。そんな卵焼き1個で換えれる代物じゃないのです」
おいおい。お前が言い出したんだろうが。
「弁当話は置いといて、旭飛さんに少々ご相談があります」
「なんでしょうか」
詠治がこうやって話しかけてくる時は考えていることは1つしかない。
「午前中の授業ノート見してください」
「嫌」
「即答かよ! もうちょっと慈悲をくれたっていいじゃん! 慈悲を!」
「ずっと寝てたお前が悪い」
「寝てたって言うけどさ、お前だって寝てたじゃん」
そこを突かれると痛いんだよなぁ。
「俺は寝て起きてを繰り返すからいいんだよ。ノートは取れたらいいだろ」
「なんだよ。俺はずっと寝っぱなしみたいに」
「実際そうだろ」
「わかった。じゃあ別の人にあたってみる」
俺に見せてもらうのを諦め、詠治は教室をうろつきだした。
クラスメイトの1人くらいは見せてあげる優しいやつもいるだろう。
とっくに弁当を食べ終わっていたので、弁当箱をかばんに片付け、何気なく窓の外の方に目を向けた。
「……っ!」
言葉が出なかった。
俺の視界に飛び込んできたのは、夢で見た首から上がない大男だった。
ん? ちょっと待て。ここ3階だぞ。
3階の位置に肩があるってこいつでかすぎだろ。
「どうした旭飛。顔真っ青だぞ」
俺の様子に気付いたのか、詠治が話しかけてきた。
「どうしたじゃねぇよ。あれ見ろって」
「あれって何だ? 何かあるか?」
詠治にはあれが見えていないのか?
じゃあ何で俺にはこんなに鮮明に見えてるんだよ。
俺の視界の先で、大男はまるで何かを探しているかのように歩いていった。
「何だよ……、あれ……」
俺は呟いていたが、詠治には聞こえなかったようだ。
「天久。ちょっといいか」
「うおっ! 何だ委員長か。おどかすなよ」
大男に気を取られていたから過剰に反応してしまった。肩を叩かれただけなのに。
「こっちに来てくれ」
「俺も行った方がいいか?」
詠治も一緒に来るつもりらしい。
「いや、大丈夫。天久1人で」
俺と委員長、伴湊は教室を出た。
「なぁ委員長。どこに向かってるんだ?」
「委員長と呼ぶのはやめてくれ。なんか恥ずかしい」
「次からそうするよ。で、どこに?」
湊は急に立ち止まり、真剣な表情で俺を見た。
「天久。お前、あの怪物のこと見えてるだろ」
5月26日の昼休み。
俺の平凡な「日常」は、大きく変わり始めた。